第10話 爆弾は投げつけろ
タイマーが鳴り、一回目の三対三が終わった。二年生はメンバーを交代して、二回目に移ろうとする。普段と変わらない練習の流れ。その流れに一石を投じる者がいた。
「ちょっといいか」
家久の発言に部員の動きが止まる。何度か会話はしていたが、明確に練習を止めたのはこれが初めてだった。
「三橋の代わりに小野寺を出してくれないか」
何を言われているのか理解できなかったのか、指名された人物はぼんやりと立ち尽くしていた。意識が少しずつ戻るにつれて、みるみる顔を青くしていく。
「ちょ、何言ってるの、この人」
あまりに驚いたのか敬語が抜けている。大きく見開かれた目は今にもどこかへ飛び出していきそうだ。
「小野寺もやってみればいいじゃないか。練習なんだからさ」
「そ、そんな無理ですよ。あの中に入れるなんて思いません」
首が外れるのではないかと思うほど顔を横に振っている。こんなことになるとは予想だにしていなかったのだ。
「スピードはまだまだだけど、ドリブルは中々よかったぞ。お前ならできるさ。俺が保証してやる。どうせならレギュラーを奪うつもりでやってこい」
そんな秋穂を尻目に気安く応援する。打っても響かないとはこのことで、秋穂の意見を聞く気はない。二人の様子はあまりにも対照的だった。
「な、何を言っとるんだ。ふざけているのか。誰かこの人を止めて」
かわいそうなくらい取り乱していた。無実の罪で死刑を言い渡された受刑者みたいだ。
「待てよ。どういうつもりだ」
さくらが前に出て文句を言う。声音には苛立ちが含まれていた。
「止めなさい、さくら」
宥めようとした冬美を制する。別に気にしてはいない。
「部活内では喋りやすい言葉遣いで構わないよ。でも他の先生や教室では改めろよ。それが礼儀だからな」
部活動の指導となると距離が近くなる。叱らないといけないこともあるため、丁寧なままだとやりにくい。ただこういう姿勢に眉を顰める者もいるので、教室と体育館では一線を引きたかった。
「冬美がガードに相応しくないって言うのかよ」
「別にそうは言ってないぞ。ただ今からレギュラーを固定するのは面白くないだろ。せっかくこんなに部員がいるんだからさ。チャンスは誰にでもあるぞ」
あえて身振り手振りを大きくして、大袈裟に振る舞う。部員に火が点いているとは言い難いが。
「今日初めて来た奴が勝手なこと言うんじゃねぇ。何もわかってないだろ」
「わかってないからだよ。先入観を持ってない方がよく見える場合もある」
さくらの意見は二年生を代表していた。他の二年生も似たようなことを思っている。明らかに冷めた空気が広がっていた。
「だいたい今日は口出ししないって言っただろ」
「そんなこと言ったかな。じゃあ前言を撤回するよ。ちょっと我慢ができなくて」
口では謝っているが全く悪びれていない。何か黒いものが混じったような笑みを浮かべている。
「といっても簡単には納得いかないか。丁度いいや。次の土曜日に一年と二年で試合をしてみようか」
部員達が大きくざわつく。上級生と下級生と混ぜることはあっても、完全に分けて試合をすることはなかったのだ。
「実力を見るには手っ取り早いからね。レギュラーを決める参考になる。ポジション争いは積極的にしないと。二年も一年も頑張っていこう。上手くいけば試合に出られるぞ」
発言すればするほど動揺は広がっていく。でかい爆弾をばら撒いたようなものだ。あらゆる感情が渦巻き、収まる気配がない。
「じゃあ今日はシューティングをして終わりにしよう。一年も二年も時間まで自由に打っていいよ」
言いたいことを告げて準備室へ戻る。背後では未だに部員が騒いでおり、練習が始まる気配はなかった。一足早くシュートを打つのは果たして誰なのだろうか。後で確認しておかなければいけない。
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