第9話

「こいつがもう1人の新しい部員1年の荒川鈴音」


 俺は地面に座っている荒川の手を引っ張って起き上がらせた。


「なるほど、何でここにいるのあらがわさん」


 夏葉はさっき取り乱したのが嘘みたいに冷静さを取り戻した風に見える、


 「"あらがわ"じゃなくて"あらかわ"です」

 

  口を尖らせて言葉のトーンを強めて言った。


 「まぁ、どっちでもいいけど。もう一度、聞くわ、何であなたはここにいるの?」


 夏葉は凛とした態度で荒川をあしらってから何故ここにいるか問い詰めた。


 「さっき、先輩からもらった連絡先が最後の四桁の数字が読めなかったので先輩を追いかけてここまできたんですが……」


 「それで、盗み聞きをしてたってことね。サイテーだわ」


 「おい夏葉、荒川にそんな悪意はないよ」


 「何で、そんなことが言えるの?あなたはこの子が私達のことを言わないと保証できるの?」


 夏葉は俺に迫って睨みをきかせて言った。


 俺はその気迫に一瞬後退りした。


 「確かに、確実に保証できるとは言えない。それに、俺と荒川だけが夏葉の知られたくない秘密を知ってるのはフェアはじゃないよな」


 俺は毅然とした態度で夏葉に近寄り言った。


 「なによ」


 「俺は高1の春に小学生からの幼馴染の森田あかねに告白して振られた。クラスの奴には幼馴染みでお似合いだねって言われてたのに振られてから周りは陰であいつ告白して振られてんのダッサって言われたんだよ。でも、未だに俺はその幼馴染のことが忘れられないんだよ、滑稽だろ。きっと、クラスメイトの奴らに俺がまだあかねに未練たらたらなんて知ったら俺は恥ずかしいし居心地悪くなる」


 「健二、森田あかねさんが好きなのね」


 「先輩、森田先輩が好きなんだ」


 夏葉と荒川は俺をみてニッと笑う。


 「まぁ、そういうことだ。荒川、次はお前だ」


 俺は荒川を人差し指で指差して自分の隠し事を言う番のバトンを渡した。


 「えー、自分の言われたくない秘密を言えってこと」


 「そうだ」


 「うーん、わかりました。私は恋したことないんです」


 「それだけ?」


 夏葉は不満げな顔をして言った。


 「それで、周りの子たちは誰々が好きとか言ってるのを聞いて私も周囲と同じ好きな人を言わないといけない嫌な空気あるんですよ。同調圧力って言うんですかね。それで、私は好きでもない人を好きって周りに嘘をついてます。それがバレたら私も居場所なくなると思います。私は弱い人間なんですよ」


 荒川は今までに溜め込んだ心の老廃物を吐き出した様に見えた。


 「ふーん、これで私達は秘密を共有したってことね。荒川さん、あなたはまだ恋する相手に会ってないだけで焦ることないわ。それに、周りに合わせることもないって言おと思ったけどマイノリティってのは学校と社会でも省かれる。当の私だって秘密を周囲に悟られたくない為に健二に手伝ってもらってるから。私も弱い人間よ、でも協力してくれる人もいるわ。まぁ、裏切られることもあるけどそれでも生きてくしかない。私らしくないわね、全てを語りすぎたわ」


 夏葉は抑揚をつけながら荒川に真摯に向き合いながら喋った。


 「夏葉先輩!ありがとう……」


 荒川は涙ぐみながら夏葉に抱きついた。


 「シャツがあなたの涙と鼻水で濡れたじゃない」


 冬菜は嫌がってる様にみえたが顔が少し綻んだ瞬間を見て俺は胸のつかえがとれた。


 「じゃあ、部室に行こう」


 「そうね」


 「私も行きます」

 

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