大叫喚地獄その2

 大山雄峰は詐欺師である。生前は数えきれないほどの人を騙して金を巻き上げていた。彼の被害に遭うのは主に小金を持った中高年で、架空の儲け話を持ち掛けてやれば簡単に引っ掛かった。半端に金を持っている奴ほど、もっと金を持ちたいと思って慣れない投資などに手を出すものだ。雄峰はそんな連中から金を騙し取ることに罪悪感を持ったりはしなかった。


 そんな彼にも家族はいるわけで、可愛い妹が一人いた。名をかえでという。両親は楓が幼い頃に二人を置いて行方をくらまし、兄妹は面識もない親戚の家に引き取られた。待遇が良いはずもなく、兄妹はお互いを唯一の肉親とみなし、寄り添って育ったという。


 雄峰は妹に対しては良い兄でいたが、外では様々な悪事に手を染めたそうだ。彼にとって、楓以外の人間は全て敵だったので、何も躊躇することはなかった。そして妹と親戚の家を出て、二人で生活を始めた頃、楓は病に倒れた。


「この金剛嘴烏処は、病人に薬をやると嘘をついて騙した者が落ちる場所だ。……私は、楓に薬を渡せなかった」


 雄峰は懐から何かの薬を取り出した。本人に渡す気があったとしても、渡せなかったら結果的に騙したことになるのだと言う。


「この薬も詐欺で稼いだ金を使って非合法な手段で手に入れたものさ。……私は、これを手に入れるのに、時間を……かけ過ぎたんだ」


 言葉を詰まらせ、顔を伏せる雄峰。……あれ? おかしいな、何故かコイツの姿が滲んで見えるぞ?


 袖で目を拭い、視線を横に逸らすと源三郎が号泣していた。お前にも人の心があったんだな。


「楓は、心優しい娘だった。間違いなく天国にいるはずだ。私は地獄に落ちて当然の人間だが、どうしても彼女にもう一度会って薬を届けられなかったことを謝りたい」


 一緒に天国を目指そうという話か。元々俺は天国に行くつもりだし、こんな話を聞いてしまったからには断る気も起きない。


「もちろんだぁ! 一緒に天国まで行こうぜUFO、いいな颯太!」


 俺が口を開くよりも先に、源三郎が返事をする。あだ名はUFOで定着しそうだ。ユーフォ―よりユーホーの方が言いやすいはずだけど、どうにもユーフォ―と言いたくなる。もちろん俺も協力する気満々だが、何となく気恥ずかしくなって、頭を掻きながら「仕方ないなぁ」と同意した。


「ありがとう。それではまずはここから上の叫喚地獄に行く方法を話そう」


 ここのカラスは薬で避けることが出来るが、問題は獄卒だそうだ。俺達がこれまでに見てきた鬼とは比べ物にならないほど恐ろしい連中らしい。むむむ、どうすればいいのか。


「とりあえずどんな奴等か見てみよう」


 話だけ聞いてもイメージが湧かないので実際に見てみようと提案する。さっき亡者を釜に投げ込んでた奴等だよな。


「勇気あるね、異世界に行くためにトラックに突っ込むだけのことはある。君の取り柄はその行動力と決断力だね」


 何となく馬鹿にされてるような気もしないでもないが、珍しく褒められてちょっといい気分になった。そういえば人から褒められたことってあんまり記憶になかったな。


 そして、俺は獄卒を観察するために釜のある中央部へと近づいていく。源三郎と雄峰は離れた場所から俺の様子を眺めているが、俺が言い出したことだからしょうがない。


 獄卒は巨大だった。どれぐらい巨大かというと、身長173㎝ある俺の頭が獄卒の膝ぐらいに来る。頭は金色に光り、目からは常に炎が噴き出している。手にはやはり巨大な弓矢を持ち、気まぐれに亡者達を射って苦しめては笑い声を上げていた。うん、ヤバい。とてもじゃないけどこの化け物の前に出たくない。


「でも、これだけでかいと逆に動きづらくないか? あそこの通路とか絶対通れないし……そうか!」


 いいこと思いついた! これなら獄卒をやり過ごせるぞ。


「二人とも、いいこと思いついたぞ!」


 振り返り声を掛けると、二人は焦った様子で何やら手を振っている。何だ……え、後ろ?


 ハッとして再び後ろに向き直すと、視界を巨大な膝が占領した。


「ヒャーッハッハァ! こんなところに活きの良い亡者がいやがったぜ!」


「うぎゃあああああ!」


 巨大な手に掴まれた俺は、そのまま無造作に煮えたぎる釜へ放り込まれたのだった。

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