大叫喚地獄その3
釜の中の煮えたぎる液体は、見た目より遥かに低い温度だった。低い温度で沸騰する何かなのだろう。大体60℃ぐらいだろうか?
即死するほどではないが人体が耐えられる温度でもない。投げ込まれたらしばらく苦しんで死ぬのだ。本当にこの地獄という場所を作った奴は性格が悪いと思う。
同じように投げ入れられた亡者達が苦しんで暴れる。やめろ、熱いのがかかるだろ!
どれぐらいの時間だろうか? 熱い、苦しいと思っているうちに意識が無くなり、目が覚めたらまたカラスの群れがいる場所に横たわっていた。ちゃんと割り振られた場所で復活するんだな、セーブポイントかな?
「目が覚めたかい?」
雄峰が声をかけてきた。目覚めの挨拶は美少女にお願いしたいんだけど。
「さっき言ってた良いことってのは何だぁ?」
源三郎が笑顔で聞いてくる。そうだ、あの獄卒をやり過ごす方法を考えたんだった。
「ああ、あのデカブツをどうにかする方法だよ。あいつらデカ過ぎるからね、あそこの細い通路を利用すれば一時的に足を止められる」
あいつらは亡者を苦しめて楽しんでる。だからうまく誘導してやれば動きをコントロールできるはず!
「あそことあそこに、ちょうどいいでっぱりがあるだろ? 通路から顔を出しておびき寄せ、あの陰に隠れて矢を防ぐ。奴等がそっちに気を取られてる間に他の奴が先に進む。交互にやれば向こう側にある上り口に辿り着けるんじゃないかな」
叫喚地獄に行くための階段はわかりやすく釜の向こう側にあった。さっき釜に投げ入れられた時にしっかりと確認している。俺だってただ黙ってやられてばかりではないのだ。
「悪くないね。じゃあルートと合図を決めよう」
雄峰がテキパキと実際の作戦を組み立てていく。さすが詐欺師なだけあって頭の回転が速く、俺と源三郎は彼の説明をただうんうんと頷いているだけだった。
「よーし、やるぞぉ!」
気合十分に源三郎が走り出した。やる気満々なのはいいけど、持ち場につくまでは静かにしてくれ。
俺と源三郎はそれぞれ別の場所で獄卒を引き付ける挑発役。雄峰は全体を見て指示を出す監視役だ。挑発役の方が危険だが、監視役の方が責任重大。この配役以外考えられなかった。
「やっほー!」
通路の端から顔を出し、獄卒に向かって手を振る。こっちに視線が集中し、一斉に弓に矢をつがえたのを確認してダッシュででっぱりの陰に隠れた。
「おらー、出てこいや!」
獄卒が楽しそうに叫びながら放った矢が目の前を飛んでいく。怖えー。あいつらにとってはこれも遊びなんだろうな。
「よし、今だ」
雄峰が指示を出し、源三郎と共に走り出した。
「馬鹿鬼どもぉー! こっちだぁ!」
源三郎の挑発に、獄卒たちは一斉に向きを変える。こいつらも大概単純だなあ。
そうこうして、想像以上にあっさりと叫喚地獄に通じる階段に到達した。この調子なら、本当に天国に行けるかも!
「お疲れ様、思った以上に上手くいったね。君たちのおかげだよ」
ねぎらいの言葉をかける雄峰に、笑顔を向ける二人。ひとしきり笑い合った後、何となく気になったことがあるので聞いてみた。
「そういえば等活地獄に大山彰人って奴がいたんだけど、UFOの親戚かなんかだったりする? 苗字が同じってだけだけどさ」
「いや、知らないな。この名前も偽名だしね」
それもそうか。偽名なのもまあ分かってた。
「へっ、偽名なのかぁ!?」
分かってなかった奴もいた。俺も我ながら頭悪いとは思うけど、源三郎はその上を行くな。
「私は詐欺師だからね。本当の名前を人に教えることもないよ」
「なんて奴だ! じゃあ妹の話も嘘だったのか?」
源三郎の言葉に、少し考えた後答える雄峰。
「……ああ、そうだ。病気で死んだ妹なんていないよ。同情を誘って協力関係を築くための方便さ。この薬は病人から騙し取ったものだ」
薬を取り出して見せる雄峰。良かった、病気の妹はいなかったんだね……なんて言うとでも思ったか。あれも嘘かよこの野郎!
「マジかこの嘘つきUFO、俺の涙を返せ!」
「あはは、済まなかったね。でもおかげで出口まで来れただろう? これからも協力して天国を目指そうじゃないか」
うーむ、騙されたことは気分が悪いが雄峰の言う通りだ、ぶつくさ言いながら源三郎と二人で階段を昇って行った。
◇◆◇
文句を言いながら階段を上る二人を見上げながら、雄峰は薬の袋を大切そうに懐にしまった。
「……楓」
ポツリと呟き、視線を落とす。
「おーい早く行くぞUFO! お前の頭は必要だからよぉ!」
気を取り直した源三郎が雄峰を呼んだ。
「ああ、行こう」
顔を上げ、小走りで前の二人に追いつく詐欺師だった。
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