Step for open my world

蛇部竜

Step for open my world

「あーもう死んじゃおっかな。」

 夕陽が射す高校の放課後の教室。

 窓側の前から二番目の席。

 そこに座っている2年生の仁科美里ニシナミサトは頬杖をつきながら唐突に呟いた。

 隣に立って携帯を操作イジっていた同級生の鹿島絵梨カシマエリは美里に目線を向けずやれやれとため息をついた。

「まーた始まったよ、これで何回目?」

「いや今度はマジに考えてる。」

 美里は絵梨の方は向かず虚空を見つめていた。

「アンタさぁ、成績は優秀、家はそこそこの金持ち。

 しかもイケメンの彼氏を持って、一体何が不満なの?」

「・・・アイツとは別れたよ。」

 美里は何の抑揚もなくあっさり答えた。

「え、まじで? 理由は?」

「・・・私がフラれた。」

「え? アイツから告白してきた癖に?」

「なんかさぁ、思ってた感じと違ったんだって。」

「・・・もしかしてそれが死にたい理由?」

「いや、それ自体は理由ではない・・・けど。」

「けど?」

 美里は机の上にうなだれた。

空虚むなしいんだよね、何もかも。」

「どゆこと?」

「アイツにフラれたとき、私、な~んにも感じなかったんだよね。

 悲しいとかムカつくとかそんな感情、一切、起きなかった。」

 絵梨は携帯を操作イジるのを止め目線を美里に向けた。

「なんか、自分が感情ないロボット人間みたいで嫌気がさしたんだよね。」

「・・・お姉さんのこと、考えた?」

「あー、そうかも。なりたくない人間ナンバーワンと自分が重なったのかも。

 結局、自分もアイツおんなじような人間なんだなって・・・。」

 窓から射す夕陽の日差しが強くなったような気がした。

 教室の影が濃くなったようにも思えた。

アイツみたいにはなりたくないって思ってたんだけどな・・・。」

 美里は大きな溜息を吐いた。

「・・・美里はさぁなんかやりたいことってないの?」

「やりたいことねぇ・・・。」

 美里は机に突っ伏しながら目線を廊下側の壁に向ける。

 そこには演劇部のポスターが張られていた。

 それを一瞥するとすぐに目線を戻した。

「・・・特にはないかな。」

「私は・・・あるんだ。」

 絵梨は携帯をスカートのポケットに入れ美里に背中を向けた。

「その目標があるからしんどい事があっても、なんとか生きてみようって思えるんだ。

 アンタも死ぬ前に一度、そういう事を考えてみたら?

 そういう目標が見つかれば死ぬ気も失せるかもよ?」

「・・・見つかんなかったら?」

「・・・そん時は知らない。」

 絵梨は美里の方へ振り向き悪戯っぽく笑った。



 仁科家の食卓は父の涼真リョウマ、母のタマキ、一つ年上の姉の亜紀アキ、そして美里の家族全員が揃ってから食事をするのがルールだ。

長方形の机に美里が座る席のの横に亜紀、前に環。

そして環の横、つまり亜紀の前に涼真が座る。

今日はスープやハンバーグなど温かい食事が用意されていた。

しかし、美里はこの食卓で家族の温かさを感じた事は一度もなかった。

「美里、この間のテストの成績はどうだった?」

涼真がハンバーグをナイフとフォークで切り分けながら聞く。

美里の眼は一切見ない。

「今回も一位だったよ、お父さん。」

美里も父の眼を見ずにスープをスプーンで啜った。

「亜紀の方はどうだ? 医大の勉強は捗っているか?」

亜紀の方が答える前に環が嬉しそうに答えた。

「お父さん、亜紀ったらこの間も成績良かったのよ。」

「うむ、そうか感心だな。

お前たち二人は私の後を継いで、立派な医者になってもらわんと困るからな。」

「もちろんです、お父様。

お父様のために日々、精進してまいります。」

亜紀は無表情で抑揚のない声で答えた。

美里には亜紀の声も表情もまるで機械のように見えた。

「・・・ロボットかよ。」

美里は小さい声でぼやいた。

「美里、何か言った?」

亜紀が目線も動かさず質問する。

「別に何でもありません。

お母さん、ごめんなさい、今日は食欲がないから先に部屋に戻るね。」

「あら、どうしたの? 体調でも悪いの?」

「ただ単に食欲ないだけだから気にしないで。」

美里は食卓を抜け二階にある自分の部屋に入った。

そしてそのままベッドに仰向けに倒れこんだ。

しばらくボーっと天井を見つめた後、枕の下から一枚のチラシを出した。

そのチラシには『新劇団設立! 初心者でも芝居に興味ある人募集!

自分の新しい世界を開いてみませんか』と書かれてあり、チラシの真ん中に舞台に立って芝居をしている様子の男女が写っていた。

美里はしばらくチラシを見つめた後、無造作にそれを投げ出し、またしばらく何もせず天井だけを眺めて無意識に呟いた。

「・・・やっぱ死のっかな。」



 次の日、美里は登校して授業が始まるまでボーッと頬杖をついていた。

右横の絵梨の机を見る。

絵梨はまだ学校に来ていなかった。

美里は時計を見た。8時25分。

あと5分でホームルームが始まる。

絵梨が遅刻なんて珍しいなと感じた。

5分経った。

絵梨は来なかった。

担任の教師が教室に入ってきた。

何か真剣な表情だった。

「えー、皆さん。席についてください。

えー、皆さんに大変残念なお知らせがあります・・・。

このクラスの生徒である鹿島絵梨さんが昨日、事故で亡くなりました。」

美里は頬杖を外した。


教室でボーっとする美里の耳に様々な雑音が聞こえてくる。

「ねぇ知ってる? 鹿島さんのご両親ってすっごい借金があったらしいよ。」

「だから家族揃って、無理心中したんじゃないかって噂もあるみたい。」

「ホントに? 事故じゃないの?」

「だから噂よ、噂。」

「私は鹿島さんは自殺はしないとおもうけどなぁ。」

「どうしてそう思うの?」

「鹿島さん、大きな夢があったみたいよ。」

「夢?」

「うん。あの子、女優になりたかったって聞いたことあるの。

色んなオーディションとかも受けてたんだって。」


昨日の放課後を思い出す。

背を向けた絵梨。

あの時、絵梨は私の視界に一度入った演劇部のポスターをただじっと見つめていた。



 翌日。

朝の食卓。

机の上に並べらているパンやサラダ。

美里は一切、手をつけない。

昨日から何も手が付かない。

思考が停止している。

感情がストップしたようだった。

まるで電源が落ちたブリキの機械オモチャのように。

「あら、美里。アナタまだ調子が悪いの?」

 環が美里を心配するが美里は一切、反応しない。

「美里、貴女、体調管理も出来ないの?

 私なんてココ最近は一度も体調不調なんて起こしたことないわよ」

亜紀がまた抑揚のない声で嫌味を言う。

その嫌味を聞いた瞬間、美里はまるで電源が入ったように感情が湧き出てきた。

美里は亜紀の方に顔を向け可哀想なものを見る目をしながら鼻で笑った。

「・・・そりゃアンタが血の通ってないロボットだからでしょ。」

美里の馬鹿にした笑いが大きくなる。

「そりゃ体調不良なんておきやしないわよ。

だって父親の言う事を命令通り動くロボットだもん。」

涼真がパンを掴む手を止めた。

「・・・おい、美里、どういうことだ?」

「どうもこうもありません。

私の姉は親の言うことばっか聞いて自分の意思が無いロボットだって答えたんです。」

「な・・・!」

この瞬間、初めて亜紀は人間らしい怒りの感情を美里に向けた。

「美里! なんてこと言うの!」

「美里! 姉さんに謝りなさい!」

環と涼真が美里を責めるが美里は亜紀の方を向いたままだった。

「ねぇ、お姉ちゃんはさ、生きてて楽しいの?

昔からお父さんとお母さんの言う事を逆らわずに聞いてさ。

アンタ、『自分』っていうもの持ってんの!?

私は絶対、アンタみたいにはなりたくない!

父さんと母さんの言う事ばっか聞いて『自分』を殺したくない!

私は・・・私は自分で自分のやることを決断したい!

アンタみたいな命令だけ聞く感情のないロボットみたいな人間になるなんてクソくらえよ!」

美里の頬に鈍い感触が伝わった。

涼真が美里をぶったのだ。

美里は頬を押さえ、零れそうになる涙を堪え、靴も履かずに走って外に出た。



 とあるビルの屋上に美里は来た。

外側にある自殺防止のフェンスを乗り越えようとする。

しかし、垂直になった下の地面を見て、足が震えフェンスを降りた。

降りてしばらくすると涙が零れ落ち大声で泣き叫んだ。

「なんでアンタが死ぬのよ!」

最後に絵梨に会った時の悪戯っぽい笑顔を思い出す。

「なんで・・・、なんで・・・。」

体育座りでうずくまり声が枯れるまで美里は泣き続けた。



 とある劇団の稽古場の前。

美里は緊張した顔つきで立っていた。

ポケットに入ってある携帯電話が鳴った。

父からだった。

美里は一瞥した後、着信拒否にした。

美里は深呼吸をし、稽古場のドアをあけた。

まず目の前に飛び込んできたのは次の舞台のポスターだった。

タイトルはこう書かれていた。


-Step for open my world-

































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