夏のお持ち帰り

そうざ

Take Away in the Summer

めた方が良いよ」

 皆が今年の夏休みもまた肝試しをやろうと盛り上がっている最中、僕は真剣に忠告した。何度も理由を説明したが、嘘き呼ばわりされて終わった。

 一年前は僕も同じようにはしゃいでいた。あんな事になるなんて、考えもしなかった。

 無駄を承知で、どうしてもやりたいのならば冬休みの方が良い、と助言したが、もう聞く耳さえ持って貰えなかった。


 ピシャリ――。

 僕は、共同墓地の片隅で身をこごめ、集って来る蚊と格闘しながら、付け焼刃のお経を唱えていた。

 遠くでまた悲鳴が上がった。皆、高校最後の夏を謳歌している。

 各人がそれぞれにおどかす手段を考えて各所に潜伏し、一人ずつ墓地内を一周して帰って来るという他愛のない肝試しだが、親達も夏休み期間中は夜の外出に寛容になるので、その解放感も手伝って必要以上に盛り上がる。去年の僕もそうだった。

 あれだけ反対しながらも僕がここに来たのは、二つの理由からだ。一つは皆の安否が心配だったからだが、もう一つは、同じ肝試しの夜ならば去年を墓地に戻せるかも知れない、という淡い期待からだった。


 この一年、僕は何人かの霊能者を名乗る人物に助けを求めた。しかし、そんな霊はあり得ない、あり得ないものは祓えない、精神科で診て貰った方が良いと片付けられ、途方に暮れる以外、僕には何も出来なかった。

 ところが、夏が遠ざかるとは自然に消え失せた。成仏してくれたのかと胸を撫で下ろし、もうすっかり忘れていた。災害が忘れた頃にやって来るように、はまた姿を現した。消えた訳ではなかった。鳴りを潜めていただけだったのだ。


 いつの間にか悲鳴が笑い声に変わっている。肝試しはそろそろ終了おひらきらしい。それでも僕は蚊を叩きながらお経を繰り返した。 


 ピシャリ――。

 新学期の初日、教室中の目が一斉に僕に向いた。教室の片隅に、自分の頬を思い切り引っ叩いている奴が居るのだから、無理もない。

 夏休みを振り返って盛り上がる皆を余所よそに、僕は今年も新たに持ち帰ってしまった何匹もの蚊の霊と格闘し続けた。

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夏のお持ち帰り そうざ @so-za

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