第12話

「私は同性愛者じゃなくてパンセクシャルなの」


 力強い意志がそこにはあった。


 「パンセクシャル?」


 俺は聞いたこともない言葉に頭の中がはてなマークにおい尽くされた。


 「女と男にとらわれないすべての性別を好きになり、これをパンセクシャル(全性愛者)と呼ぶの」


 「じゃあ、男も好きになるってこと?」


 俺は呆気にとられて目をカッと開く。


 「前に話したでしょ、女の子を好きになってその子にハメられたって。その後に傷心していた私を助けてくれた男の子がいたの。でも、私は勝手に女性にしか興味がないと思ってたんだけどその男の子に悩みを相談するうちに初めて男性を好きになったんだ」


 「でも、男も女も好きなのはバイセクシャルじゃないの?」


 「バイセクシャルとパンセクシャルは定義が難しいのよね。バイセクシャルは男も女も恋愛対象になる。一方で、パンセクシャルは性別という概念にとらわれないでどんな人も好きになれることを指すの」


 「つまり、バイセクシャルは男と女という性別の両方とも愛せる。それに対して、パンセクシャルはそもそも性別という型を意識していないでどんな人間も愛せると言うことか」


 「そうゆうこと。私の恋愛対象は女だと思っていたら男も好きになれると抱いたから自分のことはパンセクシャルだって認識したの。……ごめん、嘘ついて。さっき、鈴音と健二の秘密を知って自分だけこの事を言わないなんてずるいよね。後日、鈴音にもしっかりと言う」


 夏葉は苦悶の表情で俺に頭を下げて言った。


 「気にすんなよ。誰だって言いたくないことはあるよ。きっと、自己防衛反応ってのが働いたんだよ」



 俺は夏葉に頭を下げないでくれよと手のひらで顔を上げてくれとジャスチャーした。


 「健二って不器用だけど優しいよね」


 「不器用が余計だよ」


 「いや、不器用だから優しいんだね」


 夏葉は太陽みたいな笑顔で微笑んで言った。


 「行こうか、部室」


 「そうだね、行きましょう」


       * * *


「隆一、この荒川さんが俺たちの部活に入ってくれると?」


 洋太郎は隆一の肩に手を回してを荒川の顔をジーッと見て言った。


 「そうでしょ、荒川さん?」


 「はい!これから、よろしくお願いします」


 荒川は手をピシッと上げて綺麗なお辞儀をした。


 「でも、なんでこんな廃部の危機に瀕してる部活に入ってくれるんだ?」


 「相沢先輩に借りをつくってしまってその代わりにこの部活に入部させてもらいます」


 「健二にどんな借りをつくったの?」


 「階段から落ちるのを助けてもらったんです」


 「へぇー、健二が人を救うとは昔みたいだな」


 「昔みたい?」


 荒川は洋太郎の曖昧な言葉にポカンとした表情でオウム返しする。


 「いや、何でもない」


 洋太郎はバツが悪そうな表情をしてサラッと荒川の疑問の言葉を流した。


 「まぁ、とにかくこの部活に入部してくれてありがとう。じゃあ、この入部届けに名前を書いてくれ」


 「了解です」

 

 部室のドアがを開いて加藤と三島が缶ジュースを5つ持って入ってくる。


 「ほら、これお土産」


 「あざす」


 洋太郎は加藤から受け取った缶ジュースを荒川と隆一に渡す。


 「加藤先輩と義弘、あざす」


 「先輩方、ありがとうございます」


 「義弘と荒川さんは同じ1年だけど面識ないのか?」


 加藤先輩は互いの目を交互に見て言った。

 

 「すみません。私は存じ上げないです」


 「俺は知ってますよ。だって、荒川さんは1年の男子と女子から人気ですよ」


 「人気な荒川さんが入れば次第にこの部活も良い意味で注目されるかもな」

 

 加藤はテンションが上がり声量を上げて言った。


 「その逆も然りっすよ」


 「どういうことだよ?」


 加藤は疑問を呈した。


 「人気な荒川さんが廃部の危機に瀕してる男しかいない部活に入部したら怪しむ人もいるということです」


 「脅されてるんじゃないとかそんな類の噂が出回るってことか?」


 「そうです。だから……」


 「もう1人女子が入りますよ」


 荒川は洋太郎の言葉を遮って言った。


 「え?も、も、もう1人入る?」


 洋太郎は驚きのあまりもどる。


 「あ、そういえば言うの忘れてた。ほら、うちのクラスの鮎川さんが入るって本人が言ってたよ」


 隆一はハッと何かを思い出して洋太郎の肩に手を添えて言った。


 「鮎川さんってあの鮎川さん?」


 洋太郎は隆一の胸倉を掴んで顔を近づけて訊ねた。


 「そうだよ、あの鮎川さんだよ。転校生の、てか顔ちけーよ」


 「お、悪りぃ、健二は知ってんのか?」

 

 洋太郎は隆一の胸倉を掴んでいる手を外して訊ねた。


 「知ってるも何も健二のおかげで鮎川さんも入部してくれたんだよ」


 「……さすが、健二」


 洋太郎はニカっと微笑んだ。


 「じゃあ、あいついまどこにいるんだ?さっきまで、健二、荒川ちゃんと隆一の3人でいたんじゃないの?」


 洋太郎は真面目な顔に戻り隆一に訊ねた。


 「健二は鮎川さんと今いるよ」



        * * *

 

 

 俺と夏葉は横一列で階段を上って4階に着いて、廊下を歩いて角にある俺達の部室のドアをノックした。


 「どうぞ」


 外からでも洋太郎達が部室で賑やかに談笑しているのが分かった。隆一が招きの声を上げた。


 「入るぞ」


 俺はドアをガラッと開けて部室に入った。後ろを振り返ると夏葉は軽く頭を下げてから入る。

    

 「健二、遅いぞ。それに、2人も入部するなんてお前やるな」


 洋太郎はにこやかな顔つきと快活な声で言った。


 部室を天井から俯瞰して見るといくつかの机をくってけて長方形を作っている。机に鞄を置いて洋太郎達の方へ近づいた。


 「2年B組の鮎川夏葉です。今日からお世話になります。みなさん、よろしくお願いします」


 夏葉は部員の顔を1人1人見て丁寧に自己紹介した。そして、みんなも夏葉を温かく迎えた。


 俺は夏葉に入部届の紙を渡して夏葉は紙を受け取って名前を書いて俺に渡した。


 「健二、これで廃部にならなくなっな」


 加藤先輩がご機嫌な様子で言った。


 「いや、それが条件が変わって存続するにはもう1人足りないんだ」

 

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