第16話 ティップオフ
センターサークルで位置につく。ジャンプボールは翔子が跳ぶことになった。二年は当然さくらだ。
「手加減なんてしないからな。あんな顧問になったばかりの奴に好き勝手させるかよ」
さくらは二年の中で最も気合が入っている。家久への不満から、恨みがなくても一年に対する敵意が大きくなってしまう。
「簡単に負けませんよ。全力でいきますから」
強い目で睨んでくるが目線を逸らさない。静かにヒートアップする。
審判を担当する藤宮がサークル内に入った。試合が始まる前の独特の緊張感。空気が張り詰めていくような感覚。身体は熱いのに流れる血が冷たいものになっている。
早く始まって欲しいような、ずぅと始まって欲しくないような正反対の気持ち。逸る心を必死に抑えて、藤宮の手元に集中する。
ボールが空中に投げられた。同時に跳んだつもりだが僅かに遅い。必死に手を伸ばすが掠るのが精一杯だった。さくらによって弾かれたボールは冬美に収まる。
試合開始とともにドリブルをしながら、ゆっくりと進んでいく。二年生は慣れたものでオフェンスの形を作る。一年もマークについたがまだまだ動きが杜撰だった。
翔子も遅れないよう必死にさくらのマークについた。冬美には秋穂がついている。これは家久の指示だった。
「よっしゃ。どんどんボールを入れてこい」
サークルの中央。フリースローラインの上でボールを要求する。ハイポストと呼ばれる場所だ。さくらは大きな身体を開き、広げた手を見せる。センターの基本的なポジション取りである。
(させない!)
もちろん翔子は阻止するために身体を寄せて、腕を伸ばす。コースを塞ぎ、パスを入れにくくするディナイという姿勢だ。
これで抑えたと思ったが甘かった。身体をぶつけられ、どんどん押し込まれていく。必死に踏ん張るが耐えきれない。さくらは手で押していない。単純な肉体と肉体のぶつかり合いで負けているのだ。
「その程度かよ」
強引にポジションを取られてしまう。バランスを崩して、まともなディフェンスができない。さくらにボールが入ると、パワードリブルでゴールに近づき、両手でシュートを放つ。早くも点が入ってしまった。
「見たか。これが実力ってもんよ」
「さくら! 戻って!」
勝ち誇るさくらを冬美が叱咤する。既に翔子が走り出していたのだ。スローインからボールを貰った秋穂が、素早くロングパスを投げる。
(決めてやる!)
ノーマークでボールを受け取る。前には誰もいない。絶好のチャンスでレイアップシュートを放つが、ボードにぶつかり、跳ね返ってしまう。力が入りすぎていたのだ。慌てて落ちたボールを拾おうとするが、二年生に取られていた。
「こっち」
ポジションを下げてきた冬美にボールを入れ、再びゆっくりと攻め始める。その間に翔子はすぐにゴールまで戻った。
またさくらにボールが入った。今度は倒れないように気をつける。上手く守れているとは言えないが、それでも必死に邪魔をした。
その甲斐もあり、シュートが外れる。ボールをキャッチして、秋穂に渡すと一年チームがゴールへ向かう。その動きに呼応して、パスが前に出た。
「ごめん。ミスった」
力加減を間違えたのか、翔子のずっと前にボールが落ちる。何とか手を伸ばすが追いつけずに弾いてしまい、ラインを割った。
「気にしないで。こっちも取れたはずだから。どんどんパス出してよ」
あと一歩でも速ければ、追いつけたかもしれないのだ。ボールを取るなら、もっと速く走ればいい。
「よし。守っていこう」
声を出して味方を元気づける。落ち込むくらいならディフェンスで取り返すのだ。
さくらのセンター勝負が二年の主なオフェンスだが、それ以外をやってこない訳じゃない。今度は違う選手が外からシュートを打った。
「あたしに任せろ」
リバウンドを取られてしまう。着地と同時にゴール下のシュートを打った。ところがこれが外れた。力任せに投げすぎたのだ。
「ちゃんと打ちなさい!」
「わ、わかってるっての」
リバウンドを取り直し、再びシュートを放つ。だがこれもボードにぶつかって、リングに掠りもしなかった。投げた瞬間に入らないとわかるひどいシュートである。
「お~い、大丈夫か。調子でも悪いのか」
一年側のベンチにいる家久ですら思わず声を掛けてしまう。
「う、うるさいな。黙って見てろ」
反発するように力強くリバウンドを取る。三度目の正直でようやくゴールを決めた。安心したのか息をついて、肩を落とした。
「だから戻りなさい!」
ゴールが決まるともう翔子が駆け出していた。さくらも慌てて追いかけるが、今度は翔子に入らない。逆サイドにいた別の一年生にパスが通ったのだ。拙いドリブルでボールを運び、シュートを打つが外れてしまう。
弾かれたボールを翔子が必死に追いかける。何とか拾い上げるがディフェンスもついてきている。このままではカットされる。
「取られてたまるか!」
スピードを落とすことなく、ボールをリングへ投げた。フォームも何もない。シュートなんておこがましくて言えない。本当に投げただけだ。
「ば、バカじゃないの。何なのよ、そのシュートは。ドッチボールじゃないのよ」
案の定、入る訳もなく、二年生に取られてしまう。
「狙っている暇がなかったからしょうがないでしょう。失敗してもいいって先生も言ったじゃない」
「だとしても期待できそうなシュートを打ちなさいよ。もうパス出さないぞ」
「ほら、切り替えてディフェンス。今度こそ止める。まだまだこれからよ」
まるで落ち込んでおらず、元気だけは誰よりもある。闘志が萎えることはない。気合を入れて、さくらのマークにつくのだった。
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