第11話 とびきりの挑発は悪人顔で

「本当にあれでよかったんですか」

 準備室に入るとすぐに小清水から問い詰められた。いつもの優しい顔付きは翳り、不安と心配をたっぷりと詰め込んでいる。

「いつかは試合をやろうと思っていたし、今回のことは良い機会ですよ」

「揉めごとの種をばら撒いたようにしか思えないんですけど」


「こうでもしないと刺激にならないでしょう。物足りなかったのは本当ですからね。はっきり言って下口先生は全く指導しきれていない。前任者の悪しき習慣は失くしていかないとね。無能な人間はこれだから困りますよ」

「それは下口先生を馬鹿にしているんですか」

 厳しい声のした方を振り向くと、部屋の入口に冬美が立っている。準備室の扉を開けていたため話が丸聞こえだった。わざわざ会話に入ってきたのは、聞かない振りができなかったからだ。それほど彼女の中で見過ごせない話でもある。


「別に馬鹿にはしていないよ。ただ事実を言っただけさ」

 家久には気にした様子がない。冬美は何かを堪えたまま口を開ける。

「下口先生はとても親切な人でした。ちゃんと私達の面倒を見てくれたんです。確かに試合には勝てませんでした。でもこの部で一緒に頑張ってきたんです。それを否定するんですか」

 二年生は一年生よりも世話になっており、その影響も大きい。また下口は教科でも二年を担当していたので慕われていたのだ。家久も話したことは数度しかないが、人が良いという印象がある。

「個人の性格と部の指導は別だよ。どんなに善人で名教師だとしても指導しきれないことはあるさ。今日の君達を見ればよくわかる」

 どこか煽るような口調。言葉の節々に見下すようなニュアンスを込めており、他人を苛立たせるには充分すぎる。さくらだったらとっくに掴み掛かっているかもしれない。


「純粋な実力に学年は関係ないよ。むしろ初めから教えた方が余計なものに染まっていないぶん、教えやすいこともある。まっさらなキャンバスなら何でも描けるだろ」

「二年生は必要ないんですか」

 厳しい表情をしているが、声を荒げることもなく、あくまでも冷静さを装っている。内心では一体どんな感情が渦巻いているのか。

「それは君達が証明しなくちゃね。いなくなった人間のことを言っても仕方ない。次の試合は丁度いい機会じゃないか。まずは試合のことを考えないと。しっかりしないとレギュラー取られちゃうぞ」

 激昂することはなくても、文句の一つや二つをぶつけてくるかと思ったが、最後まで礼儀正しいままだった。頭を小さく下げて、部屋を出ていってしまう。


「どういうつもりですか。あんな言い方をするなんて」

 小清水もかなり困惑している。挑発しているようにしか聞こえなかったからだ。教え諭すという教師のやり方ではない。

「三橋さんは真面目で責任感が強くて、不慣れな私を助けてくれた良い子なんですよ。だからあまり困らせないでください」

 声音には悲痛さが込められていた。冬美を思いやる気持ちが伝わってくる。充分な信頼を得るだけのことを冬美はやってきたのだ。

「嫌だな。そんなつもりないですよ。とてもかわいがっているじゃないですか」

 当の家久はあっけらかんとしている。挑発じみた言動をした後とは思えない。


「良い子なのはわかりますよ。だけど物足りないな。もっと感情を出せばいいのに。ぶっ壊すくらいドアを蹴ることを期待したんですけどね。あれは陰口とかも言えないタイプだろうな」

 普段の学生生活が垣間見える。表面上だけの優等生では決してない。真面目な苦労性というか、何でもかんでも背負い込みそうだ。性格は違うが何となく戸倉と似ている。

「あれで少しはムキになってくれると面白いのに。俺が嫌いで鼻を明かしてやろうと思えば万々歳なんだが」

「ま、まさかわざとあんな言い方をしたんですか。三橋さんに聞かせるために」

 小清水の頬が青白くなり、口元を押さえる。必要以上に下口を罵っていたから、違和感が生じていたのだ。


「偶然聞こえてしまっただけです。タイミングが悪かった。それだけですよ」

 どことなく邪気を含んだ笑み。漏れる声の響きは部室を黒く染めていく。歴史書に載るような悪人にも負けない顔をしている。

「名取先生……どこか性格が悪くなっていませんか」

 小清水は明らかに戸惑っている。職員室での態度とはまるで違う。こんな一面を見るのは初めてなのだ。


「そうですかね。よくわからないですけど」

 一方の家久には自覚がない。もちろん挑発はわざとやっていたが、そこまで性格が変わったとは思わない。むしろ普段の自分と変わらないつもりでやっている。少し言い方を変えたくらいだ。

「先生にもそんな風に見えているなら好都合だ。あいつらの目にはもっと嫌な大人として映っているはずですからね」

「誤解を解いた方がいいですよ。どんどん嫌われてしまいますよ」

「コーチなんて嫌われてなんぼですよ。厳しくすればムカつかれて、優しくすれば鬱陶しがられる。かといって何もしないと今度は舐められる。下手に好かれようと思うより、初めから嫌われるものだと思っていた方が楽でいい」

 良い人として振る舞うのは労力がいるし、生徒からの好悪に一喜一憂するのも疲れる。だったらこういうスタイルでいればいいのだ。変に失望することもない。


「な、何だか自信がなくなってきました。私に務まるんでしょうか」

「あくまでこれは俺の考えです。小清水先生は先生なりのやり方を見つけてください。皆に慕われながらチームを強くする、なんて器用な真似はできません」

 戸倉や他のコーチならばできるかもしれないが、自分のそんな姿は想像できなかった。思い浮かべるだけで舌を出したくなる。こういうやり方の方が性に合っていた。

「尊敬もされなくていい。最低限必要だからいてもらう。これぐらいで充分です。立派な信頼関係でしょう」

「ただの利害関係じゃないですか」

 部活動は基本的に顧問が付き添うルールとなっている。試合があれば引率もしないといけない。生徒だけの勝手な行動は許されないのだ。


「本当に頼みますよ。バスケ部を壊さないでくださいね。土曜日が最後の日になったら目も当てられませんよ」

 無茶なことをやってきたが、家久がある程度のフォローやケアをすると信じている。無理にでも信じないと、不安や心配を掻き消すことができないのだ。

「そのときはそのときですね。部員ゼロのまっさらな大地で始めるのもオツじゃないですか」

 もちろん家久にそんな様子は見られない。小清水は肩を落とし、ますます顔を青くするのだった。

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