第4話

雪で身体が冷え切る前にと、急いで私の自宅へ向かった。流れでまたつないだ手からは、いつものように電気が流れる。


 そう思っていたら、琉海が笑いながら言う。


「変なの。要の手、なんだかピリピリする」


 冷え切った身体を先にお風呂で温めて、二人で簡単に夕食を作って食べた。


「いいなあ、要の家。ここ、秘密基地って感じで楽しそう!」


 先ほどまでの涙はどこへやら、琉海はとても楽しそうに私の部屋を見渡す。そして勝手に、私の布団が敷いてあるロフトに上がり込む。


「わあ、あったかい。眠くなっちゃう」

「いいよ、そこで寝ちゃっても。疲れてるでしょ。……私はこっちで寝るから」


 私は下の床で寝ようと、そう言うのだけど。


「えー、やだ。せっかく要とお泊まり会なのに! 一緒に寝ようよ!」


 そんなことを言って駄々をこねる始末だ。

 だから私も仕方なくロフトに上がった。部屋の照明を暗いものに変えて、一つの布団に無理やり二人で入り込む。こんなに近い距離でひとと寝るのは初めてだから、困惑する。


「要、こっち向いてよ」


 ぎゅっと肩をつかまれて、壁際を向いていた私は、琉海のほうを向かせられる。

 至近距離で女の子の香りがする。


「……なに?」


 私は恥ずかしくて、目を合わせることもできないというのに。


「要は、本当に、好きな人、いないの?」


 そんなことを聞いてくる。


「……だから、いないってば」


 今目の前にいるこのひとに、『好きな人はあなただよ』なんて言えたら、どんなに楽になれるだろう。

 だけど私はそれを言うわけにはいかないのだ。


 ただでさえ同性同士で言いづらいのに。こんな状況では、なおさらそうだった。

 私は失恋で傷ついたばかりの琉海に、これ以上負担をかけたくなんてなかったから。


「要みたいに素敵なひとなら、好きになる人、たくさんいると思うんだけどな」


 琉海はそんなことを言ってくる。こちらの気も知らずに。


「……そんなこと、あるわけないじゃん」


 黒い心が、湧き上がってくる。

 至近距離で、触れられて、ささやかれて。悪気はないってわかっている。だけど。


「じゃあ……わたしが要の彼女になっちゃおうかな」


 冗談めいてそう言われた途端、頭の中がかあっとなって。怒りと混乱と、不埒な衝動とで、私の心はどす黒く濁っていった。


「いいよ。……その代わり」


 耳元で暴力的な言葉を吐いて、私は琉海を組み伏せる。驚きと羞恥で顔を真っ赤にする琉海を、衝動のままに抱いた。


 初めは恥ずかしがって嫌がるようなそぶりを見せていた琉海だったけれど、何度も触れられるうちに目をとろんとさせて、されるがままになっていた。


 こんな無理やりのような行為なのに、それでも私は、琉海に触れられることが嬉しくてたまらなくて。


 今までの人生で味わったことがないくらいの幸福を味わっていた。まるで私の半身のような彼女が、どう触れられれば悦ぶのか、ちっとも経験なんてないはずなのに、私にはなぜだか手に取るようにわかった。


 彼女もそれは同じだったようで。やがて私がくたびれる頃には、私の身体に手を伸ばし、一番触れてほしい場所に触れてくる。頭の中は何度も真っ白になり、何も考えられなくなった。考えたくもなかった。


 一晩中触れ合った、その翌朝。


「……要は……女の子が好きだったの?」


 琉海は今更、そんなことを聞いてくる。


「……私は」


 もう、観念するしかなかった。そして私はついに言葉にしたのだ。


「琉海が、好き」


 琉海は驚いたようだったが、私の言葉を聞くと、ぎゅっと抱きしめてくれた。


「ありがとう。……わたしも、要が好き」


 そう言って笑うのだけど。

 彼女は次の瞬間、私を地獄の底に突き落とす。


「でも、わたしは要とはずっと友達でいたい……恋人じゃなくて」

「どうして」


 せめてそれだけは、聞かせてほしかった。理由がなければ納得できなかった。そんなの、わかりきっているのに。


「わたし、女の人とは、付き合えないと思う」


 まるでそれが当然であるかのような口ぶりで。その言葉ではっきりとわかった。私たちは同一でもなければ、互いが互いの半身であるわけもない。


「そっか……そうだよね」

「ごめんね、要」


 そう言って、琉海は私をまた抱きしめる。

 抱きしめて、ぽろぽろ、涙を流す。


「要、わたしから離れたりしないよね? ずっと友達でいてくれるよね?」


 涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、一生懸命に言うのだ。


「お願い、どこにも行かないで。わたしには要が必要なの。恋人にはなれないけど、要のことが大好きだから。だからずっと、そばにいて」


 そんな、呪いのような言葉を。

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