第17話 チームの現状

「燃えているねぇ。そうこなくちゃ」

 白熱するコートを二階の小体育室から見渡す。どちらも最初は動きが固かったがようやく解けてきた。遊びほど緩すぎることはなく、動きが鈍るほど固くもない。良い緊張感に満ちている。

「試合でもこれぐらいの感覚で挑めればいいんだけどな」

 練習のときと同じ感覚で試合をする。普段通りの力を出せるようにする。それがどれだけ難しいかは、戸倉に何度も聞かされてきた。わかっていても難しいことである。


「ここにいたんですか」

 振り向くと息を切らした小清水が立っていた。額には汗の粒が浮かんでいる。

「急にいなくなるからビックリしましたよ。まだ試合中なんですよ」

「ちゃんと見てましたよ。大事な教え子の活躍をね」

 最初は座っていたのだが、数分もたつ頃にはあちこちを歩き回っていた。サイドラインやエンドライン。舞台の上などあらゆる場所から試合を見学していた。多角的に観戦したかったのだ。

「それならベンチに戻って、ちゃんと指示してあげてください。一年生は歯が立っていませんよ」

 既に点差は十点以上離れている。試合内容や時間から見ても逆転するのはかなり難しいだろう。

「指示は最初に出しましたよ。それ以外は口出しする気はありません。出しても守れないと思いますから」

「で、でもこれじゃ負けますよ」

 家久が一年側についたのは勝たせるためだと思っていた。それをチームの変化に繋げるつもりでいると考えたのだ。ところが当の家久からは勝たせようとする意思を微塵も感じない。


「それより二つのチームの違いは何だと思います? 先生の感想でいいですよ」

 訝しんでいる小清水にあえて質問する。悪戯を仕掛けた子供のように楽しそうだ。

「点差じゃないですよね。シュートが入らないとか、ミスが多いとかでしょうか」

「もちろんそれもありますが、もっとわかりやすい決定的な違いがあります。それはスピードです」

「でもシュートにいくスピードに差があると思えませんよ」

 バスケットは二十四秒でシュートを打たなければいけない。正確性に差はあるが両チームともシュートは打っており、オーバータイムにはなっていない。

「シュートではなく、バックコートからフロントコートに運ぶスピードを見てください」

 ハーフラインでコートを分け、攻めるゴールのある方がフロントコート、守るゴールのある方がバックコートという。

 バックコートから攻める際、フロントコートに八秒以内にボールを運ばなければ反則となる。また一度フロントコートに入ったボールをバックコートへパスなどで戻すとバックパスという反則になる。

 一年生の打ったシュートが外れ、さくらがリバウンドを取り、二年のオフェンスが始まる。冬美がドリブルでフロントコートに入ると、パスを回して攻め始めた。


「ここは入っても外れてもいい。おっ、丁度いい場面がきた。よく見ていてください」

 二年生のシュートが外れる。今度は翔子がリバウンドを取り、秋穂に回した。間髪入れずに前へボールが投げられる。もう走っていた翔子にパスが入った。

 小清水は小さく声を上げた。

「一年生チームの方が速いです。ボールが進んでいます」

 口角を上げながら大きく頷いた。

「一年はボールが入ると翔子が走り、秋穂がボールを入れる。二年は冬美のドリブルから始まる。パスとドリブルじゃパスの方が速いでしょう。簡単なことです」

 注意してみていればすぐに気付ける。経験のない小清水でさえわかることだ。


「これが速攻、いわゆるパスアンドランと呼ばれるもので、バスケの基本的な攻め方の一つです」

「でも成功していませんよ」

 確かにテンポは速いが、シュートが入っていない。キャッチミスにパスミスと失敗も多く、ドリブルをつけば蹴ってしまう子もいる。

「いいんですよ。今の段階で完成度なんて求めていない。ミスなんていくらでもすればいい。むしろ積極的にミスしてくれた方がどこを直せばいいのかわかってくる」

 元より上手くプレーできるなんて思っていない。問題点は隠すよりも、表に出しておきたかった。

「重要なのは一年でも攻めることができているということです。入部してまだ数か月なのにね。考えれば簡単な話です。五対五で攻めるより、人数が少ないうちにさっさと攻めた方が確率は高い」

 まともな五対五で攻められないなら、相手のディフェンスが戻る前にシュートを打ってしまえばいいのだ。シンプルに徹しているからこそ、一年でもシュートを打てている。


「小野寺さんを交代させようとしたのも、それが理由なんですか」

 はっとして口を押える。初練習のことを思い出したのだ。

「秋穂は場を落ち着けると言っていました。意識的に変えたのか、無意識だったのかはわかりませんが、本当はこう言いたかったんです。攻めるスピードが遅いとね」

 初練習のときに話を聞いて回ったが、そんな発言をしたのは一年生の中で彼女だけだった。シュートの有無ではなく、試合の流れを見ていたのだ。

「あのパスは味方を見ているのか、臆病ゆえに少しでもボールを持っていたくないのかはわかりませんが、あれだけ出せたら合格です」

 コントロールはまだまだ悪いがパスは出せている。多少精度が悪くても翔子が諦めずにボールを追う。結果として速攻に繋がるのだ。


「二年生のプレーはドリブルが中心です。もちろんドリブルが悪いわけじゃない。ただ二年のドリブルは前に進んでいない」

「どういうことですか。選手はゴールへ向かうんだから、ドリブルをつけば前へ進むじゃないですか」

「これも見ていればわかります。速さや正確さよりもどこについているかを注目してください」

 一年のオフェンスになっている。二年も速攻を警戒しているのでロングパスが入らないこともある。すると翔子が戻ってきてボールをもらい、ドリブルを突き出す。あっという間にフロントコートに入った。

「お世辞にも上手いとは言えない。今にもどこかに飛んでいきそうな危ういものです。技術なら冬美の方が上です。でも」

「前に進んでいます。ビュンというか」

 小清水にも違いがわかってきたようだ。冬美は確かに安定感があるが、ドリブルは身体の横でついており、遠回りをしているように見える。

 一方で翔子はただ前に進んでいる。ゴールに向かって最短距離を突き進む。そのため同じ前に進んでいるはずなのに、二年生は遅く見えるのだ。


「どうして差が生まれるんですか。能力とか才能だとかそういうものじゃないですよね」

 どちらも運動には大きく影響するが、少なくても今はそういうことを言いたい訳じゃないのは小清水にもわかった。では二つのチームの差は何なのか。

「簡単にいうなら意識ですかね。こちらのボールになったら誰かが前へ走る。投げられるようならパスを出す。駄目でもなるべく速くゴールへ向かう。ディフェンスになったらすぐに戻る。俺が一年に出した指示はこれぐらいです」

「そんな簡単なことなら、皆できるんじゃないですか」

 小清水はどこか納得していない。もっと凄い作戦を与えたと思っていたのだ。家久の言っていることは、作戦というほど大層なものじゃない。バスケにおいては当たり前のことだ。

「ええ。本当に簡単なことです。言えばすぐにわかるようなこと。でもその簡単なことができない。最初は守れていた指示も今は翔子と秋穂くらいしか実行できていない。完全に忘れている」

 言われてコートを見てみる。他の一年にも確かにシュートを打てている場面はあるが、前に走るプレーやロングパスを出しているのは二人だけだ。他の一年はどこか動きが緩慢だった。体力はまだ残っているはずなのに。

 試合の流れや緊張感。独特の空気の中でやるべきことが頭から抜け落ちている。そのために動作が遅れるのだ。少しの遅れが致命的な差となる。


「バスケは攻守の切り替えが速いスポーツです。チャンスがピンチに変わり、ピンチからチャンスが生まれる。展開が目まぐるしく変わるからこそ、素早く次の行動に移す必要がある。これは意識しないとできない」

 何度もしつこく言うのは同じことをできないからだ。その場だけはわかっても、試合の後半や違う試合ではもうできなくなっている。相手が変わるとまるで違うことをして、自分達から崩れていく。そんな試合は何度も見てきた。

 強いチームの条件はやるべきことを無意識で行えることだと思っている。身体に染みついており、状況に合わせて臨機応変に動く。

 だが今のチームではまず無理だ。意識してやることすらできないでいる。


「これは二年生にも言えることです。一年と同じことをできない訳がない。実際にツーメンやスリーメンといった速攻の練習はやっていました。でも試合になるとできない。やろうとしない。これは速攻の意識が根付いていないからです」

 家久は一年側に付いていながら、二年生の動きもしっかりチェックしていた。むしろこの試合は二年の動きを見るためでもあった。

「もちろん速攻が全て正解とは言い切れません。違う攻め方も必要ですよ。だけど基本的な速攻をやらないのでは意味がない。相手はほとんど素人に近い一年ですよ。こもう少し違ったしい愛になると思います」

 結果はお世辞にも満足いくものではない。想定していたスコアを下回っており、試合内容も今一つ物足りなかった。

「試合のどの場面で、どうやって使うべきなのか。そういった指導が行き届いていないんです。練習もただ何となくやっていただけで身になっていない。これは否定できない事実だ」


 そして行き着く結論。答えは最初に出したものと同じだった。部員達が試合の中で証明してしまったことになる。

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