市山源三郎
市山源三郎は、比較的裕福な家の生まれだった。生まれてから一度も衣食住に困った事は無い。そんな彼が盗みを働くようになったのは、もちろん金目当てなどではなかった。
初めて物を盗んだのは13歳の時。相手は同級生。盗んだ物は――
人形だった。
源三郎は中学生だった。その日、同級生の女の子が校舎の裏で泣いているのを偶然発見した源三郎は事情を聞く。別の同級生に大切な人形を盗まれたという。その人形は前年に亡くなった彼女の祖父がプレゼントしてくれたものだった。
よくある話だ。中学生にもなって人形を大切にしている彼女から、軽い気持ちで盗んだ同級生の少女も、もちろんいじめっ子なんかではない。事の重大さを知らないだけだ。だがこうなってしまうと素直に仲直り出来ないのが人間関係の難しいところである。
「わかった。俺が何とかしてやる」
そう言ってはみたものの、どうすればいいか分からない源三郎。とりあえず相手の同級生に話をしてみた。
「うっせ、死ね変態」
なぜ中学生女子は男子を罵倒する時に変態という言葉を使うのだろうか? 相手にもされなかった源三郎は、人形を盗み返すことにした。
源三郎は小さい頃から漫画やアニメ等で怪盗が活躍する作品に触れ、憧れていた。意地の悪い女から、少女の大切な祖父の形見を盗み返す。気分は大怪盗である。
幸か不幸か、源三郎には泥棒としての才能があった。見事同級生の家に忍び込み、目的の物を盗み出した彼は強い高揚感に包まれたのだった。
直接手渡すのも憚られるので、持ち主の家にも忍び込み、人形を置いて帰った。それから彼は盗みの技術を磨くことに人生を捧げてしまう。
だが、彼のそんな技術を有効活用する場などそうそうあるものではなく、満たされない気持ちを抱えながら生きていた源三郎は、テレビで見たあるニュースに怒りを覚えた。
――脱税。
しかもその脱税犯達は「脱税ではなく節税だ」などと強弁し、無罪を主張している。いつもは執拗に犯罪者を責め立てるマスコミ達も、何故か追及しない。
「こいつら、みんなグルになってる悪党かぁ。これは何とかしないとなぁ」
源三郎は現代のねずみ小僧になろうと決心した。実に単純な男である。
そうして源三郎は大企業の重役等を狙い、留守宅への侵入盗を繰り返した。大金を盗むことはほぼ出来なかったが、盗んだ金品は施設やホームレス等に大雑把にばら撒いた。あまり頭の良くない源三郎は盗むことには長けていたが、計画性は皆無であった。
金持ちばかりを狙う源三郎は、ニュースにならないように秘密裏に警察から追われることとなる。源三郎が何を思って泥棒を繰り返しているのか、その被害者達にははっきりと解っているので警察にも口止めしていたのだ。泥棒の被害より、この事実が世間に知られる方がダメージが大きいという判断である。
そして、警察の執拗な追跡によって高所から足を滑らせ転落死した源三郎は、不法侵入者の死亡事件とだけ伝えられその行いが世に知られることは無かったのだった。
◇◆◇
「なるほどなぁ。それで泥棒を繰り返してたのか」
秦広王の力で源三郎の生い立ちを知った俺達。犯罪者なのは間違いないけど、意外と悪い奴じゃなかったのか。でも悪に立ち向かうって言って犯罪に走るのは結局クズだよな。
「黒歴史を暴くのは止めてくれぇ!」
恥ずかしがる源三郎。それに雄峰が慰めるように声を掛けた。
「まあまあ、そんなに恥ずかしがるような内容じゃないじゃないか」
「では次はお前だ、大山雄峰」
秦広王が雄峰に手を向ける。あれ、それって偽名じゃなかったっけ?
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