第2話
私はレズビアンだった。初めて好きになった女の子は小学校の同級生で、想いを伝えることなんてできないまま卒業して、彼女とは別々の学校へ進学した。
中学のときも、高校の時も、私が好きになるのは、女の子ばかりだった。しかし彼女たちが好きになるのは、例外なく男の子ばかりで、女である私のことなど眼中にない。
マイノリティなのだからそれは仕方のないことだと今は思う。だけど田舎で育った私には、自分と同じ仲間を見つけることも難しく、まだスマホも持っていなかったから、SNSで人と知り合う、なんて手段も思いつかなかった。
だから私は恋愛自体を諦めていた。誰かを好きになっても、その人がこちらを振り向いてくれる確率はほぼないのだから、好きになるだけ無駄なのだと。
それに加えて、女の子に惹かれるという自分の性質そのものも、隠しておくべきこととして認識していた。家族にも友達にも誰にも、本当のことは言えなかったし、言うつもりもなかった。
誰かに恋愛について聞かれても、興味がないふりをしたり、適当な男の人の名前を挙げて誤魔化していた。
大学に進学してからもそのスタンスは変わらず、私は恋バナを振られるたびに、適当なことを言っていた。人とは違う事がバレて面倒事を起こすのは嫌だったし、私のことを大して知りもしないような相手に興味本位でそのことに触れられるのは、心の中を土足で踏み荒らされるのと同じようなことだったから。
だから琉海と仲良くなるにつれ、いつかその話題に触れられるのではないかと、私は恐れるようになった。
私は琉海に嘘はつきたくなかった。だけど、そのことを知られた時に、琉海が離れていってしまったらと思うと、想像しただけで辛くて。
だから、神に祈るような気持ちで、琉海が恋バナを振ってこないように願っていた。
しかし、あるとき琉海はついに、話し出したのだ。
「ねえ……要は、好きな人、いる?」
「……別に、いないけど」
ボロが出ないように必死で、興味のないふりをして答える。
「そっか。……実はわたし、最近気になるひとがいて」
とても恥ずかしそうに、小さな声でそう言う。その様子がまた可愛らしくて、その好きな人とやらはずいぶん幸せ者だな、と思う。
琉海の好きな人は、同じサークルの男の先輩だった。私も普段から話すような、よく知っている人だ。
「……うまく行くかなぁ。ねえ、どう思う?」
そう言って琉海は、私の手を無駄に握ってくる。ピリピリとした電気がまたやってくるけれど、それを琉海はもう感じないのだろうか。
でもそれならそれで、いい。
深みにハマる前に、私は身を引くだけだ。
「私はそういうのよくわからないけど、応援するよ」
そう言って、嘘で塗り固めた笑顔を作って、私は琉海の肩にポンと触れる。
その指先からは、またあのピリピリとした感覚がくるけど。
心を殺して、私は何も感じないようにした。
それから琉海は、たびたび、私に恋の相談をしてくるようになった。
私はそれを、親身になって聞くふりをしていた。秘密を共有した私たちは今までに増して二人で過ごす時間が多くなり、琉海が私に恋の相談をするたびに、私はまるで自分が異性愛者であるかのように答えて、嘘を重ねていった。
琉海に『どう思う?』と聞かれるたびに安心させるための言葉を吐き、わかりもしない女心に共感したふりをして。
私の本当の言葉など、琉海にはきっと届かないだろう。でもそれでよかった。本当の私を知られたら、琉海はこんなふうに私に気軽に相談してくれることもなくなるだろう。それどころか、嫌われたり、蔑まれたりするかもしれない。
琉海がそんなことをする人だとは思わなかったけど、私は自分を守るのに必死だった。
だけど琉海は、不思議なくらい私に懐いていて、いつもそばにいたがった。
べったりといつも二人でいる私たちを見て、時折、変な目で見てくる人もいたけれど、琉海が気にしていなかったから、そんなことはどうでもよかった。
ただ二人でいられれば、それでよかった。
私は琉海を、好きだった。
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