第13話 勧誘
「一応聞いておく。本気で行くの」
「もちろん。やれるだけのことはやらないと」
朝の教室で待ち構える。似たようなことを先日もしていたが気にしていない。
「先生のときも何とかなったでしょう。突撃あるのみ」
「状況が違うでしょう。だって里中さんのこと全く知らないのよ」
中学に入ったばかりでも三か月近くたてば、違うクラスでも目立つ生徒くらいはぼちぼちわかってくる。家久の言うことが本当なら噂くらいは聞いてもいいはずだが、二人は何も知らなかった。顔と席は芽衣のクラスメイトに聞いてわかったが、やはり印象に残っていない。
「わくわくするよね。そんなに上手い子と一緒にプレーしたら、きっと面白いよ。どんな凄いことができるんだろう」
「私は逆。緊張して仕方ない。合わせられるか不安だし、ミスしたら何を言われるかわかったものじゃないよ。ああ怖いな」
対照的にネガティブな発言をする。頭痛の種が増えると思っているのだ。
「まぁ入部すると決まった訳じゃないけどね。むしろ入らない確率の方が高いし」
「絶対に入ってくれるよ。話せばわかる」
「どこからそんな自信がくるのよ。あっ、ちょっと」
話を最後まで聞かずに突入した。他のクラスだろうが物怖じすることなく、ずんずんと進んでいく。賑やかな教室では闖入者を気にかける様子はない。席の前で立ち止ると、芽衣が顔を上げた。
精巧に作られた人形のような綺麗な顔立ち。透き通る白い肌の中で唇だけが赤い。物静かな雰囲気は本人の容貌と相まって、氷のような冷たさを感じる。座っていてもわかる小柄な身体。制服が大きく見えるほどで、中学生の平均身長を下回っているだろう。
「私は女子バスケ部の風見翔子。あなたにバスケ部に入ってほしいの」
堂々と宣言する。反応はないが続ける。
「次の土曜日に先輩達との試合があるの。里中さんはバスケをやっていたんでしょう。勝てばレギュラーになれるかもしれないんだ。だから一緒に頑張ろうよ」
「断る。興味ないから」
冷たい声音であっさりと断る。当然納得するはずもなく、翔子は食い下がる。
「ど、どうして? 一年でも試合に出られるんだよ」
「あのバスケ部でレギュラーになっても仕方ない。入るだけ時間の無駄」
淡々と否定する。心底興味がなさそうだ。
「そんなことないよ。私達は必ず強くなる。絶対に優勝するんだ」
芽衣の言い分に眉が上がる。本人のクールな雰囲気や無駄を省いた喋り方から、そんな意図がなくても馬鹿にしているように聞こえたのだ。
「そんなレベルじゃない。一回戦だって勝てるかどうかわからない。優勝なんて口にするのは、他のチームに対して失礼」
「何ですって。何も知らないくせに勝手なことを」
仲間を馬鹿にされたことで怒り出し、飛び掛からんばかりに詰め寄る。
「喧嘩を売ってどうするの。あんたは何しにきたのよ。落ち着きなさいって」
慌てて羽交い絞めにする。こうでもしないと収まりそうにないからだ。
「止めないで秋穂。皆を馬鹿にされて黙っていろと言うの」
自分のことは我慢できても、仲間を馬鹿にされるのは許せなかった。
「用が済んだら帰ってくれない。うるさいし迷惑だから」
怒っている相手が目の前にいるのに、全く気にしていない。マイペースというか、芽衣も芽衣でブレなかった。これ以上は話しても無駄だろう。
「離して! まだ言い足りないことがあるのに」
引き摺られながら教室を後にしたが納得していない。手を離せば、すぐにでも詰め寄りにいきそうだ。
「目的を忘れないでよ。こんなんじゃ名取先生もがっかりするんじゃない」
名前を出されて暴れるのを止める。少しは落ち着いたようだ。単純というか素直というかとてもわかりやすい。
「もうすぐホームルームだから帰りましょう。話をするなら時間をおいてからの方がいいんじゃない」
「面目ない」
すっかり肩を落としている。こういうことは珍しいことではなく、仲間想いの性格で男子とも喧嘩するような女の子だった。暴走したときに割って入るのが秋穂だった。
「でも正直あの様子じゃ部に入ってくれるとは思えないけどね。もう止めておく?」
「まさか。何度でも話に行くよ。試合のためだもん」
取り付く島がないとはこのことだ。最悪のファーストコンタクトと言ってもいい。普通ならめげてしまってもおかしくないが諦める気はなさそうだ。
「じゃあさっきみたいに怒らないでよ。会話にならないから」
その後も授業終わりや休み時間に勧誘へ行ったが、すぐに逃げられてしまった。芽衣にはとことん興味がないらしい。家久のときと違って待ち構えるという手段も通じない。結局勧誘どころか会話にもならず、気付けば放課後になってしまった。
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