宮廷道化師

 ギルドに戻り、報酬を受け取ってから宿に泊まった。


 夜中にクララちゃんがやって来る……なんて美味しい展開があったりするわけもなく、何事もない夜が明けた。


「今日は、買い物に行こう」


 開口一番、こんなことを言う雄峰だったが俺も源三郎も特に異論は無い。金も稼げたし、これからこの世界でやっていく上で欲しいものが色々とあった。着替えとか。


「良いぜぇ。俺も武器や防具を整えたかったんだぁ」


 それが最初に来るって、どんだけ脳筋なんだよ……いや、ゲーム脳か。実際、ゲームで考えれば最初に装備を整えるのは間違ってないんだけどな。


「ちゃんと日用品も買えよ? 昨日歯ブラシを求めてさまよってただろ」


「そういえばそうだったぁ!」


 大丈夫かな……?


 町の中央通りに行くと、多くの商店が立ち並び、買い物客が行き交う光景が見られた。その服装はいかにもファンタジー世界といった様子だ。当然のことながら、俺は今日も目立っていた。


――ピエロだ!


 それはもういいから。


「それじゃあ、各々好きに買い物をして昼になったらあそこの店に集まろう。ちょっと話がある」


 雄峰が指し示したのは、貴族が利用してそうなお洒落なカフェテリア形式の食堂だった。ファンタジー世界にもあるんだなってか男三人でとか場違いすぎる。


「ぎぃやぁぁぁあ!」


 突然、聞き苦しい悲鳴が聞こえてきた。いつの間にか武器を物色しに行った源三郎が、つまずいて商品を盛大にぶちまけたのだ。


 うーん、巻き込まれたくないから反対側に行こう。


 俺と雄峰は無視して自分の買い物に向かった。


「いらっしゃい、ピエロさん!」


 まずは着替えだ。こんな一目でピエロと分かる服装でずっと過ごしてられるか!


「服が欲しいんだけど」


「服ですね、ちょうど良かった!」


 愛想のいい店員は、ニコニコ笑顔で相手してくれる。


「お客さんにぴったりの服があるんですよ、はい『高級道化師服』!」


「却下」


 今の服と変わらないじゃねーか! いや微妙に縞の色とか違ってるけどそうじゃなくて!


「四六時中この格好でいられないから、普通の服が欲しいんだけど」


「いやー、そうは言ってもお客さんが装備できるのはこれしか」


 装備ってなんだよ!? 普通の服は無いのか普通の服は!


「……装備扱いじゃない普段着とか売ってないの?」


「下着ぐらいですねー。外に着る服はジョブで制限されますから。なんか神様の祝福の影響らしいですよ?」


 それは祝福じゃない、呪いだ。


 どんな奴か知らんがこのルールを決めた神は絶対に許さないと固く心に誓ったのだった。


「じゃあ下着と、その高級なんたらは防御力とか高いの?」


 あくまで防具として扱おう。そう、これは鎧なんだ。断じて服ではないんだ。


「ええ、耐火性と防寒性に優れた丈夫な服ですよ!」


 高級というだけあって性能は良いらしい。所持金で買えるといいんだが……。


 ちなみに今の俺の所持金は950リゲルだ。そのうち大道芸のチップが900リゲルでクエスト二回の分が50リゲル。チップ多いな?


「はい、合わせて23リゲルになります」


 安っ!? どこが高級なんだよ!


「えっ、高級なのにそんなに安いの?」


「やだなあ、通常の服の相場が10リゲルなんだから、十分高級でしょう?」


 どうやら1リゲルで1000円ぐらいの価値になるようだ。それでも高級とは程遠いと思うけど……ってことは、俺はジャグリングで900かける3の2700かける1000の……270万円稼いだってこと?


 ピエロすげー!


「ふぅ、酷い目に遭ったぜぇ」


 昼。場違いな三人組がお洒落な食事(2リゲル)をしていた。


「それで、良い武器は見つかったのか?」


 あの惨状には触れず、何を買ったのか聞いてみる。


「おう、攻撃力が5も上がったぜぇ」


 攻撃力とか分かるのかよ? と思い冒険者カードを見たら書いてあった。36という数字が高いのかはわからないが、俺の24の1.5倍だから多分強いんだろう。俺が弱いだけとか言ってはいけない。


 しかし、なんでも数字で表されるのは便利でもあり、恐ろしくもあるな。雄峰や源三郎と比べると、明らかに俺のステータスは低いことが分かってしまう。


「カリスマが高いじゃないか」


「何の役に立つんだよ?」


「そんなことより、話があるんじゃねぇのかぁ?」


 そうだ、雄峰が話があるって言うからこんなお洒落空間に集まってるんだった。


「ああ、結論から言うと、私達は危険な状況だ」


 結論すぎてなんだかわからん。


「まず、買い物をしてここの通貨の価値を理解したかな? 1リゲルが大体1000円ぐらいの価値みたいだ」


 うん、それはわかった。


「そして、ピエロに掛けられた懸賞金の額は100万リゲル。つまり10億円だ」


 えっ……思わず源三郎の顔を見ると、驚愕に見開いた目の奥に欲望の光が見えた。


「実は昨日、ギルドの書庫で各クラスの習得スキルを調べてみた。その中で宮廷道化師だけが覚えるスキルは一つだけだった」


「へー、ならそのスキルを各国の王様が求めてるのか。どんな凄いスキルだ? 究極の宴会芸とか言われたら真面目に転職の方法を探すぞ」


 かなり真剣な目で言う俺に、笑って答える雄峰。


「究極の宴会芸か、あながち間違ってないな。そのスキル名は『異界の歓待』。天使や悪魔と契約を結ぶ時に求められる対価を、芸で笑わせることでチャラに出来るスキルだ」


「悪魔との契約って、生贄とか魂とかかぁ?」


「そういうことだ。宮廷道化師がいれば、天使に奇跡を願うことも、悪魔に世界の破滅を願うことも、対価なく出来る。笑わせればね」


 ガチでやべースキルだった!


「笑わせられなかったら?」


 代わりに命を取られたりするなら、ハイリスクハイリターンの極みだな。


「そこは普通に対価を求められる。支払えなければ契約不成立だ。リスクを考えれば天使との契約を目指すのが王道と言えるね」


 なるほど、天使なら失敗しても帰っていくだけだろうな。


「だが、権力者が望むものは古今東西いつも一つ。不老不死だ。それは悪魔との契約でしか実現できない」


 そういうことか……だんだん事態が飲み込めてきたぞ。


「そしてピエロがいなくなったのも、このスキルが原因なようだ。悪魔との契約に失敗した者、契約を阻止された・・・・・者……権力者による奪い合いの最中に死亡した者もいる。最終的に当時の英雄王が世界の混乱を防ぐため、ピエロギルドを閉鎖して転職を禁止したんだ」


「じゃあ俺は、世界に混乱を巻き起こす原因になるってことか……」


「分かっているじゃないか」


 俺達が話す後ろから、低いくぐもった声が聞こえてきた。


 振り返ると、全身鎧に身を包んだ(おそらく)男が立っていた。


 これは、まさか、あの!


「ナイト!!」


 キャラメイクの言葉がリフレインする。


「イケメンのためのジョブなので」


 つまりこいつは顔が見えないがイケメン!


 そう、俺の敵だ!

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