第31話 大人対子供
部員たちは勝負と言いながらも家久が勝つと思っている。流石に大人と中学生の差があるからだ。皆の焦点はどうやって止めるのかだ。あれだけの技術と素早さを持っているのだから。
ただ万が一の可能性も捨てきれない。本当に抜いてしまうかもしれないのだ。
「俺のオフェンスはしなくていい。シュートブロックもしないよ。ジャンプもなしだ」
的確なハンデである。ただでさえ小柄な芽衣と並ぶと、より肉体の差を実感する。相手を思いやっているように見えるが、これは一種の宣戦布告だ。シュートを打つ前に止めるという宣言である。
意図を察したのか芽衣の雰囲気も変わり、集中して構えた。
(なるほどね)
本当に綺麗なフォームだ。こうして相対しているとよくわかる。芽衣は静かに呼吸を整え、細かいフェイントから左のドリブルをつく。
(鋭いな。確かにこれなら充分中学でも通じる)
内心で舌を巻いた。外から見ているのと、実際に対峙するのでは体感する速度に差があった。小柄な身体から急に切り返せば、一瞬消えたように見えるだろう。鋭さならば上級生にも匹敵する。これでディフェンスをかわす技術もあるのだ。高いレベルにあることを心から理解する。
だからこそ欠点も見えていた。
芽衣がボールを持ってシュート体勢に入ろうとする。その瞬間を見定め、家久は身体を寄せた。二人の肉体がぶつかり合うが抵抗はない。紙みたいに軽く飛んでいき、コートに倒れてしまった。
「俺の勝ちだな。ざっとこんなもんよ」
転々と転がるボールを拾い上げ、堂々と宣言する。
「おいこら。なんだよ、それは。ずるいぞ」
「そうですよ。もっとこう、色々とあるじゃないっスか」
まるで悪びれていない家久に非難が殺到する。特に対抗意識を強く抱いていたはずの二人が真っ先に声を出した。無理もない。二人は相手を上回るディフェンステクニックを期待していた。こんな結末を見たかった訳じゃない。
「鬼だね。何かやるんじゃないかと思ってたけど。やっぱえげつないよ」
「ある意味で想像通りかしらね」
他の二人もどこか諦めた様子である。
「これでも手加減したんだぞ。本気ならもっと飛んでいる。俺の見極めを褒めろよ」
やったことは極めて簡潔かつ明瞭。自分より小さい相手に身体をぶつけて止める。大の大人が去年まで小学生だった小柄な女子に。字面にするといかにもあれだが、あまりにもおとなげない。
「もう怪我したらどうするんですか。酷いですよ」
唯一の味方も非難する方に回る。血相を変えながら倒れた芽衣に近寄った。
「していたら一緒に謝ってください。まぁこれぐらいで怪我しないだろ。いや、ほんとに大丈夫だよね」
自分でやったことながら若干不安になる。加減を間違えたかもしれない。
「平気です。これぐらい」
何ともないように立ち上がる。痛いところを我慢しているようには見えない。
「あんな止め方をするなんて。ファウルじゃないんですか」
「確かにファウルギリギリといったところです。吹かれるかもしれない。でも吹かない審判もいるかもしれない。そういう当たりです」
審判によって基準が違うこともある。あの当たりを反則と判定しないかもしれない。
「大人と子供で一番の違いは何だと思います?」
「え、えっと、シュート力とかテクニックですか」
急に質問され、慌てて答える。正解の一つだがそれよりもわかりやすい、はっきりとした違いがある。
「身長ですよ。わかりやすいでしょう」
頭の位置に手を乗せ、わかりやすく差を見せる。
「身長の大きい子が強いということですか。そんなの当たり前じゃないですか」
「その通りです。残酷だけどこれは事実なんです」
背の大きさは立派な才能である。バスケというスポーツはでかいだけで武器になってしまうのだ。
「だけど背の大きさと同じくらい大事なのは身体の大きさ、フィジカルの強さです。中学生と高校生、高校生と大学生では肉体の大きさが違うんです」
中学一年生と三年生では大きさが違う。同様に高校一年生と三年生に差が生まれる。逆に一年でも通用する子は肉体を鍛えている子だ。
これは外国人との大きな違いの一つである。同じくらいの身長でも競り合いに勝てないのは肉体の大きさが違うのだ。あまりにもわかりやすく、残酷なほどはっきりした理由である。
これをわかっていたらさくらや翔子でも止めることができた。実際二人の方が大きいのだから。ぶつかる前にかわされてしまったが。
「身長は今すぐ伸ばせない。でも身体は強くできる。トレーニングをすることでね」
ないものねだりをしている場合ではない。足りないのなら少しでも埋めていくしかないのだ。練習前の体幹や股関節のトレーニングは時間を食うが削らない。全ては強い身体を作るためだ。筋トレもやり方はたくさんある。成長を阻害しない方法も聞いてきた。
「相手をかわすばかりじゃいずれ息詰まるぞ。中学はでかい奴が増えるから嫌でも強引にいかないといけない場面がある。そのときにあっさり飛ばされていたら話にならない。お前もとっくに気付いているだろう」
当たりを避けるためのステップ系のプレーは、ミニバス時代に一通り身につけたのだろう。中学でも充分通じるほど技術は高い。
「俺だからやられたと思うな。あれぐらいは平気でやってくるぞ。わざとファウルで止めてくる相手だって出てくる」
だがどんなに高い技術も力で強引に潰されてしまうのだ。中学ではフィジカルコンタクトが激しくなる。この少女は足りないものをわかっている。だからこそ肉体を鍛える地味なトレーニングもしていたはずだ。ファウルは反則だが、ファウルで潰すのを禁止されていないのがこのスポーツの特徴でもある。
それでもはっきりと突きつけなくてはいけない。
「これはずっとお前に付き纏う問題だ。厳しいかもしれないがこれがお前の現実さ」
課題というにはあまりにも厳しい。技術的なものと違い、肉体の成長はわからない。いつどこで、どれぐらいのものになるのかわからないのだから。
「フィジカルトレーニングは色々とやっていくからな。一人でやるよりためになるぞ。お前にとって、お得な部分が増えただろ」
取引の部分に触れる。下手に慰めや建前を述べるよりは芽衣に合っている。
「他にもこういう当たりに負けない練習もどんどんやっていく。一人じゃ中々やりにくい練習も多い。どうだい。少しはお眼鏡に叶ったかな」
芽衣をしっかりと見据え、口角を上げる。これで払えるものはだいたい出せた。バスケ部のプレゼンをしている気分だ。
「よろしくお願いします」
素直に頭を下げる。卑怯だと文句も言わない。言われた内容が誰よりもわかっているからだ。これは芽衣に対して、家久からされる初めての指導である。
「よくわからんがこれでいいのか。なんかすっきりしないぞ」
「丸く収まったってことスかね。これも先生の力ですよ」
「やっぱり絶対に良い人じゃないよね。教師じゃなかったら何になっていたか。考えるだけで怖いよ」
「一番可能性が高いのは詐欺師かしら。もしくは犯罪組織の幹部」
「おい、ちょっと待て。その扱いは何だ。俺はお前達がやれというからやったんだぞ。せっかく期待に応えてやったのに」
予想以上に部員達の反応が悪い。これ以上ないほどに話をまとめたのに。
「斜め上の方向で期待に応えましたから。こうなって当たり前です」
「正直私も少し引きました」
最後の砦にまで否定され、がっくりと落ち込む。部員からは尊敬の欠片もなく、感謝は微塵もない。コーチをするたびに株が落ちていく。やはり生徒から好かれる指導なんてできそうにもない。
「というかもう時間だ。今日の朝練は終わり。後でお前らだけアホみたいに走らせてやるからな」
「職権乱用だぞ。最低教師」
「コーチ失格です。この悪魔」
「いいから終わり。ほら片付けろ」
既に時間がきていた。男子は練習を終わらせているので急いで片付けをする。これでようやくメンバーが揃った。果たしてどうなるのか。不安でもあり、楽しみでもあった。
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