第18話 部活指導は教師の仕事に含まれるのか

 聞いているのが辛くなったのか、小清水は静かに俯いてしまった。目尻が小さな雫で濡れている。下口のことが頭に浮かんでいるのだろう。


「だけど……俺には下口先生を責められない。これは仕方のないことだから」


 家久の口振りは相手を詰るような強いものではない。むしろどこか悲しそうで、心から同情している。これまで指導できていないことを指摘してきたが、それは事実を口にしていただけで、下口を非難する意図はなかった。


「下口先生はクラスの担任を持っていたし、家族の面倒も見ていた。ただでさえ忙しいのに、未経験の運動部顧問までしなくちゃいけなくなった。そんな先生に自分の時間を削ってまで部活を見ろ、なんて俺には言えないですよ。ここは昔からの強豪校でも、大会上位の私立校でもない。どこにでもある普通の区立中学校なんだ」

 まだ赴任して数か月だが、教師の大変さを嫌というほど思い知らされている。これで担任を持ったら、更に忙しくなるのだ。家族までいるとなると苦労はあまりあるだろう。

「適切な指導をするには勉強しなくてはいけない。でもそんな時間は中々取れない。勉強しても上手くいく保証はない。俺達は監督やコーチの専門職じゃない。それだけで食っていける金は貰えないんだ」

 顧問がいなくては練習も試合もできない。家族持ちが日曜や祝日に駆り出されるのは想像しなくても辛いことだ。

 部活の書類作成や試合の手続き、生徒の引率に練習試合の申し込みとやるべきことはたくさんある。何より生徒の安全を考慮しないといけない。大きな怪我をしたら責任問題に発展することもある。

 これだけやっても部活手当ては雀の涙。熱意を持てという方が難しい話である。初めからある程度のやる気がなければ、とてもじゃないがもたないだろう。それでも指名されたら顧問をやらなくてはいけない。学校という組織が回らないからだ。


「病気がちなのに練習させてくれたことを感謝しないといけないくらいです。俺がもし違う部の顧問に指名されていたら、熱意をもって務められるかと言われても、簡単には頷けないと思います」

 バスケはたまたま経験があり、戸倉との繋がりがあったからこそ、何とかこなせているのだ。未経験の部まで同じようにできるとは思えない。

 練習の多寡も顧問が決められる。顧問がしたくなければ、練習をほとんど失くすこともできるのだ。

 ところが練習が少ないと不満を述べる保護者もいる。中には学校に乗り込んできて、直接文句を言いにくるケースもある。保護者が経験者ならば尚更だ。自分の子供を思っての行動だが、おかげでますます教師の肩身が狭くなり、苦しい想いをするともいう。

 こういった愚痴や文句は戸倉から何度も聞かされたが、制度を変えることはできないでいる。そこまでの力は一教師にはない。


「じゃあ名取先生はこれからどうするおつもりなんですか」

 小清水が静かに問いかける。真意を探っているのだ。家久が何もしないと答えれば、それで終わりなのだから。

「やれるだけはやってみますよ。強くなりたいと言っている子がいますからね。期待に応えられるかはわかりませんけど」

 自信など欠片もない。強くしてやると断言もできないし、絶対に勝たせてやるなど口が裂けても言えない。ただ引き受けたからには自分のできる限りのことをする。それぐらいしかできそうにないからだ。

「一人で抱えないでくださいね。私もお手伝いしますから」

 支えるような優しい声音。覚悟が伝わったのかにっこりと微笑む。

「ありがとうございます。そろそろ下に降りましょうか」


 残りは三十秒を切っている。長いようで短い試合は終わろうとしていた。

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