叫喚地獄その3

「ヨミちゃんは颯太のこと心配してずっと見ててくれたんだぞぉ」


 源三郎がニタニタ笑いながら教えてくれる。えっマジで!? なんていい子なんだ、地獄に仏とはこのことか!


「ありがとう、俺のこと見ててくれたんだ? 酔いつぶれちゃってごめんね」


 ヨミちゃんにお礼と謝罪を伝えると、彼女は笑顔で首を振った。


「ううん、気にしないで。昨日はとても素敵な夜だったわ……ふふ、颯太君は憶えてないでしょうけれど」


 何やらうっとりとした目で空というか、天井を見上げた後に俺の方を向いて悪戯っぽく笑う彼女。


「……え?」


 え、何ですかこの状況?


 一体何があったんですか?


 もしかして俺、大人の階段上っちゃった?


「ななな、何が、一体、昨日」


 動揺して文章にもならない単語を発し、何があったか知ってそうな雄峰に尋ねる。


「……酒に酔って記憶をなくすと皆そういう不安に駆られるものだよ」


 曖昧な笑みを浮かべて言葉を濁す詐欺師。一体何があったんだ!? うわあああ、気になるううう!


「俺も昨日は潰れて覚えてないぞぉ」


 源三郎に顔を向けたらこの言葉だ。くっそおおお!


「私はこの地獄に残りますが、皆さんの手伝いをしますよ!」


 少し経って落ち着いた頃、ヨミちゃんが手伝いを申し出た。俺達が天国を目指していることは昨日聞いたそうだ。一緒に天国へ……とは行かないか、残念。でも、手伝ってくれるのは心強いな。


 彼女はこの地獄の獄卒について教えてくれた。


「ここの獄卒は基本的に大叫喚地獄にいるものと同じです。ただ、こちらはあまり仕事熱心ではないようで、決まった時間に同じルートで地獄を見回る以外は自分の持ち場から動かないんです」


 だから歓迎会とか出来るんですけどね、と言ってウィンクする。可愛い。


「じゃあ、その見回りの時に同じルートで動けば見つからずに出口まで行けるって寸法だな!」


 これまでに比べるとかなり楽そうだ。もちろん時間とルートが分かってないと無理だけど、ヨミちゃんは完全に把握しているらしい。さすが!


「ヨミちゃんは一緒に天国にいかないのかぁ?」


 見回りの時間を待っている時に、源三郎が改めて尋ねた。


「私は、ここで過ごすことに慣れてしまったんです。リスクを冒して脱走をする気にはなれないわ」


 確かに、ここで責め苦を避けて暮らせるならわざわざ危険なことをする必要はないよな……俺もここに残ろうかなとか一瞬考えたけど、ここまで来て止まれないか。


「そろそろ時間だ。黄泉さん、案内をよろしく」


 雄峰に促され、一同はそろそろと忍び足で獄卒の見回りルートを進んでいく。ヨミちゃんの言う通り、獄卒達は持ち場を離れ見回りを開始しているようで、前方の遠くに背中が見える以外には姿を見かけなかった。


「ここが出口です。あいつらが来る前に、早く!」


 難なく出口に到達し俺達三人は急いで突入した。振り返ると、ヨミちゃんが笑顔で手を振っていた。


「ヨミちゃん! ……ありがとう」


「もしまたここに戻ってきたら、また歓迎会しましょ」


「そうならないといいが、その時はよろしく。本当に助かったよ」


「元気でなぁ!」


 口々に別れの挨拶をし、三人と一人は慌ただしく別れた。本当は物凄く名残惜しいけど、引き留めてヨミちゃんが獄卒に捕まったら大変だ。


「うう、たった一日しか一緒にいなかったのに」


 なんだろう、すごく辛い。死ぬ前も学校の卒業とかで別れは沢山経験してるのに……ああ、可愛いからじゃなく、こんなに俺に優しくしてくれた人は初めてだったから、こんなに涙があふれてくるんだ。俺は本当にろくな人生を歩んでこなかったんだなあ。


「さあ、これで涙を拭いて」


 雄峰がハンカチを渡してきた。ハンカチ持ち歩いてるとかこいつ紳士か!?


「サンキュ。……ところで昨日何があったか知りたいんだけど」


「えっ!? いや、大したことは無いよ。単に酔ってちょーっと見苦しい姿になってただけさ」


 見苦しい姿? まさか、噂に聞く酔っぱらって全裸になるというあの醜態を……うわあああああ!


「気にすんな颯太。そのぐらい誰でも一度は経験するさぁ」


 ノオオオオオオ!!


◇◆◇


 長い髪を振り乱し、恐ろしい鬼女が地獄の一角を歩く。


「……これで良かったのかい? 牛頭鬼」


「貴女の助力に感謝します」


「ククク、アタシはあの子たちを気に入ったよ。地獄から出すのは惜しいねぇ」


「……閻魔王の判断ですよ」


「分かってるよ。だけど、またどこかで会えそうな気がするのさ」


 笑いながら鬼女が叫喚地獄から立ち去るのを、牛の頭を持つ鬼は厳しい顔で見送るのだった。

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