第23話 ライバル宣言
「朝から動くのは気持ち良いね。身体がすっきりするよ」
初めての朝練が終わり、生徒で賑わう廊下を歩いていく。この時間になると流石に多くの生徒が通学していた。
「私は眠いよ。あんたも授業中に寝ないでよ。怒られるから」
翔子は朝が苦手な訳ではない。ラジオ体操も普通に行っていたが、授業中は体育以外いつも眠そうにしている。典型的な日曜日に早く起きる子供である。
家久からは朝練に参加したからといって、一時間目を寝ることは許さないと言われている。これが家久との決まりでもある。学業に支障をきたしてはいけない。
「大丈夫。大丈夫。任せなさい」
「本当かな。油断していたら先生の授業でも寝そうだからね」
一番危ないのが翔子とさくらだ。このコンビは部内でも成績が良くない。
「練習しすぎて成績を落とさないようにしなさいよ。おばさんからも言われているんでしょう」
この間の期末テストもかなり悪かった。決して不真面目ではないのに、よくあんな点数が取れるなと感心してしまった。
「これでも足りないくらいよ。もっともっと上手くなってやる。必ずあいつを倒すんだから」
瞳に炎を宿らせ、拳を握りしめる。倒すべき敵の姿がはっきりと映っている。
「あいつって誰」
「里中芽衣よ。試合に勝つのと同じくらい大事なことよ」
翔子に芽生えた新たな目標だった。これほど倒したいと思った相手はいない。
「正直相手にされてなかったものね」
「今のうちだけよ。見ていなさい。絶対まいったって言わせてやるんだから」
「ちょ、ちょっと。後ろ、後ろ」
血相を変えながら肩を叩かれた。振り向くと話題の主である芽衣が立っていた。丁度登校してきたのだ。突然のことで翔子も何を言えばわからない。
無表情のままで二人の横を通り過ぎようとする。
「待ちなさい。聞いていたなら話は早いわ。次は負けないから」
芽衣の前に回りこんで宣言する。勇ましさに溢れていた。
「何度も同じことを言わせないで。あなたじゃ無理。時間の無駄。というか迷惑」
ライバル意識を剥き出しにしている翔子に対して、芽衣は淡々としていた。馬鹿にしているという感じではない。単純にこういう性格なのだろう。
「そうやって余裕を見せていられるのも今のうちよ。私は先生から指導を受けて着実に上手くなっているんだから。今のあんたは溺れる平家は藁を掴むってやつよ」
「色々と混じってるわよ。先生がまた悲しむよ」
本人なりに勉強して、歴史から引用したのだろうがかなり間違っている。家久が複雑そうにしている顔が浮かんでくる。
「最後に勝つのは私よ。覚悟していなさい!」
熱く叫ぶ翔子を気にも留めずに去っていく。叩きつけた挑戦状をゴミ箱に捨てるようなつれなさだ。
「あんたがあんな風に突っ掛かるのは珍しいわね」
離れていく芽衣を眺めながら、翔子に話しかける。昔から負けず嫌いなところはあったが、あそこまで個人に対して敵対心を見せることはなかった。
「あいつには負けたくないのよ。だって」
凄いと思った。初めての戦いで最初に感じたのは惨めな敗北感ではない。素直に感動してしまったのだ。家久のような大人や自分より学年が上の選手ではなく、同じ学年であれだけのプレーができることに。
だから認めたくない。負けたくないと心の底から思った。
「気合を入れて練習だ。すぐにバスケがしたい」
「部活だけやりに来ている訳じゃないわよ。これから授業だからね」
秋穂の注意は聞こえていない。練習が終わったばかりなのに早く動きたい。熱いものを解き放ちたかった。
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