大叫喚地獄その1

 大叫喚地獄は、嘘をついて人を騙した悪党が落とされる地獄だ。もちろんただ嘘をついただけでこんな深い地獄に落とされることは無い。嘘によって他人を破滅させた者が落とされる、つまり詐欺師達の集まる地獄なのだ。


「という訳で、地獄の責め苦も厳しいが亡者同士の騙し合いにも気を付けるといいぞ」


 いつもの牛頭鬼が案内をしてくれる。たまには間違えて天国まで案内してくれても良いのに。


「お前達を正しく地獄に送り届けるのが仕事だからな」


「えっ、あんたも心が読めるの?」


「心を読むまでもなくお前の考えていることなどお見通しだ」


 ぐぬぬ、なんて牛だ。


「ああ、せっかくあの苦しみから解放されると思ったのにぃ」


 嘆きながらミミたんを撫でる源三郎。お前が俺を騙そうとしたからだろうが……ってなんでミミたん!?


「それ返さなかったのかよ!」


「なんで返さないといけないんですか?」


 突然真顔になり変な丁寧口調で答えるおっさん。


「いやいや、あいつが発狂するほど大切にしてただろ。あんたもそういうのが好きなのか?」


「俺が盗ったからには俺の物だぁ。何かに使えるかもしれないからなぁ」


 前に牛頭鬼が言っていたのと同じようなことを言う。受験番号や美少女フィギュアが本当に何かの役に立つのだろうか?


 そんなことを話しているうちに、大叫喚地獄に到着した。


「よし入れ」


 例によって俺達を門の中へ突き飛ばす牛頭鬼。死なないとはいえもうちょっと優しくしてくれないかね。


「いてて……なっ、なんじゃこりゃぁ!」


 地面に突っ伏した状態から顔を上げ、地獄の様子を見た源三郎が叫び声を上げる。そう、そこは確かになんじゃこりゃと言いたくなるような異常な場所だった。


 地獄の中央には大きな釜があり、煮えたぎる何かに泣き叫ぶ亡者達が投げ入れられている。その周囲を囲むように幾つもの区画があって、亡者達はそれぞれに別の責め苦を受け続けており、地獄には常に亡者達の悲鳴と許しを請う懇願の声に包まれていた。


 俺達が入って来た場所では、無数のカラスが金属的な光を放つくちばしで亡者達をついばんでいた。食いつくされた亡者は生き返り、またカラスに啄まれることを繰り返している。


「ぎゃああ! カラスが、カラスがぁ~」


 早速カラスに群がられ、叫び声を上げる源三郎。これは怖い。とりあえず先に声を上げた方に集まって来たようなので声を出さずにそっと離れた。


「やあ、新入りさん。ここは金剛嘴烏処こんごうしうしょだ。一体どんな病人を騙して来たのかな?」


 また馴れ馴れしい亡者が話しかけてきた。今度は妙に爽やかで人当たりの良い男だ。とりあえず訳もなくムカつく。


「俺達は黒縄地獄から逃げ出そうとして捕まったんだ。詐欺師じゃない」


「へえ、そんな上の方からこんなところまで落とされるとは珍しいね」


 こいつは名刺を出して大山雄峰おおやまゆうほうと名乗った。偽名っぽいなぁ。


「UFOか、俺は早川颯太。ちょっと異世界に転生しようとしてトラックにひかれたら等活地獄に連れて行かれたから逃げだしたらこんなことになった」


「あっはっは! 面白いね君」


 爆笑する雄峰。我ながら軽率だったとは思うけど、そこまで笑われるとちょっと傷つく。


「ふぅ、酷い目にあったぁ。ここはカラスがいねぇんだな」


 そこに源三郎がやって来た。そういえば何故かカラスが襲ってこないな?


「ふふ、それは私がある薬を持っているからだね。実はここのカラスは特定の薬の匂いが苦手なんだ。たまたま持っていたから助かったよ」


「へぇ、便利だなぁ。くれ」


 即座に手を出して物乞いをする源三郎。清々しい程に恥知らずだなコイツ。俺も欲しい。


「……颯太に源三郎。実は君たちのことは獄卒の噂で聞いているんだ。地獄から逃げ出そうとしてるんだろう? お願いしたいことがあるんだけど、聞いてくれるかな?」


 そして、雄峰は身の上話を始めたのだった。

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