一章 王女の婚約と忍び寄る陰謀 5/10
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テオが城内で働く者たちから話を聞き終えて部屋に戻った頃には、すっかり夜になっていた。
改めて失踪した六人の人となりについて尋ねると、分かることも多い。
最初の一週間で失踪した侍従一人と女官二人。
真面目な勤務態度を評価されていたが、同僚との交流はほとんど持たないタイプだった。無口で、挨拶も会釈が精一杯。世間話に加わることもなく、ルームメイトであっても彼らがどんな人物だったのか話せる者がいなかった。
だが夏季休暇明けからは、急に周囲と話をするようになったそうだ。笑顔が毎回ぎこちないため、多少の無理はしていた様子だが、よい変化として周囲は受け入れた。
侍従長は当初「家に戻ったのだろう」と騒がないように指示していたが、彼らが外に出た形跡がなく、誰もが「何かがおかしい」と感じていた。
四番目に失踪した使用人。
元は南棟を清掃していたが、西棟の清掃も兼任していた。西棟の清掃員が一人、怪我で入院したためだ。三人目が失踪した週の翌週のことだった。
体力があり仕事熱心で、周囲との関係も良好。怪我をした同僚を心配して、他の使用人を説得してでも西棟での清掃を引き受け違っていたらしい。
五番目に失踪した侍従、第二王女にとっては爺やだ。
彼は他の侍従よりも早い時間から西棟の見回りを開始し、女官と偶然鉢合わせした。彼は「もう遅い時間だから、早く部屋に戻りなさい」と言って女官を部屋に帰し、それが最後に目撃された姿となっている。
大変几帳面で、紅茶好き。第二王女を孫のように可愛がっていて、彼女の婚約が決まった時は複雑な笑顔だったそうだ。
最後に失踪したのは近衛兵。
彼は庭園を巡回していたが「西棟から異音がする」と言って見に行った。失踪が連続していたことから他の近衛兵も西棟を警戒しており、彼に同行しようと申し出た者は複数いた。
彼は「何もないかもしれないから一人で見に行く。五分後に追いかけてきてほしい」と言い残して一人で見に行き、二度と戻ってこなかった。
だが肝心の異音を聞き取った者は他にいない。
「……人が変わったような侍従と女官。西棟での清掃を引き受けたがった使用人。他の侍従より早く巡回を始めた爺や。そして、西棟の異音を一人だけ聞いた近衛兵、か」
テオは最初に失踪した三人に注目した。
立て続けに被害者が出た事件では、最初の被害者にヒントがある。まだ事件性を示す証拠は見つかっていないが、奇妙な失踪が続いているのだ、あながち間違ってはいない。
最初に失踪した女官と親しくしていたという女官は、心配そうな顔で話してくれた。
休憩中に庭の花園で出会ったのを機に友人となった二人は、時折庭で会っては昼食をともにしていたらしい。
「……人見知りで、お喋りもあまり得意ではないみたいだったんですけど、綺麗な花を見つけると、花の名前と花言葉を教えてくれたんです。私の実家はナデシコをたくさん植えていると話した時は、『無邪気なあなたにぴったり』と笑ってくれて、すごく嬉しくて」
女官は寂しそうに笑って、そう語った。
「でも、夏季休暇が明けるとなんだか少し、笑顔が怖く感じてしまったんです。それに昼食に誘うと、やけによそよそしいんです。それで何かがおかしいと思って、私が『もうすぐ庭のコスモスが見頃なの』と言うと、彼女は『秋だものね』と、それだけ言ったんです。いつもなら、きっと花言葉を教えてくれたはずなのに」
女官はきつく両手を握り締めていた。
「それに、彼女には庭の写真を見せたことがあったんです。彼女は、うちにはコスモスなんてないって、知ってるはずなのに……」
「……中身が別人のようだと感じましたか?」
「そうです。……きっと何かあったんだと思ったんですが、こちらから何を聞いても曖昧にごまかされるばかりで。そうしているうちに、彼女はいなくなってしまいました」
テオは手帳にメモしてから尋ねた。
「同期が失踪して以来、とてもよく頑張っているそうですね。ご友人のためですか?」
「それは……こういうことを言うと、その、いけないかもしれないのですが」
女官は周りに人がいないことを確かめると、声を潜めて答えた。
「……六番目に失踪した近衛兵が、私の同期の悪口を言っていたのを聞いたんです。『使えない』とか『役立たず』とか、『尻拭いが必要だ』とか……とにかく、酷いことを」
「誰と話していたか分かりますか?」
「たぶん女官だと思うのですが、柱の陰で相手はよく見えませんでした。近衛兵が侍従や女官の仕事ぶりを見る機会なんてないと思うのですが、そういう風に言われるのはとても心外で……いなくなった三人の分まで頑張りたかったんです。その、失敗ばかりですけど」
彼女は酷く落ち込んだ様子でそう言った。
テオは手帳のメモを見直した。
最初に失踪した女官が、何者かが化けた別人だった場合はありえるだろうか。
休暇を挟んだだけで記憶喪失にでもなったのかと疑うほどに人が変わった。中身が違うからこそ、休暇明けの様子がおかしかったのではないだろうか。
魔術による擬態では、屋内の魔導抑制機によって解除されてしまう。背格好の近い人物が変装して入れ替わった可能性も考慮する必要があるかもしれない。
そして、近衛兵が言っていたという「役立たず」「尻拭いが必要」という言葉。
最初に失踪した三人は、一日二日のクールタイムをおいて立て続けに姿を消した。一人目が姿を消した時点で警戒して避けてもよかったはずなのに、同じ時間、同じ場所の監視カメラに映り、失踪しているのだ。
つまり彼らには、何かがあると分かっていながら向かわなければいけない事情があった。だが三人とも失敗してしまい、事情を知っている近衛兵は「役立たず」と評価して「尻拭いが必要」と仲間に相談していたのではないか。
彼らには何か計画があったと仮定して見てみると、四人目も気になる。
三人目が失踪した翌日、西棟の清掃員が窓拭き中にハシゴの破損により転倒、入院となった。木製のハシゴで、細工すれば意図的に負傷させることもできなくはない。
そして四人目は、他の使用人を押し退けてでも西棟を清掃したがっていた。
(……となると五人目の侍従が少し浮くか? いやでも第二王女に一番近い立場の彼が必要だった可能性も……)
テオは侍従長から聞き出した第二王女の婚約について振り返った。
二か月前、城の従業員は夏季休暇を得た。城から人がいなくなる休暇の初日に、王族一同や侍従長、女官長、そして要人警護の責任者に任命されていたコルモロン中将に対して、第二王女の婚約決定が共有された。他の侍従や女官、報道関係者に報告されたのは二週間前だ。
夏季休暇を境に新人たちの様子が変わった。その時期に第二王女の婚約が知らされている。偶然だろうか。
(……いや、第二王女の婚約がトリガーだとしたら、なんで第二王女本人ではなく周りの人間が消えてるんだって話だが……)
テオは顔をしかめてソファーにもたれた。
この失踪がたとえアマルガムによるものだとしても変わらず、事件の背後には犯人がいる。
六人が姿を消すことで得をする人間がいたはずなのだ。
例えば口封じ。彼らは何か不都合なことを知ってしまったために消された。
例えば監禁。六人の何かが犯人の琴線に触れてしまい、誰も知らない場所に隠された。
例えば殺害。周囲の人間は気付かないような愛憎関係があり、その果てに殺された。
どれもあまり現実味はない。失踪した六人は立場も性別も年齢もバラバラで、西棟で姿を消したことだけが最大にして唯一の共通点だ。
(……あるいは、城の奴らが全員グルで、失踪事件に見せかけている、とか……?)
テオが思い出したのは、女官長から聞いた城からの抜け出し方だった。
城から脱出するためには、協力者が必要だ。
今回の失踪も、どこかで近衛兵や侍従が協力しなければ、誰にも見られずに姿を消すことなんてできないはず。
だが、証拠がない。
テオはしばらく唸っていたが、扉を叩かれて顔を上げた。返事をすると、女官長がトビアスとエマを連れてくる。
「おお。お疲れさん」
「お疲れ様。いい話は聞けた?」
「まぁまぁだな」
簡単に互いを労っていると、女官長が静かに言った。
「お疲れでございましょう。すぐにお食事をお持ちいたします」
「何から何まで、ありがとうございます」
朝からゼリー飲料で済ませていたことを思い出し、テオは素直に気遣いを受け取った。女官長が退室するのを待って、テオたちはホワイトボードを囲んで情報を共有し合う。
テオが聞き込みで分かったことを伝えると、エマとトビアスの表情が曇った。
「最初にいなくなった三人ね、私たちも気になるのよ」
「三人とも、住んでる場所も育ちも、家族構成も違う。城に来る前は面識なし。だが全員、夏季休暇を機に帰省した際、『高校の同窓会があるから』と出かけていき、帰宅してから様子が変だったそうだ」
「でも変なのよ。連絡の取れた同級生たちに聞いても『同窓会なんてやってない』って言うし、その日会場になったはずの店に連絡しても『そんな予定は入っていない』って証言したの」
明らかに妙な話だった。テオも眉をひそめる。
「同窓会の知らせっていうのは、家に届いたのか? それとも城に?」
「家族は同窓会のことを知らなかったから、お城に届いたみたい。郵便物のやり取りに制限はないそうだから」
エマが眉を下げて答えた。
普通、離れたところで暮らす三人全員が同じ日に同窓会が行われると知ったら、さすがに違和感を覚えるだろう。だが彼らは他人との交流が少なく、事実が明らかになることはなかった。
つまり同窓会と称して三人を誘い出した人物は、三人がどんな性格をしているか知っている。おそらく彼らと近しい人物のはずだ。
「……最初に失踪した女官の友人が、休暇明けの彼女について気になることを言っていた。休暇の前後で人が変わったような印象を受けたんだが、休暇中の様子はどうだった?」
テオが尋ねると、トビアスが手帳をめくった。
「家族の話だと『同窓会から戻ってきたら、急に無口になって、まるで他人みたいになった』そうだ。緊張すると言葉も表情もなくなってしまうのは昔からで、知らない相手だと顕著みたいでね。でも家族相手にはそうじゃなかった」
「ご家族が口を揃えて言うのよ。『笑顔がぎこちなくて不気味だった』って」
エマも険しい表情を浮かべた。
「家族関係は良好で、笑顔で撮影した写真もたくさんあった。でも『不気味』って言葉が出てくるぐらいには不自然な笑顔だったそうなの。同窓会と称して誘い出された先で、相当なことが起こってるわね」
「……まずいな。他の三人についてはどうだ?」
「対照的に、こちらはさっぱりだね」
テオの質問に、トビアスは肩を竦めた。
「使用人と近衛兵については、家族からの指摘なし。本人の行動の裏も取れてる。ただ、爺やさんは不明だ。彼だけ高齢で一人暮らしなのもあって、休暇中の行動を聞く相手がいない」
「爺やさん、アパートを借りているんだけど、最低限の物しかなくて寒々しい感じの家だったわ。何年も住み込みで働いているし、仕方のないことかもしれないけど」
二人の話を聞きながら、テオは侍従の欄を開いた。彼について多くの人が語ってくれたが、彼のプライベートに踏み込んだ情報はない。紅茶好きである点ぐらいか。
そこへ、扉を叩く音とともに「失礼します」とイレブンが声をかけた。彼女は扉を開け、皿でいっぱいのワゴンを押して入ってくる。
「お疲れ様です。お食事をお持ちしました」
「悪いな、イレブン。王女の方は?」
「女官長が見ています。三人に確認してもらいたいことがあって」
話は食べながらにしようと、ローテーブルに皿を並べた。温かいスープとコテージパイ、具材が溶けそうなほど煮込まれたシチューといった料理が並ぶ。パンと紅茶と一緒にありがたくちょうだいしていると、イレブンが女官制服のポケットから紙を二枚取り出した。
「殿下から、筆跡鑑定の依頼です」
「へえ? 警察に頼まなかったのか」
対照的な二枚だった。片方は爺やから届いた、年明けの挨拶を伝えるカード。もう片方は差出人不明の、婚約を破棄するよう迫る脅迫状だ。
筆跡の丁寧さ、インクの色合い、違いはあれど文字の端々にある癖は一致している。
「騒ぎになることを避けたい、とご希望です」
「脅迫状が届いた時期は?」
「夏季休暇の初日の朝です。殿下が侍従に婚約について話したのは、その一週間前とのことでした」
「となると、侍従が脅されて、って線は消えるな。侍従からの脅迫か……確かにこんなことが知られたら大騒動にもなる。そりゃ今まで隠すわけだ」
テオがトビアスとエマにも紙を見せると、二人も顔をしかめた。
「……言い逃れできないね。筆跡がそっくりだ」
「王女様はさすが冷静だわ。……でも、爺やさんが婚約を阻止する動機って何かしらね」
「本当に脅迫していたとしたら、その脅迫側が先に消えてるわけだしな」
食事の供には少し物騒な話を続けていると、グリーティングカードを見ていたエマが言った。
「この住所……山の別荘地だわ」
「そうなのかい? あまり聞かないけど」
「昔は貴族たちが別荘を持っていた避暑地だったんですって。叔母に聞いたことがあるわ。今は別荘人気がなくなって、宿泊施設になっているそうだけど」
エマから身内の話を聞くのは珍しかった。テオも口を挟む。
「叔母さんもそこに別荘を持ってるのか?」
「地元民よ。この街でブリーダーしてるの。子供の頃は叔母の家でお世話になったから、地名には覚えがあるのよね。……でも住み込みで働く侍従さんが、家の他に別荘を持つかしら」
「……確かにな。住所、どこだって?」
エマから住所を聞きながら、テオは地図に書き込んだ。侍従の別荘と、様子がおかしいと報告されていた新人たちの実家、全部で四か所が示される。
三人の実家から侍従の別荘まで、ほぼ同じ距離だった。
「……車で一時間ほどの距離だな」
「同窓会と称して呼び出された場所って、ここかしら」
「本人たちは別荘で監禁され、何者かが入れ替わったってことかな。顔はマスクか、整形でごまかしていたせいで、表情の変化がぎこちなかったのかも」
「交友関係を知らなかったから、家族や友人からは不気味がられる失態を演じたってわけだ」
別荘に監禁されていたとしたら、救助が必要だ。
急いで食事を済ませ、三人して立ち上がった。
「トビアスとエマは、別荘の調査を頼む。俺は侍従の部屋を。イレブンは引き続き王女を頼む。あと悪い、片付けも」
「ごめんねイレブン、美味しかったって伝えてちょうだい」
「了解しました。お気を付けて」
「ありがとう、頼んだよ」
イレブンがワゴンに皿を戻すのを横目に、テオたちは慌ただしく動き出した。
現場は不明で証拠も未発見となると、頼りになるのは失踪した六人についての情報だけだ。真相解明に必要な第一歩となるであろう捜査に、誰もが緊張していた。
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