第28話 わからせられる者たち


「こ、こんなバカな」

 勝負は呆気なくついた。三本勝負をしたがさくらはまるで相手にならなかった。完勝した芽衣は至極当然という風に立っている。

「だから言っただろ。ただでさえディフェンスが下手なくせに、平面の勝負で相手になるか」

「確かにさくらはフットワークの練習をサボっていることはありました。先生は見抜いていたんですか」

「初日でわかるよ。腰が高くて膝も曲がっていない。追いかける姿勢も悪い。典型的なディフェンス嫌いだ。好きなことばっかりやってきたんだろうな」

 この間の試合は一年の未熟さに助けられていたようなものだ。芽衣のような上級者の動きにはほとんど対応できなかった。簡単なフェイントに引っ掛かり、あっさり抜かれてしまう。追いつくこともできなかった。


「オフェンスも技術がある訳じゃないからなぁ。パワーはあるけどドリブルは高いし。ボールハンドリングの悪さは織り込み済みだな」

 オフェンスでもゴールに近づく前に全てカットされてしまった。シュートを打つどころか体勢すら作れなかった。

「センター勝負に持ち込めなければ、相手にならないということですか。でもさくらが遠い位置からボールを運ぶこともありましたよ」

「パワーで強引に騙していたんだろ。あの身体でぶつかられたら尻込みするからな。もしくは相手のディフェンスがよくなかったのか。まぁ、良いディフェンスをする相手にマークされたらこんなものだ」

 芽衣はディフェンスのときも巧みに回りこんで、身体のぶつかり合いを回避した。パワー勝負になど持ち込ませなかった。

「もう一度基礎から徹底的にやり直させた方がいいですね。格好つけさせている場合じゃない」

「お前らどっちの味方だ。こんなときだけ意気投合するなよ。好き勝手言いやがって!」

 涙目になりながら文句を言う。今までどこか緊迫した雰囲気だったのが、嘘のように仲が良い。冷静に分析する姿は長年の知己のようだ。


「そ、そうですよ。二人とももう少し言い方を考えてください」

 小清水が慌てて窘める。二人の言い方には遠慮というものがなかった。

「慰められて喜ぶような繊細な奴ですか。これも良い経験だぞ。少しは心を入れ変えろ」

「あれだけ完膚なきまでに負けた後でできますか?」

「立ち直る図太さくらいあるだろ。負けた腹いせを他人に向けてするような奴じゃない」

「それは保証します。たまに物へ当たることはありますが」

「椅子とかを蹴らせないようにしないとな。メンタルをどうコントロールするかだ」

 口調は乱暴なところもあるが、暴力を振るうような生徒ではない。翔子と同じくらい単純でわかりやすい。後輩に慕われるのもわかる気がする。

「それにしても……」

 正直想像以上だった。テクニックがあることは聞いていたがオフェンスだけでなく、ディフェンスもしっかりとやっていた。

 中学になるとミニバスと違い、ゴールは一般で使う高さになる。ボールも重くなるのだが、しっかりと対応している。危なげなシュートを打つことはなかった。

 部活やクラブチームに入ることなく、あの小さい身体で環境に適応するのは、想像以上に大変なはずである。地味な練習も嫌がらず、弛まぬ努力をしてきた証拠だ。口だけじゃないのがはっきりとわかる。


「やっぱり凄いわね。物怖じしていないもの」

 秋穂が口を開けたまま感想を漏らした。思わず拍手しそうな勢いである。能力や技術よりも二年生と渡り合っていることに感心しているのだ。彼女の性格じゃ当然だ。勝負を挑む気もなく、挑まれても逃げるだろう。雰囲気にまるで呑まれていない。

「感心している場合じゃないよ。あいつと戦っていかなきゃいけないんだよ」

 一方の翔子は自分のことのように悔しがっている。

「戦うって同じチームじゃない」

「レギュラーを奪い合うライバルよ。味方だけどライバル。負けていられないわ」

「あんたもコテンパンにされたでしょう。差はかなりあると思うけど」

 腕を伸ばして大きさを表現する。前回は相手にもならなかった。

「今は負けている。でも最後に勝てればそれでいいのよ。よく覚えておきなさい」

 闘志は尽きることなくめげることもない。ただの負け惜しみではない。本気で勝つ気でいるのだ。


「その意気だぞ。負けん気を持つことは良いことだ。何なら勝負してみろ。まだ時間はあるからな」

「いいんですか」

 花が咲いたように顔が輝いた。とても良い顔をしている。

「もちろんだ。普段から勝負しておけば、攻略法も見つかるぞ。こういう機会はどんどん活かせ。お前はただでさえ下手なんだ。失敗や敗北はたくさんしておけ。どれだけ無様に負けても、最後に勝って帳消しにする、だろ」

「さすが先生。わかってるね」

「またこの人は根拠のないことを。スタート地点はかなり離れているんですよ。追いつける保証がどこにあるんですか」

 やる気を引き出すためなのだが、秋穂からみれば無責任に煽っているようにしか思えないのだ。

「翔子は昨日よりも上手くなっている。足りないものがたくさんあるからこそ、伸び代もあるんだよ。勝負なんて水物だ。もしかしたら今日は勝てるかもしれないぞ」

「この人の口車に乗らなくていいからね。今まで何度も振り回されてきたでしょう。やる必要なんてどこにも」

「よし。やってやる!」

「駄目だ。こいつまるで変ってないよ」

 賽を思い切りぶん投げる。お手上げ状態とはこのことだ。そんな秋穂を無視して、ずんずん近づいていく。

 芽衣はわかりやすいくらいに肩を落として、ため息を吐いた。明らかにやる気はないのだがちゃんと構える。やらないと言っても無駄だと考えたのだろう。


「悪いけどディフェンスだけにしてくれ。そっちの方が確率も高くなるからさ」

 下手にオフェンスを挟むよりも。ディフェンスに専念させた方がいいと判断した。動きに対応しやすくなる。まだ少しは可能性があるのだ。

「やってきたことを思い出してみろ。足を動かしな」

「わかりました。任せてください」

 快く答えてディフェンスの体勢を作る。家久は腕を組みながら、小さく笑う。面白い見せ物だった。ある程度の予測はつくが超えられるかどうかだ。


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