第6話
「要、ごめんね」
席につくなり、琉海はそう言いだした。再会を喜び、立ち話もなんだからと、適当に入った喫茶店の中で。
急に連絡がとれなくなったことを、気に病んでいたようだった。
「番号、変わったんだ。よかったら、これ」
そう言って琉海は、私に新しい電話番号とメールアドレスを教えてくれた。
私たちが連絡をとらなくなってから、既に二年の月日が流れていた。こんなに長いこと離れていたのは、出会ってからのこの十数年のなかで、はじめてのことだった。
初めはぎこちない言葉のやりとりがあった。だけど、話し出してみれば、二年間の月日なんてなかったかのように、私たちは出会ったばかりの頃のように打ち解けていた。
気づけば私は今日のこの後の予定を全てキャンセルしていて。夫にも、友人に久しぶりに会ったから帰りが遅くなる旨を伝えていた。
琉海は大喜びでネット検索をして、その日のディナーを当日予約した。
有名ホテルの中にある、夜景の見えるレストランで食事をして、『大人になったからできる贅沢だね』なんて笑って話して。
コース料理が終わってからもまだまだ話していたかったから、そのまま同じホテルのバーで並んでおしゃべりをした。
私も琉海も、多分、気づいていた。お互いの気持ちに。それから、このあと何が起こるのかということに。
だけど二人とも、決してそれを口にしようとはしなかった。
ほどよく酔いが進んできた彼女は、ほどよく上機嫌で。
しばらくは学生時代の思い出話なんかに花を咲かせていたのだけど。
話題がお互いの家庭のことになった途端、琉海は一瞬表情を曇らせた。
だけど次の瞬間、笑顔を作って言ったのだ。『わたし、離婚したんだよね』と。
正直、どう反応したらいいかわからなかった。
「……何があったの」
そう聞くしかない私に、琉海は少しずつ語り出した。
話によれば、旦那さんとは結婚してしばらくの間までは、ずいぶんと仲良くしていたのだそうだ。いつも穏やかに話す人で、喧嘩らしい喧嘩をすることもなくて。
家事も分担して、普段は一緒に自炊をすることが多いけど、たまの贅沢で外食をすることもあったり、金銭感覚のズレも特になくて。
好きな本とか音楽の趣味も合って、休みの日には一緒に演奏会に行ったり、遠出して美術館に行くデートをしたり、それはそれは楽しく過ごしていたようなのだけど。
だけどあるとき、十年ぶりに琉海の高校の同窓会があって、仲が良かった友達と何人かで二次会にまで出席したのだそうだ。琉海は旦那さんに連絡して、二次会に参加するということと帰宅時間を伝えたのだけど、ついつい楽しみ過ぎてしまい、予定の電車を一本逃してしまった。
旦那さんは琉海が帰宅するなり、今まで聞いたことのないようなきつい話し方で琉海を責めた。さらに、琉海が一緒にいたメンバーの中に男性がいるとわかると、その人との関係を根掘り葉掘り訊かれ、どんな会話をしたかまで深く追求されたのだそうだ。
琉海は誠心誠意説明をして、時間に遅れたことを謝って、その場は収まったのだけど。
翌日から旦那さんは、琉海に門限を定めることにしたらしい。たとえ仕事で遅くなったのだとしても、一分でも遅れれば怒鳴られるようになった。
初めは琉海も反論し、それはおかしいと抵抗を見せたが、あるとき旦那さんはなんと琉海にガラス製の灰皿を投げつけて、暴力を振るったのだ。それですっかり怯えてしまった琉海は何も言えなくなり、ついに完全に旦那さんの言いなりになってしまった。
そうなると旦那さんの支配はどんどんエスカレートしていった。仕事は辞めさせられ、友達に連絡を取ることも、実家に帰ることも許されず。ついには、少しでも意見を言った途端、殴られるようになっていた。
耐えかねた琉海は隙を見て警察へ相談に行き、行政の協力を得て、安全な場所に身を隠した。旦那さんの追跡から逃れるため、連絡先も秘密にして。
琉海は身を隠しながらなんとか新しい仕事を見つけ、そして最近になってようやく、正式に離婚が成立したとのことだった。
あまりの壮絶な話に、私は言葉を失った。
私と連絡をとっていなかったこの二年の間に、琉海がどんなに辛い思いをしていたのかということを思うと、苦しくてたまらなくなった。
そしてその話を聞いた後では、もうこの後、一人きりの部屋に、琉海を帰したくないと思ってしまった。
「琉海……あのさ」
私は言う。なけなしの勇気を振り絞って。
「今日、一緒に泊まって行かない?」
琉海は何も言わずに、うなずいた。なぜだか、頬が少しだけ赤いような気がした。
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