第22話 朝の練習
更衣室で運動着に着替え、藤宮に挨拶をしてから女子のところへ向かう。体育館はほぼ男子が使っており、女子は人数が少ないので一つのゴールしか使っていない。これは家久が進言したことである。この人数なら充分すぎるくらいだった。
自主練などで何をやるかは部員に任せている。翔子達はゴール下シュートの練習をしていた。
「今度から片手で打ってみな。そっちの方がさくらには合っている」
「でもほとんどやったことないぞ。遊びでやったくらいだ」
「すぐに覚えられるよ」
試合から思っていたことだった。女子は基本的に両手打ちだが、片手でも打てると判断した。実際に小学生でも大きい子は片手で打っている。簡単にフォームを教えてから、何度か打たせたが難しい顔をしている。
「な、なんかムズムズして打ちにくいぞ。本当にこれで打てるのかよ」
「慣れれば楽になるさ。片手に慣れておけば、他のシュートも打ちやすくなる。シュートの幅が広がるぞ。お前は両手で打つと力が入りすぎるからな」
「でも片手で持つと変なとこに飛んでいくんだよな」
「それはハンドリングが下手なだけだ。まさかただのアップと思って手を抜いていたか」
唇を突き出しながら視線を逸らす。誤魔化すように口笛を鳴らしていた。実にわかりやすい。ボールハンドリングは手でボールを回したり、指で弾いたりと主に腕で扱う練習なのだが、お世辞にも面白い練習とは言えない。
「ハンドリングはボールを柔らかく扱う練習になるんだぞ。まぁ、できないなら仕方ないか。その程度だったということだ」
「や、やってやるよ。ようは入れればいいんだろ」
ゴール下のシュートを放つがバックボードにぶち当たる。
「ほら、また力だけで打っている。ジャンプをしないから力で投げるんだよ。でかいからといって跳ぶのをサボるのは駄目だぞ」
膝を曲げずに力任せで打っていた。大きな身体を動かす分、一つの動作に他の子よりも力がいる。何度も跳べば体力も使うし、膝に掛かる負担も大きい。試合中に跳ばなくなる選手もいた。
だがセンターが跳ぶのをサボれば、試合において致命的になってしまう。最も跳ぶ機会が多いからだ。
「身体は繋がっているんだ。上に跳びたきゃ腰を落として膝を曲げて地面を強く踏め。下から力が伝わって上に向かう。自転車の空気を入れるようなものだ」
体力は充分あるのだ。足も遅いという訳じゃない。手を抜くというより、跳ぶ習慣が身体に染みついていない。これで大丈夫だろと無意識で制御している。
「ボールを投げるというよりは、ジャンプして近づける。ぶつけるというよりも優しく届けるようなイメージっスよね」
翔子の言葉に頷く。最初に教えてことだ。
「もし手首でしっかりコントロールできるなら、力だけで打っても大丈夫なんだけど、そのための練習で手を抜いていたからなぁ。残念だよなぁ」
「過ぎたことをぐちぐち言うな。ここからだよ、ここから。見ていやがれ。絶対にできるようになってやる」
ボードにぶつけ、落ちてきたボールを全力でジャンプして取る。着地と同時にもう一度跳んで、シュートを打った。今度はしっかりと入った。
「その調子、その調子。今の感覚を忘れるなよ」
「私にも片手打ちを教えてくださいよ。先輩ばっかりずるいです」
「お前はその段階じゃない。まずは両手でしっかりと打てるようにしろ」
ジャンプ力やパワーはあるが、身長や腕力はさくらよりも低い。シュートも安定していないので、まずは基本から教えたかった。やらせることなど山ほどある。一つずつできるようにしていくしかない。
秋穂達に目を向けるとパス練習をしていた。基本的なチェストパスはもちろんバウンドパス、遠投など一通りやっていた。
「足りないものを自覚して、自分で練習できるのはいいことだぞ」
短所をわかっていても、それを補う練習ができるかと言えば話は別だ。自分にとって苦手なものを補う練習は当然つまらないし、辛いことが多い。後回しにしたままやらない選手など珍しくはない。
「コントロールが悪かったですから。ちゃんとパスしないと何て言われるか」
冬美と組んでいるがどこか怯えている。二年生と同時に使うと言われて、喜ぶよりも不安になっていた。本人達に遺恨などないが、どうしても試合前のことが頭をよぎるのだろう。自分のせいでレギュラーを下ろされかけたのだから。
「後ろ向きだな。取れなかったら怒るくらいの気概を持て。俺が許す」
「無茶言わないでくださいよぉ」
前回の試合で少しは吹っ切れたかと思ったが、まだまだ臆病さは直っていない。ゆっくりとやっていくしかない。
「これは余裕の表れか。ポジションを取られるかもしれないのに」
「何を言ってんだよ、この人は。もう勘弁してくれ」
ただでさえ気まずいのに、余計に空気が悪くなるようなことを言う。秋穂の声が震えていた。
「これもチームが強くなるためです。部長として当然でしょう」
「助かるよ、部長。でもこいつは恩を仇で返すかもよ。背中からぶすりと刺されるみたいだな」
「例えが悪いよ。目が腐っているのか。もう少し私の気持ちとか、立場とかを考えてよ」
以前からそうだが敬語を忘れるときがある。臆病さの欠片もなく、実に生き生きしている。こういうところはもっと伸ばしていきたい。本人はさぞ迷惑だろうが。
「俺なりにお前がやりやすいようにしているんだぞ。先輩だろうが不満だったら、溜め込まないでガンガンぶつけろ。私のパスが取れないのかこの野郎、みたいな」
親指をぐっと上げ、励ますように良い顔を作る。
「あんたに一番文句があるんだよ!」
秋穂の持っているボールを奪い、冬美に投げる。ボールが返ってきたので、それ以上は喋ることができず、練習を再開する。どこか泣きそうな目だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます