叫喚地獄その1

 叫喚きょうかん地獄は、酒に飲まれた悪党が落ちる地獄だ。酒は飲んでも飲まれるな!


 実際のところ、酒を悪事に利用したことがこの地獄に落ちる条件なので酒浸りのおっさんが落ちる地獄というわけではないらしい。雄峰はこういった知識も豊富で、詳しく解説してくれた。


「具体的には、酒に毒を入れて人を殺したりした人間が落ちるので、地獄の中では女性比率のかなり高い場所だ。そんな女の亡者が獄卒に泣き叫んで許しを乞う様子が至る所で見られることから叫喚地獄と呼ばれている。大叫喚地獄は叫喚地獄と同じような罰を、より苛烈に行うことから名付けられたんだ」


 へー……と感心したが雄峰は詐欺師だ。もっともらしく嘘をついているのかもしれない。ここは冷静に真実を確かめなくては。


「UFOは平気な顔で嘘つくからな。本当かどうか、女の亡者を探そうぜ!」


「おぅ、そのだらしなく緩んだ顔を引き締めてからなぁ」


 ななな、なにを言ってるんだ俺が女の子がいると聞いて居ても立っても居られないとかそんなことある訳ないだろあくまで雄峰が言ってることの真偽を確かめるためにだな。


「……この上の地獄はもっと危険だろうね、颯太にとっては」


 雄峰がこめかみに手を当てて言う。それは一体どういう意味だ?


 そんな話をしているうちに叫喚地獄に入っていたようで、あちこちから叫び声が聞こえてきた。


「へへへ、兄さん達は新入りかい?」


 声をかけてきたのは女の子ではなく、小汚いおっさんだった。本当にこんなのばっかりだな、たまには可愛い女の子が声をかけて来てくれよ。


「なんだこいつ」


「殺そうぜぇ」


「まあまあ、いきなり喧嘩腰は良くないよ。話を聞いてみよう」


 だいぶ心が荒んできた俺達を雄峰がたしなめ、おっさんの話を聞いた。でもこうやって声をかけてきた奴はどいつも俺を騙すか利用しようとしてる奴だったからなあ。源三郎とか雄峰とか。


「へっへっへ、新入りが来たら歓迎会をするのがここの決まりなんだ。可愛い女の子が沢山いるよ」


 おいおい、そんなのどう考えても罠に決まってるだろ。可愛い女の子とかそんな魅力的なものが何の裏もなくいるわけない。ここは地獄なんだぞ!


「それでどこに行けばいいんだ!?」


 この上もなく真剣な顔で追及する。何か思っていたのと違う言葉が口から出たような気がするがきっと気のせい。


「まんまと釣られてるじゃねぇか」


「……まあ、ここは彼について行こう。虎穴に入らずんば虎児を得ずって言うしね」


 コ、コケツに何? よく分からないけど雄峰もこう言ってるし、行くしかないな!


 俺は呆れた様子の源三郎と何やら考えている雄峰を引き連れて、おっさんの後についていった。


「いらっしゃいませー!」


 久しぶりに聞く、鈴を転がすような高い声。平等王も女性だったけど落ち着いた声だったからね。


 そこは不思議な空間だった。外からは相変わらず亡者達の悲鳴や泣き声が聞こえてくるのに、地獄の一角に建てられたボロ屋の中には沢山の笑顔と美味しそうな料理、そして様々なお酒が並んでいる。


「こんな場所を作って獄卒は何も言わないんですか?」


 雄峰が迎え入れてくれた女の子に質問する。さすがに冷静だ、この子が一番可愛い。ああ可愛い。


「あんまり見つめるな颯太ぁ、女の子に穴が開いちゃうぞぉ」


 そう言ってくる源三郎の声もうわずっている。地獄の一角に作り出された天国を目の当たりにして、明らかにウキウキしているのが分かる。


「うふふ、地獄の沙汰もなんとやらですよ。獄卒長に上手く取り入ってこの場を見逃して貰ってるんです」


 女の子が答える。凄い! なんてやり手なんだ、やっぱり美人は違うな!


「ふぅ……ん、そうか。じゃあせっかくだからご厚意に甘えましょう」


 雄峰がそう言うと、笑顔の女の子達が俺達を席に連れていく。ああ、おっぱいが腕に!


「ところで颯太は未成年じゃないのかぁ?」


「もう死んでるのに野暮なこと言うなよ」


「それもそうかぁ」


 他の亡者達と共に席に着く三人。最初に相手してくれた、一番可愛い子が挨拶を始めた。


「はーい、みんな注目! 本日この叫喚地獄に、新しい仲間が三人も増えました!」


 女の子の名前はヨミちゃんと言うらしい。長い艶やかな黒髪、端正な顔立ち。少々大きめの胸を持つ子だ。とにかく可愛い。


黄泉よみ……ね」


 雄峰がニヤリと笑う。冷静を装ってるけど見惚れてるな? ムッツリスケベかこの野郎!


◇◆◇


 一刻後、ボロ屋には酔いつぶれて眠る亡者達の姿があった。


「ククク……」


 静かな室内に、地の底から湧き出すような恐ろしい笑い声が響く。

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