叫喚地獄その2

 暗い室内で眠る亡者達を見下ろすのは恐ろしい形相の鬼。地面に付きそうな長い黒髪を振り乱し、血走った目で彼等を物色する鬼は、そのシルエットから女とわかる。


「さあて、久々に新しい亡者を味わうかねぇ」


「それが君の本当の姿か」


 鬼が独り言を言いながら眠る颯太の頭に手を乗せた時、横から男の声がした。


「……眠らなかったのかい?」


「私は詐欺師だからね。飲んだ振り、酔った振り、眠った振りぐらい簡単に出来るようでなければ人は騙せないのさ」


 椅子に座って足を組み、涼しい顔で語り掛ける雄峰。だが鬼女はそれを見てあざけるように笑った。


「大人しく眠っていれば苦しまずに死ねるものを。苦しみながら食われるのがお望みかい?」


 実際、ただの人間である雄峰にはこの恐ろしい鬼女に対抗する術はない。だが、雄峰は余裕の笑みを浮かべ言葉を続ける。


「そう、それだ。君は見た目からして鬼のようだ。獄卒であるなら新入りを騙して殺すのはいいが、薬で眠らせて起きない内に食い殺しては亡者を苦しめることにならない。獄卒の仕事は亡者に苦しみを与え続けることのはず」


「……何が言いたい?」


「分からない振りかい? 演技の得意な君でも、ここで私を騙すのは無理だよ。君は地獄の獄卒ではない。そして屋外で大っぴらに亡者を食い殺すことの出来る立場でもない。亡者の振りをして獄卒の目を欺き亡者を喰らう、招かれざる客だ。地獄において、亡者同士が殺し合うことは珍しいことでもない。等活地獄では推奨されているほどだ。そしてこの地獄の亡者は酒に薬を入れて人を殺した者達。獄卒も亡者が亡者を騙して殺そうとすることを止めたりはしない。君はそこに目を付けたんだ」


 雄峰の指摘は図星のようで、鬼女は黙ってしまう。


「君は久々に新しい亡者を味わうと言った。それはこの地獄で責め苦を受けている亡者達は概ね君に食われたことがあるという意味でもある。君では地獄のルールを無視することは出来ないようだね? つまり、ここで私を食い殺しても私はまたこの地獄で生き返る。君が亡者の振りをして紛れ込んでいる異邦者だということを忘れることもなく、ね」


 鬼女は雄峰の言いたいことを理解した。要するに、獄卒にバラすぞと脅しているのだ。


「何が望みだい?」


 確かに鬼女はこの地獄において後ろ暗いところのある立場である。だが、正体がバレたところで元の住処に逃げ帰ってしまえば済むのだ。ここで気を抜いてはならないと雄峰は気を引き締め直した。


「私達はここを抜け出して上の地獄に行きたい。君のことは黙っているから、代わりに出口まで行く手伝いをしてくれないか?」


 真剣な顔で要求する雄峰を、鬼女は血走った目で見つめる。


 数秒の沈黙。


 そして、鬼女は口を開いた。


「人間の分際で、この黄泉醜女よもつしこめを脅すとはいい度胸だ。良かろう、その程度なら手を貸してやる」


(黄泉醜女!? イザナギを追ったあの伝説の……)


 予想外の大物に内心動揺したが、ポーカーフェイスで「ありがとう」と返事をした。


「だが、アタシも腹が減ってな。この少年を食ってもいいかい? どうせ生き返るし」


「ああ、構わないよ。どうせ生き返るし。そっちの源三郎もどうだい?」


「あまり美味そうじゃないね。やはり若い男が一番だ」


「なるほど、グルメなんだね。美女に美味しく食べられて颯太も本望だろう」


 悩むことなく仲間を生贄にする雄峰だった。


◇◆◇


 目が覚めると、雄峰と源三郎、そしてなんとヨミちゃんが俺の顔を覗き込んでいた。目覚めに可愛い女の子を見られるなんて、俺はなんて幸せなんだ!


「おはよう、颯太くん」


 笑顔で声をかけてくれるヨミちゃん。うおおおお、テンション上がるううう!


「どうやら元気なようだね」


 何となく微妙な表情で声をかけてくる雄峰。珍しい表情だな、何かあったのかな?


 まあ何はともあれ、頑張って天国を目指すぞ!

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