第27話 コンタクト
はっきりとしない意識の中で目を擦る。カーテンの隙間から日光が零れていた。身体は重いが動かなくてはいけない。仕事を終わらせ布団に入ったと思ったら、もう朝になっていた。一日はこんなに早かったかと悲しくなる。
朝練を始めてから、睡眠時間を削りたくないので早めに寝るようにした。一日の終わるのが恐ろしく早く感じる。疲労感はまだ残っていた。時間の無さが生活を圧迫する。これからはこの生活が日常になるのだ。
仕事量は部活のせいで増えている。思わず重いため息を吐いてしまう。早くも朝練や部活を辞めたくなる気持ちになったが仕方ない。
意識を切り換えて身支度を済ませる。凝った朝食など作る気はない。買い貯めていたおにぎりやヨーグルトを食べて、さっさと家を出た。
太陽には大きな雲が掛かっているが湿度は高い。まだまだ梅雨は続いているが、今日も暑くなりそうだ。
体育館に着くと既に扉が開いており、ボールの弾む音が聞こえてくる。早速練習を始めているのだろう。家久も体育館に入ろうとする。
「先生、やっときた。大変だよ、大変」
家久に気付いた翔子が駆け寄ってきた。随分と慌てている。
「朝からどうした? もう少しのんびりさせてくれないか。まだ眠気が覚めてないんだ」
「そんなこと言っている場合じゃないよ。早くきて!」
腕を強く引っ張られる。コートの中には昨日の四人が揃っていたが、もう一人部員じゃない生徒がいる。
「あれま。まさか次の日に来るとは。俺の熱い思いが伝わったのかな」
呆れるというよりは感心している。気持ちが良いくらいの即断即決だ。
「まず見学してからでもいいのに。おまけにこんな朝っぱらからくるなんて」
「ぐずぐず迷っていたくない。時間が勿体ないから」
しっかり記入された入部届をポケットから取り出す。家久からすれば非常に助かる。入部しようが、しまいが早く決めてくれるにこしたことはないからだが、当然納得していない生徒もいた。
「ちょっとどういうつもりよ。部には入らないって言っていたのに」
翔子は表情を変えながら詰め寄る。
「あなたに関係ないでしょう。許可を取る必要なんてない。うるさいから離れて。能天気が移る」
しれっとした顔をしている。相手にしたくないというのが目に見えてわかる。
「何ですって!
そんな芽衣を見て、ぎゃあぎゃあ喧しく言い立てる。思っていた以上に相性が良くないみたいだ。
ライバル意識を剥き出しにして突っ掛かっているので当然だが、一方で芽衣も見せなかった一面を見せている。彼女としてはいつも通りにしているのだろうが、翔子といると年相応の子供に見えた。お互いに正反対だからこそ、そんな風に見えるのかもしれない。
「やっぱり良い刺激になったみたいだな。違う爆弾を二つ並べている気分だ」
良い意味でも悪い意味でも出会いは人を変える。好きな人間であろうが、嫌いな人間であろうが関係ない。
「超危険地帯だよ。もし悪い影響が出たらどうするの。喧嘩騒ぎなんて絶対に嫌ですよ」
秋穂は腹を手で押さえ、はらはらしながら見つめている。いつトラブルになるかわからず、生きた心地がしないのだ。
「そのときはお前が止めろ。同じ一年なんだから面倒を見てやれ」
「まさかの丸投げ! 私は爆発に巻き込まれたくないです」
「同じ火の中で踊れるようにしてやるんだから感謝するんだな。まとまらないなら連帯責任にするから」
「ちくしょう。あんたろくな最後を迎えないぞ。絶対地獄に落ちるからな!」
涙目になりながら、言い合いを続ける二人の間に割って入る。必死に宥めようとしていた。
「これも先生が企んだことですか」
冷静な口調だがどこか不満そうだ。何も聞かされていなかったのだから当然だ。
「俺はただ説得しただけだよ。いいじゃないか。来る者は拒まず、去る者は追わず。うちの学校は強制入部じゃないし、部活動は生徒の権利だからね。あいつは中々の実力だ。部に入れば戦力になる」
「それはわかります。先生が引っ張ってくるくらいですから。でも他の部員は納得しないと思います。揉め事が起きても知りませんよ」
「俺はチームを強くするために動いているからな。一年同士の問題はあいつらに任せるけど、いざとなったら部長が何とかしてくれ」
口角を小さく歪めて、冬美を見つめると、あくまでも冷静なまま意見を述べる。
「他人に苦労を掛けるとわかっていながら、生徒を連れてこないでください。こちらの手間も少しは」
「無理だ。俺なりに部のことを考えた結果だ。謝ってもいいし、祈ってもやれる。反省はしないがね。だけど本当に無理だと思うなら言ってくれ。頼りにしているよ、部長さん」
どこか軽い口調。本当に頼りにしていると思えるし、そうでないようにも聞こえる。
「……わかりました。何とかします」
唇を噛み締めながらも目を伏せた。手は後ろに組んだまま押し黙っている。部長としての責任感からか、生来の真面目さなのか、あくまで冷静にあろうとしている。
「待て、待て、待て。冬美の言う通りだ。あたしは納得していないぞ」
体育館を揺らしそうなくらい大きな声を張り上げる。声音には怒りが籠っていた。
「この時期になっていきなり入部とか舐めてんのか。他の一年にどう説明するんだよ」
言い方は乱暴だが、さくらの言い分や心情は当然のものだった。
何か事情があるならともかく、三年が引退してからいきなり入部してくる生徒など、他の部員からしたら面白くないだろう。
一年生も二年生もここにくるまでに雑用などをやっており、先輩からうるさく言われてきた。そういうことに耐えながら、下積みを重ね、ようやくコートを使えるようになるのだ。他の生徒がしてきた苦労をしないままで入部するのは、おいしいところだけ持っていくように見えたのだ。
「またうるさい人がきた」
ため息交じりに呟く。あからさまに嫌そうだった。もちろん態度を変えている訳ではないが、いかにも生意気に見える。
「何だと、コラ。名取は認めても、あたしに勝てなきゃ入部は認めないぞ」
「そんなに大声じゃなくても聞こえる。入部は先輩が決めることじゃない。同じことを何度も言わせないで」
さっさと会話を打ち切りたいのだろうが、火に油を注ぐようなものである。目を合わせることもしない。
「勝負だ。勝負。その生意気な顔をひーひー言わせてやるぜ」
ぶちぎれたのか指を差す。かなり熱くなっていた。
「イラつくのはわかるが止めといた方がいいぞ。雑用とか礼儀なんてものは後で教えていけばいいだろ。面子が立たないなら、他の一年より多く雑用をやらせればいいだけじゃないか」
「止めるな。見ていろよ。あんたの秘蔵っ子などたいしたことないって思い知らせてやるぜ」
一応止めてみるが聞く耳を持っていない。さくらは腕を捲りながら自信満々でコートに入る。芽衣も肩を竦めながら位置についた。
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