昔はなにをするにもべったりだった俺たちだけど、今は話しかけてもただ「んっ」と頷くだけの幼馴染から文化祭の噂話が出たので興味なさそうな振りをしていたら、なぜか恋人になりました

滝藤秀一

第1話

 文化祭のクラスの出し物は小動物喫茶だった。

 普段の教室とは完全に異質で、メイド服を基本にして猫耳やウサギ耳をつけた女子が接客し、男子はもっぱら裏方。廊下には長蛇の列が連なっている。

 幼馴染で引っ込み思案の梓は動物喫茶で特に大人気で、他校の生徒などに口説かれているのを何度も目撃した。


「君、凄く似合ってるね」

「あ、ありがとうございます。い、いらっしゃいませ~」


 そのたびに何となく心がざわつく。

 当の幼馴染は恥ずかしさと少し緊張しているのか、いつもよりもさらにあたふたとしている。


「梓、こ、この尻尾付け忘れてるってよ」

「……んっ」


 はっとした顔をし、無言で頷かれる。

 高校入学以来、日に日に会話は減り今はついに受け答えのみになった。

 小さい頃は俺の後ろにべったりで頼られていたのはもう昔の話。

 どうしてこうなってしまったのか、思い当たる節が俺にはない。

 特別喧嘩したり、嫌がることをした覚えもないのにな。


 子猫メイドコスをしている梓をチラ見しながら、食器を洗ったり飲み物を用意したりと大忙し。

 小動物喫茶は勘弁してくれというくらいの大賑わいで、パンケーキなどが完売し文化祭1日目を終えようとしていた。


 やばっ、これあと二日とか死ぬかもしれんと、一息ついて校庭を眺めていたら声がかかる。


「おつかれ~、広瀬君に、それと梓。ごみ袋捨ててきてもらっていい?」


 周りを見ればみな忙しそうに作業していて手が空いているのは俺たちだけらしい。


「……わかった。行ってくるよ」

「そのまま上がりでいいからね」


 ゴミ袋を両手に抱えると、梓もてくてく近づいてきて無言で同じ動きをする。


「じゃあ行くか」

「んっ」



 ☆☆☆



 文化祭で告白し恋人になった2人は一生結ばれる。

 そんな噂が学校中に広まっていたこともあるのか、


「その、ずっと前から好きでした」

「先輩、後夜祭一緒に……」

「お前が好きなんだよ!」


 一大イベントの空気にあてられたのか、もしくは思いを告げるのは今しかないと思ったのか、自らの強い想いに身をゆだねたのかはわからない。

 日が暮れ始めた校舎では、人目に付かない至る所で告白合戦が行われていた。

 そんな声を耳にする度、俺はゴミ捨て場へと共に向かう幼馴染の梓にちらりと視線を向けてしまう。


「んっ!」

「わ、悪い」


 急に止まったつもりはないんだが、よほど真後ろに居たらしい。


 刺激が強いものを見せられ、いつもよりもあたふたさが増している感じの幼馴染、白川梓しらかわあずさ

 ふわりとしたちょっとくせ毛の黒髪を揺らめかせ、まるで小動物のような潤んだ瞳を向けられる。

 仕草もほんと小動物のようで、動物喫茶で人気なのはもっともだなと思う。


 はっきり言って可愛い。可愛いが、俺と梓は距離が近すぎることもあって、告白するなど考えたこともない。

 そもそも梓は高校入学以来、俺の前ではぼっーとするし、きょどるし、さっきみたいに会話も全然弾んだこともない、ないんだ。


 どうしてこうなってしまったのか。たぶん嫌われている。それも日に日にだ。


「疲れてるだろ、俺、もう1つくらい持てるから貸してみ」

「……」


 どうしようかと迷った顔をした彼女から無理矢理にごみ袋を奪い取る。

 文化祭という絶好イベントでも俺たちのこの離れた距離は近づくことはない、そう思っていた。


「――君、悪い子じゃん」

「ごめん、我慢できなくて……」

「「っ!?」」


 ゴミ捨て場に近づいたとき、物置に隠れるようにしている男女が目に入った。

 俺も梓も知りあいということもあり、そんな2人が口づけを交わしていれば、顔を見合わせ呆然と立ち尽くしてしまう。

 先に我に返ったのは梓の方で、ごみ袋でこっちの足元を叩かれる。


「お、おう……これ片してこないとな」

「……」


 ゴミ置き場に到着し、ごみ袋を置く。

 梓の方を見れば顔を真っ赤にして、あわわとでもいっているように口を動かしては右往左往としていた。

 やれやれ、すげえもんを見せられてしまったな。


 それもこれも噂の元が原因だろう。

 考えただけで途端に大きなため息が出てしまう。

 入学以来、この学校はイベントごとがあると何らかの噂ですぐにもちきりになる。

 体育祭や修学旅行、そして今回の学園祭。


 そのどれもが甘く、高校生男女にはなぜか突き刺さるようで、噂を真に受け行動を起こす生徒が多いこと、多いこと。


 俺はいつもそんな生徒の振る舞いを遠い目で見ている。


「はやいとこ戻るか……」

「……」


 なにも一緒に戻ることもないか。


「あー、俺はもう帰るけど、まだお開きになってないとこもあるだろうし、約束とかもあるかもだし、仕事は終えた。もう自由行動でいいんじゃね……」

「わ、わたし、何も予定ないよ」

「えっ、あっ、そう……」

「あの、ひな君も予定ないなら、ちょ、ちょっと、こ、こっちに来て」

「えっ……」


 袖をぐいぐいと引っ張られ、まだ賑わっている校庭を横切り、外階段を上っていく。


「あっ、2人ともお疲れ……おお、文化祭初日楽しんでね」

「っ!?」

「もうだいたい終わってるじゃねーか、いまからかよ……」


 すれ違うクラスメイトになぜか揶揄われるような言葉を掛けられる。

 なんでそんなに梓がびくっとなるんだかわからん。

 俺の方はだいぶ落ち着き普段通りを取り戻したが、前を行く梓の方はまだ耳まで赤い。


(てか、さっきより赤くね……?)


 そういやまともに会話が成立したのもいつ以来だろ。


「……」

「なあ、熱でもあるのか。保健室ならそっちじゃねーぞ」


 ぶんぶんと否定するように首を横に振る。接客に大忙しだったし、あんなに話しかけられることもないだろうからやはり疲れてるのかもしれない。

 もしくは、梓にはさっきのは刺激が強すぎたのか……知らんけど。


「なあお前、あんまり喋らなくなったよな……よくぼっーとしてるし。もしかしてテスト前とか俺に勉強を教えるの負担になってるか? 面倒だったり嫌ならちゃんと言ってくれよな」


 小さい頃は頼られていたけど、今は俺の方が頼ってしまってるんだよな。

 正直、梓がいないと赤点も回避できるかわからないが、それでも負担にはなりたくないしとそう思っての提案だったのだが、またもぶんぶんと否定する。


「ど、どうしてそんなこと?」

「いや、俺教わったり、教科書貸して貰ったりするけど、何も返せてねーかならな。いつもおんぶにだっこじゃん。だからまあちょっと、悪いなとは思ってる」

「……そ、その」

「お前頭良いし、俺が教えられることなんてなんもないんだけどな。あとさ、その、なんかしたっけ、俺?」

「そ、それは……それより、ひ、陽君は、こ、この学校の噂知ってる?」

「それって、文化祭で~のやつ?」

「そ、そう……」


 おそらくその噂はこの学校の誰よりも詳しいし、なんならその二人が今現在も仲睦まじい感じなのも日常的に見ている。


「だ、誰が広めたか知んねーけど、そんなもんは噂で成功体験だけが独り歩きしてるんじゃね?」

「……ひ、陽君は、あ、相変わらず現実主義者」


 三階にたどり着くと、彼女はそこで足を止めた。

 その潤んだ瞳が俺を見つめる。2人きりということもあってドキッとしてしまい、視線を逸らす。


「えっと、じゃあかえ」

「ひ、陽君って、告白されたことある……?」

「えっ、いや、そんな機会は生憎とないが……さっきからいったい何を言って」

「あの、失礼します」


 梓は問答無用で俺のネクタイを掴むと、えいっというように俺を階段の壁へと追いやっていく。


「ち、ちかっ! お、お前もまさか……」

「わ、わ、私は2人きりの時は、ず、ずっ、ずっと陽君のことだけ考えてたよ」

「……へっ?」

「ぼ、ぼっーとなんてしてません。しゃ、喋れなかったのだって意識しちゃってたからで……も、もう高校生だし、幼馴染の関係そろそろ変えたいなって毎日思ってた」


 おいおい、喋らなかった理由なんつった……?


「か、変えるってどういうふうに、だよ……?」

「わ、わかってるくせに。そ、そりゃあドジだから、失敗してるように見えたかもしれないけど」


 突然の幼馴染のお言葉に理解が追い付かない。

 その間も彼女は一生懸命つま先立ちして背伸びをしているが――


「待て待て待て、えっと、俺のこと嫌いでは……?」

「な、なんで? 好きっ! ちょ、ちょっとだけしゃがんで」

「……」


 その申し出を拒否することもなく、膝を少し曲げてあげる。


 その脳へと響く言葉を噛み締めれば、嬉しさで体が震える中で、今度は柔らかい口付けを浴びせられた。梓以上に顔が真っ赤になってしまっていたことだろう。


 俺の白川梓の印象は引っ込み思案で最近は何考えてるのかもわからない子、だったのに。なんだよ、俺のことだけ考えてたって、そんな夢みたいな話。

 それにだ、あんな刺激的なものを見せられたからって、何も自分もすることは……。


「…………」

「……そ、その、す、すいません」


 我に返った彼女は俺に背中を見て、肩で息をして耳まで真っ赤だ。

 緊張と恥ずかしさが一気に来たのだろう。

 かくいう俺も冷静になるまで時間を要した。


 白川梓。

 家が近所の幼馴染で、家族ぐるみの付き合いもある。

 物心ついたころからずっと傍にいて、それが当たり前だからこそ、好きなんて言えば関係が壊れてしまいそうで……。

 高校入試の時も梓がいなかったら、勉強もまともにしてきていない俺は彼女が勉強に付き合ってくれていなかったら合格していない。


 その明るい笑顔にいつも癒される。いつも一生懸命な姿に勇気をもらう。梓がいるから自分も頑張らないとと思うんだ。

 俺だって、このまま幼馴染の関係でいいとは思っていない。


 俺はこの幼馴染を。


「あ、あやまることはねえよ。そ、その、ありがとう」

「っ! う、うん……」

「いつからだ……?」

「ずっと、ずっと前……陽君?」

「梓があそこまでやるとは完全に予想外だった……」

「が、がんりました。あ、あの、私のウエイトレスさん、どうだった?」

「い、いまごろかよ……えっとイケてたと思います」

「あ、ありがとう! あっ、陽くん顔赤い……」


 口元を少しだらしなく緩めた人懐っこい梓の笑顔。

 そんなものを間近で見せられたら誰だって顔を赤くする。

 告白と口づけの余韻もあるし。


「お、俺も、その、す、好きだから……」

「っ! は、はいいっ! えっと、私は大好きです」

「「……」」

「……その、か、確認だけど、い、今からは恋人同士ってことで、いいのか?」

「う、うんっ!」


 その恥ずかしがりながらも満面の笑みを見てちょっとほっとする。

 どうやら幼馴染の関係は今日で終わりのようで、恋人同士になっちゃいました。



☆☆☆



 その日、夢の中にいるようで梓と何を話したのかも覚えていない。

 だが左手には梓の手の感触がまだ残っていて、それが現実だと教えてくれる。


 ぼっーとしながら、家に帰り今日は遅くなると言っていた両親の代わりに近所に住む叔母、いやお姉さんが台所に立ち夕食の用意をしてくれていた。


陽太ひなた、文化祭どうだった……って、顔真っ赤じゃない。ははーん、良いことあったんだ……」

「いや、言えん……予想外のことがあった。ねえ陽菜はるなさん、うちのお父さんとお母さんなんか学校でいくつも噂になってんだけど、そんなに色々やったの?」

「ああ、まあお兄ちゃん高校から色々と凄かったからね。その息子も文化祭の伝説を刻んだわけか……」

「ち、ちがっ、お、俺はお父さんと違って平凡に毎日を過ごすんだ……」

「これからは全然平凡じゃなさそうだけど……彼女との毎日は楽しいよ、きっとね」

「はあ! 俺、何も言ってないし」


 ソファに深く腰掛け、幼馴染から恋人同士になった梓へ、明日の文化祭一緒に回ろうとメッセージを送ろうとしたが、たったそれだけのことなのに、なかなか送信できずに胸のドキドキだけが増して行く。


(世の中の恋人さんはいつもこんな状態なんだろうか……?)


 とりあえず、明日はこっちからもう一度ちゃんと気持ちを伝えるのが筋だろうと思えば、緊張してきてしまう。


「おー、おー、早速楽しんでる、楽しんでる」

「ち、ちがう!」


 幼馴染との恋人生活を想像しながら、照れて、顔を赤くし、幸せを今から実感してしまう俺だった。

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