第24話 限られた時間の中で


 体育館に大きな声が響き、床を擦る音が強くなる。部員達が汗を流しながらコートを動いている。ただ走るのとは違うステップ。フットワークと言われるものだ。

「フットワークはただやればいい訳じゃないぞ。足のどこに力を入れるのか。どういう風に動くのかを意識するんだ。同じステップを踏んでいてもまるで違ってくるぞ」

もちろん家久も部員と同じように動く。見本を示さないといけないからだ。

「意識するのは足の裏。母指球と呼ばれる場所だな。おあつらえ向きにバッシュの裏には印が付いている。重心をここに入れて、地面を蹴るような感覚で相手を追いかけるんだ」

 足を上げてバッシュの裏を見せる。大抵のバッシュは母指球の箇所がへこんでいる。

「踵に重心を預けるのはあまりないな。こんな体勢で動く奴はいないだろう」

 足の前を宙に浮かせ、踵に力を込めてわざとらしく歩く。コミカルな動きに部員達から笑いが零れた。


「ディフェンスにはスライドやクロスといった色んなステップがある。じゃあどうしてこんなことをやるのか。こんな面倒で大変で疲れるものをやる必要があるのか、と思っている子もいるんじゃないか」

 部員は何も言わないが空気で伝わってくる。一人や二人ではない。

「別におかしいことじゃないぞ。俺も現役のときは同じように思ったからね。部長。ちょっと手伝ってくれ」

 前に出た冬美と向き合う。背中にはゴールを背負っている。

「これがディフェンスの基本的な形だな。このときに走ったまま追いかけると」

 自分の腰の位置を指差しながら、膝を伸ばした。だいたい走るときと同じ高さになる。

 合図を出すと冬美が小走りで走り出す。向き合ったまま追いかけていくが、向きを変えると距離が開いてしまった。距離を詰めて追いかけようとするが再び方向を変える。体勢が崩れてますます距離が離れてしまった。転びそうになるのを耐える。


「こんな感じで追いていかれるのさ。陸上や鬼ごっこみたいに並んで追いかけるならいいけど、こうやって向き合った状態だと走って追いかけるだけじゃ難しくなる。どうしても姿勢が高くなるからな。まさかこんな状態で走る奴はいないだろ」

 尻が地面に着きそうなくらい膝を曲げ、腕を全力で振って走ってみる。再び部員達の間から笑いが起こった。

「だけどステップを踏めるようになると」

 今度はしっかりとディフェンスの体勢を作る。膝が曲がり、腰の位置も低い。先程と同じように冬美が走り出す。逆に行かれてもスライドステップを踏んで追いかける。体勢がまるで崩れない。動きがまるで違っていた。

「こうやって相手を追うのが楽になるんだ。大事なのは逆に動かれたときにどれだけ付いていけるかだ。しっかり反応できるようにしないとね」

 説明しながら足の付け根に手を当てる。


「あと股関節から足を動かせるとより速く動けるぞ。そのためにアップに動きを増やしたんだ。身体を強く柔らかくするためにね」

 練習を始める前のアップも一新した。体幹トレーニングやステップ練習を追加して、元からやっていたストレッチも変えたのだ。

「股関節は腰と連動している。姿勢を低くしたいなら腰を落として、膝を曲げる。膝を曲げれば、自然と足の裏に力が入る。その力を母指球に集中させる。動くときにはそっくり逆をイメージするのさ。上から下に。下から上に力が伝わる」

 指を下に差していき、上に動かす。矢印のように見える。

「身体は繋がっている、ですよね」

 笑みを浮かべながら大きく頷く。

「今のうちに身体や関節を柔らかくしておくと楽だぞ。大人になると固くて辛いし、腰や肩にダメージが凄いからな」

 わざとらしく腰を曲げて手を添える。多少は大袈裟にやっているが、実際に痛いのだから仕方ない。


「ディフェンスは面白くない。地味で疲れるだけと思っているなら、まずは頭のスイッチを切り替えよう。その考えは勿体ないからね。むしろ一番面白い物だよ。これは保証書を出してもいい」

 相手をどういう風に追い詰めるか。どこで相手を捕まえるか。どこでボールを奪うか。強いチームの守りは面白い。

「バスケの醍醐味の一つだよ。止める技術が上がれば、相手を抜く楽しさも大きくなる。どうやって抜くか、止めるか。駆け引きの楽しさだ」

 対人スポーツの魅力の一つでもある。相手がいるからこういう思考や行動ができる。それを味わって欲しかった。

 ドリブルやシュートなど好きな子は真っ先に練習する。だけどディフェンスをやる子は中々いないだろう。特にこの年代の子は。

 もちろんこれは家久の考えである。絶対的に正しい訳じゃない。

 人の考えや価値観など変わるもの。そのときによって正しいものやトレンドは変化する。野球のアッパースイングなどがいい例だ。家久も常にそれを念頭に入れている。


「最初は意識しながらでいいから身体に覚えさせよう。勝手に反応できるようになったら二重丸だ。じゃあ給水をしよう。ぱっぱと動く」

 ぱんと手を叩くと部員達はそれぞれ水を飲みに向かった。時計に目を向けるとだいぶ時間が過ぎていた。本当はもう少しディフェンス練習をしたかったが、次の練習に移ることにする。こればかりは仕方ない。

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