2日目

「ええ〜〜〜どれもおいしい〜〜〜!!」

 愛入島に来て2日目、僕らは島の果樹園にお邪魔していた。

 観光客向けに作られたという果樹園は、南の島らしくたくさんの甘い果物が実っている。

 スーパーで見たことがあるものもあれば、テレビか何かでしか見たことがないようなものまで、みちみちに実っている。

 さらにこれら全部が食べ放題なので、この島の人たちは本当に太っ腹だ。

「あ! あれ星の形してる!」

「スターフルーツだな。こっちにはパイナップルにバナナ。この表皮がごついのはドラゴンフルーツで……すごいなぁ、ホントになんでもあるみたいだ」

「すご~! おもしろ〜! どうやって食べるんだろ、これ。すみませーん!」

 スターフルーツを片手に依子は果樹園の人のところへ走っていく。

 昨日の夜はもちろん、今朝も朝食が盛りだくさんでたくさん食べたというのに、若いってすごい。

 呆れ半分になりながら、僕は果樹園の人に勧められた搾りたてミックスフルーツジュースを吸った。

 混じりあったそれはもう何の実かわからないけど、爽やかでありながらねっとりとした甘味があり、ついついおかわりしたいくらいとても美味しい。

 この島には美味しいものしかないんだろうか。

「これも君のおかげなの?」

と、隣の席のサンコ様に声をかける。

 腹を見せてころころと転がっていたサンコ様は、少しだけ頭をあげてこちらを見、みゃあんと鳴いた。

 この島はサンコ様のおかげで豊かで栄養豊富な土地が多いらしく、おかげで植物はすくすくと育って大きな実をつけるのだ、と果樹園の人が自分の家のサンコ様像を拝みながら説明してくれた。

 ちなみにサンコ様自身は依子に抱っこされて、ぐるごろと喉を鳴らしてご満悦だったが。

 それにしても、この生きた守り神様は本当に人間が好きらしい。

 今朝も、何気なく散歩に出かけた僕らの前にふらりと現れたかと思えば、そのままここまでずっとついてきた。

 それが嬉しかったらしく、道中依子はサンコ様をずっと抱っこしていた。

 見かけない人間に興味津々なのだ、良かったですねぇサンコ様、と行く先々で島の人たちがサンコ様を撫でながら口々に言っており、サンコ様自身が愛されていることが実感できてなんとも微笑ましい。


「でも、どうやって僕らの居場所がわかったんだろう?」

 今朝散歩に出たのは依子が出たいと言いだしたからで、特に誰かに連絡したわけじゃない。

 愛入島は小さな島とはいえ、1周するのに島民でも徒歩なら2時間はかかるくらいで、猫からすれば更に広く、匂いでわかるってことも無さそうな気がする。

「……もしかしてずっと家の前に居たとか?」

 ふと、昨夜の音を思い出して独り言ちったものの、すぐにいやいやと首を振った。

 確かに昨日は鍵をかけていたけれど、いくらなんでも一晩中家の前に居るわけがない。

 ただの猫なんだから、とひとりで勝手に考え納得している僕に、サンコ様はまるで関心がないようで、起き上がって明後日の方向へにゃあと鳴いた。

 すると、どこからともなく三毛猫がやってきて、ひょいとサンコ様の隣に並ぶと、ぺろぺろとサンコ様の毛繕いを始める。

 こうして他の猫がサンコ様の毛繕いを始めるのは、これが初めてじゃない。

 人と同じように猫にもたくさん出会ったけど、どの猫も同じようにサンコ様に挨拶をし、毛繕いをしたりしていた。

 どうやらサンコ様はこの島の猫のボスでもあるらしい。きっと猫のネットワークを使って僕らの居場所を知ったんだろう。

 その方がいかにも猫らしく、自然な話だ。

 それにしても人にも猫にも愛されているって、さすが守り神……と感心しながら毛繕いしている猫たちを眺めていると、どたどたと依子が戻ってきた。

「ねぇねぇ、お兄ちゃん! これめっちゃおいしい!」

 自分でももうひとつをむしゃむしゃと食べながら、依子がずいと差し出してきたのは、見たこともない真っ赤な果実だった。

 ぱっと見はトマトのようだけれど、依子が食べている感じでは意外と果肉がしっかりしているようで、イチゴに近いようにも思えた。

 でもイチゴとは違ってつるりと丸く、中も真っ赤だ。

 多分、ブルーベリーをものすごく大きくしたらあんな感じになるのだろう。

 変わった果物もあるものだなぁ、としげしげと眺めはするものの、なんとなく口に運ぶ気にはならなかった。

 顔に近付けるとうっすらと金気くさい臭いがするせいかもしれない。

「おや、お前さん、その実を食べてしまったのかい?」

 のっそりとやってきた果樹園の人が夢中に食べてる依子を見て目を丸くした。

「え、あっもしかして食べちゃいけないヤツでした……?」

 さっと血の気が引いた依子に対して果樹園の人は「うーん」とものすごく神妙な顔で唸る。

 食べる気にならないという僕の直感が正しかったのだろうか、毒はなさそうだけど、もしかしてものすごく高価だったりするんだろうか。

 弁償しなければ……と僕も同じように血の気が引く。

「これはサンコモツっていうこの島でも決まった場所にしか生えないモノでね。食べると……」

「食べると……?」

 深刻そうな表情に、思わずゴクリ、と固唾を飲む。

「たっぷりのビタミンと鉄分その他いろいろな栄養素が体に染みわたり、どんな人でも元気になること間違いなし! 特に女性はホルモンバランスが安定して、食べたあと肌ツヤが良くなった、月の物が軽くなった、等々さまざまな効果があり、これが無い生活なんて考えられなくなっちまうのさ!」

「いや、全然問題ないんかーい!」

 一転してがははと笑う果樹園の人に思わずツッコミを入れてしまう。なんで溜めたんだ。

「でも、決まった場所にしか生えないならものすごく貴重なモノなのでは……?」

 まだおっかなびっくりしている依子の背中を果樹園の人がバンバン叩く。

「はっはっは! 食べちゃいけないモノだったらここに植えたりしないさ!」

 確かにそれはそう。

「気に入ったならどんどん食べな! この島の外では絶対に食べれないから今のうちさね!」

「じゃあ、遠慮なくいただきまーす!」

 許可が出た依子はぱあっと顔を輝かせ、本当に遠慮なくむしゃむしゃと食べてはおいし~!とじたばたし始める。

「それにしても、サンコモツって変わった名前ですね」

 妹の様子に若干引きつつ、僕は果樹園の人に話しかける。

 どうもサンコ様由来なのはすぐにわかるけれど、モツが何なのか見当もつかない。

「ああ、これはサンコ様の臓物が名前の由来なんよ」

「臓物!?」

 けろりとした口調とは裏腹に物騒な由来に思わず大声を出す僕に、果樹園の人は苦笑しながら続けた。

「その昔、この島が大規模な飢饉に遭ったときにね、サンコ様が私を食べなさい、と自ら体を開いたんだ。そのとき地に落ちたサンコ様の一部からこの植物が育って、島は飢えから無事に逃れた。感謝した島民は恩を忘れないようにサンコ様の臓物、サンコモツと名付けて大事にするようになったんよ」

「なるほど……すみません、大声を出してしまって……」

「いいよいいよ、大抵の人は臓物と言われたら驚くもんさ」

 それより、せっかくだから食べてごらん、と促され、僕は依子に渡されたサンコモツをようやく口にした。

 金気くささは変わらないものの、甘酸っぱい果肉は確かにおいしかった。

 ただ、他の果物の方が圧倒的においしく、半分くらい食べたところで手が止まってしまう。

 するとまだ残っているのを知った依子がうらやましそうな顔をするので残りは彼女へあげることにした。

 やったー!というや否や、依子はあっという間に平らげた上に、果樹園の人にサンコモツを明日の朝食にも出してもらう約束まで取り付けてしまった。

 恐縮する僕に、果樹園の人は終始にこにこと笑っており、気に入ってくれて嬉しいよ、祭でも出てくるから楽しみにしな、とまで朗らかに言ってくれる。

 人は暖かいと穏やかで太っ腹になるのだなぁ、と変に感心しながら宿に帰ることとなった。


 その夜。

 相変わらずトントン、カリカリという音が聞こえたので、やっぱりサンコ様はこの家に入りたいんだなぁ、とぼんやり目を開けると、大柄で半裸の男が隣で眠る依子にまたがるように立っているのが目に入った。

「え?」

 男は何やら赤くて大きな被り物をしており、そこから垂れたふさふさとした毛の塊が上着のように彼の屈強な上半身を覆っている。

 下半身はなにか布のようなものを巻いており、スカートのようになっていた。

 あまりのことに呆然とし、それから慌てて起き上がろうとしたものの、体はまるで石になったように動かない。

 声を出そうとしても喉が張り付いたようでかすれた呼吸音しか出ない。

 どんどんパニックになっていく僕を尻目に、依子はすやすやと穏やかな寝息を立てている。起きる気配は微塵もない。

 その内、男はしゃがみこみ、依子の顔をじいっと覗き込み始めた。

 この時になって初めて、男の被っているものがサンコ様の像にそっくりなことに気が付いた。

 ひとしきり依子の顔を眺めた後、男はゆっくりとこちらを振り向く。


 目が合う。

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