第3話

 私が琉海と知り合ってからわずか数ヶ月後、季節が本格的な秋になる頃だった。琉海は件の先輩と交際するようになったらしい。


 琉海は笑顔が増え、楽しかったデートの話を聞かせてくれるようになった。私もそれを笑顔で聞いていた。


 胸が張り裂けそうで、痛くてたまらなかったけど、何も感じないようにして。

 それでも琉海が幸せならそれでいいと、思っていた。


 友達としてだけでも、琉海のそばにいれば、時々シンクロするその不思議な感覚を、特別なしるしとして自分の中に刻むことができる。

 琉海もまるで双子の片割れででもあるかのように、私のことを扱った。


 同期である私は、琉海が交際している先輩よりも、はるかに長い時間を琉海と過ごしていた。

 日々、同じものを見て、同じように笑い、同じものを食べて、同じ音楽を聴く。二人にしかわからないエピソードばかりが増えていき、私にとって彼女といる時間以上に心地のいい時間はなかった。


 それは彼女にとっても、同じだったと思う。

 私たちは、お互いの身に起きたエピソードも経験も感情も感覚も、全てを共有していて。

 ただ一つ恋人のことを除けば、私たちは、どちらがどちらであるのか、互いにわからなくなってしまいそうなくらい近くて、似ていて、同一だった。


 容姿だけをみればちっとも似てなんかいないのに、琉海と向き合うとき私は、まるで鏡の向こう側を覗き込んでいるかのような気持ちになった。


 だけど、それはただの錯覚に過ぎなかったのかもしれない。



 それは一月のとても寒いある日、灰色に濁った空の下でのことだった。

 バス通学をしている琉海に付き合って、私はバス停の屋根の下で時間をつぶしていた。


「……こういうの、泣き出しそうな空、っていうのかな。……なんか、わたしみたい」


 空を眺めながらそう呟く琉海の、横顔を眺める。作り物のように綺麗なパーツが、美しい輪郭を作り出していて。


 綺麗なラインの鼻から唇の先のカーブを見ていると、そこに触れたいだなんて、思わず不埒な考えが湧いてくるけれど。

 琉海のただならぬ雰囲気を感じて、そんなものはどこかへ捨て去った。


「どうしたの? 何かあった?」


 そう聞くと、琉海はこちらを向く。そして涙をぽろぽろとこぼす。そのキラキラした瞳から。


「ダメだね。わたしが先に泣いちゃった」


 ハンカチを取り出して涙を拭きながら、琉海はそう言う。


「あのね……先輩、他に好きな人ができたんだって」


 そう言うと、また、涙を流した。

 私は、琉海の肩を抱く。


「そっか……」


 何も言えなかった。彼女の恋を応援しているふりをしながら、その実、ちっともその成就を願っていなかった私には、何かを言う資格なんてない。

 だけど今この瞬間、琉海が慰めを必要としているのなら、それに精一杯応えようと思っていた。


 バスはなかなか来なかった。


 私は無意識に琉海の髪を撫でていた。琉海は嫌がることもなくされるがままになり、猫のように目を細める。

 『寒いね』と言って私の胸に頭を寄せ、目を閉じる。そうやって琉海は暖を取っているようだった。


 それはまるで、恋人同士のようで。私にそんな錯覚を起こさせてしまうほどで。

 バスは、いつまで待っても来なかった。来なくてもいいとさえ、思った。

 そのうちに、空からは白いものが舞い始めた。


「ねえ、要」


 琉海は涙に濡れたキラキラの目で、まっすぐにこちらを見つめて言う。


「今日、要の家、行ってもいい?」


 そんな目で、見ないでほしかった。そんな目で見つめられたら、選択肢なんてないも同然だった。

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