黒縄地獄その2

「ヒィ、ヒィ……もうダメだー」


 俺達は山型の鉄の塊を背負って縄を渡っていた。


「ほらほら渡れー! 渡り切ったらここから出られるぞ!」


 鬼達がそう言って亡者達に縄を渡らせている。そして救いを求めて縄を渡る亡者達が中間地点ぐらいまで行くと、縄を揺らして落としたりする。最初から達成させる気など無いのだ。


 ではなぜ俺達が渡っているのかと言うと、二人で話しているところを見つけた鬼に捕まったからだった。鉄板で焼かれるよりはと思ってこちらに来たけど、激しく後悔している。


「あっ」


 足を滑らせ、縄から落ちた。あー死んだなこれ、もう死ぬことにも慣れてきた自分が怖い。


 目が覚めると、近くに源三郎がいない。どこに行ったのかと辺りを見回すと、鬼に鉄板で焼かれているのが見えた。不味そうなサイコロステーキだ。


「ぎぃやぁぁぁ!」


 一通りの責め苦を体験して分かってきたけど、鬼は一人を責めている時は他の亡者に注意を向けていないみたいだ。なるほど、生贄を差し出して逃げるという意味が分かった。ひとまず源三郎が焼かれているうちに鬼達から離れた場所に移動した。


「こんなところに居たかぁ」


 早くも復活した源三郎がやって来た。死んでもすぐ復活できるのは亡者の利点だけど、いちいち痛かったり苦しかったりするのが困る。それが地獄なんだからしょうがないんだけどさ。


「じゃあ早速どこから逃げられるか教えてくれ」


 すると源三郎はニヤニヤ笑いながらある場所を指差した。そこは先程登ったのとは反対側の山……の下。確かに注意して見ると、ある場所にだけ見張りの鬼が交代で立っているのが分かった。


「なるほど、協力してあの見張りをどかすってわけだな。何かいい考えがあるのか?」


「いい考えがあるぜぇ。あいつら、騒いでる奴を優先的に捕まえるんだぁ。地獄の管理が目的だからなぁ。だから俺が適当な奴とトラブルを起こす。持ち物を盗んでやれば一発さぁ」


「それで怒った奴が鬼に捕まってる隙に通るのか。悪くないな」


 犠牲になる奴は物を盗まれて鬼に捕まってと踏んだり蹴ったりだが、そんなことはどうでもいい。それよりもコイツは俺もハメようとしているかもしれない。細心の注意を払って源三郎の動きを監視しなくては。


 作戦が始まった。まず俺が適当な亡者を見つけて声を掛け、相手が気を取られているうちに源三郎がそいつの持ち物をスるという算段だ。コソ泥だがスリも出来るらしい、正真正銘のクズだ。


 さて、可哀想な犠牲者はどこかな? 探してる間に鬼に捕まってもただの死に損なのでコソコソと物陰に隠れながらカモを探す。


「あいつがいいな」


 見るからにどんくさそうな亡者を発見すると、源三郎に合図を送る。了解の合図を確認して、行動を開始した。


「よっ、調子はどうだい?」


「失せろゴミ」


 ものすごい敵意だ。こちらも悪意を持って近づいてるからその反応は正解なんだが、警戒してこちらに意識を集中してくれるなら有難い。


「まあまあそう言わず、話だけでも聞いてくれよ」


 我ながら馴れ馴れしく話しかける。源三郎に話しかけられた時の俺と同じかそれ以上に胡散臭く思っているに違いない。と、そうしているうちに犠牲者の後ろからスリがそっと近づいてきた。


「そっか、しょうがないな。他の奴を当たるよ」


 源三郎が何かを盗み取ったのを確認して、話を切り上げた。グズグズしてると罪をなすり付けられそうだからな。いやまあ、共犯なんだけども。


 しばらくして、例の亡者が騒ぎ出した。そういえば何を盗ったんだ?


「お、俺のミミたんがぁぁぁああ!」


「ミミたん?」


 何だそれと思って源三郎の方を見ると、手には何やら女の子のフィギュアが。一体どこに持っていたのか気になるけど、さすがに色々と心が痛んだ。


「それは盗らないであげようよ……」


「お前かっ? お前が盗ったのか!?」


 喚きながら俺に迫って来る亡者。話しかけた直後に無くなったんだからそうなるよねー。騒ぎを聞きつけて見張りの鬼達もやって来た。


 源三郎はというと、こっそりと山の方へ向かっていく。やっぱりこれが狙いだったか。そうはいくか、利用されて終るぐらいなら……。


「俺じゃねーよ、あいつが盗ったんだ! ほら、手になんか持ってるだろ」


 そう言って源三郎を指差すと、一斉に視線が集中する。よし、今のうちに! 俺は鬼達を迂回して出口を目指す。さらばコソ泥。


「おま、何言ってんだぁ!」


 焦ってミミたんを握りしめたまま走り出す源三郎。


「ああっ、ミミたん!」


 亡者が叫んで走り出し、鬼達も即座に犯人と断定して包囲する。


「ち、違うんだぁ! あいつがやれって言ったんだぁ!」


「お前ふざけんな! 話を持ってきたのお前だろ!」


 今度は俺を指差して言う源三郎に、言い返す俺。気が付くと、二人して鬼達に囲まれていた。


「互いの足を引っ張っていれば、そうなるに決まっているだろう」


 呆れた様子で二人を見る閻魔王。全部見られていたらしい。さすが閻魔様、何でもお見通しだ。


「二人とも大叫喚地獄へ行きなさい」


 大叫喚地獄は黒縄地獄から三つ下の、嘘つきが行く地獄だという。さらに深くなってしまった。ああ、天国がどんどん遠のいていく。このクズに手を貸したばっかりに。


◇◆◇


「大叫喚地獄とは、何か目的がおありのようですね?」


「ああ……彼等が協力を学べば、救いの道が開かれるやもしれぬ」

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