等活地獄その2

 さて、地獄から脱走するといってもどうやったら出られるのかさっぱり分からん。


「どうすっかなー」


 ここでじっとしててもまた馬に襲われそうだし、戦ってる素振りを見せながら脱出経路を探そう。


 とりあえずナイフを取り出し、突き出しながらキョロキョロと周りを見回す。どうやらこの地獄は壁で囲まれてるようだ。門から出るのは無理そうだし、どこかに抜け穴でも無いかな?


「ひゃぁっ!」


 突然の悲鳴に驚いて視線を前に向けると、いつの間にか俺が悲鳴の主にナイフを突きつけている格好になっていた。一瞬女の子かと思うほどに可愛らしい顔をした男の子が、怯えた様子で俺を見ている。


「あっ、ごめん」


 とっさにナイフを引く俺。……ん? いや、ここの亡者は殺し合ってるんだよな?


 改めて目の前にいる男の子を見ると、俺の疑問を察したのか自己紹介をしてきた。


「あの、ボクは大山彰人おおやまあきとっていいます。見ての通り、戦ったりするのは苦手で……あなたもさっき逃げてたので」


 確かに、腕っぷしが強そうには見えない。


「そうだよな、皆がみんな戦闘狂ってわけじゃないよな。俺は早川颯太、よろしく。早速だけど、俺はここから逃げて天国に行こうと思ってるんだ。どこか怪しい場所とか心当たりないか?」


 殺伐とした世界で初めて友好的な人物に出会えたことに安心し、情報収集を始める。そう簡単に脱出できるわけないとは分かっているが、俺はこんなところに一秒だっていたくないのだ。


「天国を目指すんですか? ならボクが地獄の出口へ案内します!」


「へ? 案内って、地獄の出口って有名な場所だったりするの?」


 まさかこんなにあっさりと目的地が分かるとは。拍子抜けした顔をしていると彰人が顔を近づけ、小さな声で囁いた。


「ええ、場所は皆知ってますけど一人で行くと馬頭鬼にやられるんです。戦ってるふりをしながら一緒に行ってくれる人を探してました」


 ああ、そういうことか。確かにあの馬はどうにか出来そうにないもんな。


「分かった、じゃあ適当に戦いながら目指そう。こんな感じか? とりゃー」


 こうして二人は子供のチャンバラごっこのように武器を振り回しながら、出口へと向かった。


 しばらくすると、馬頭鬼が近づいてきた。


「やばい、こっち見てるぞ」


「大丈夫です、戦ってるふりに集中してください」


 小声で相談しながら、ぎこちない動きでチャンバラを繰り返す。うう、めっちゃこっち見てる。


 もう駄目か? と思ったその時、馬頭鬼は向きを変え近くにいた亡者を殴り始めた。


「助かった……」


「このまま行きましょう。もうすぐです!」


 彰人に促され先に進むと間もなく壁に階段を見つけた。室内に入っていくタイプで入口にドアはないが、登った先に何があるかは見えない。


「これを上れば天国に行けるんだな! 意外と楽勝だったな、彰人」


 地獄の出口を見つけてテンションの上がった俺は、笑顔で振り返る。


「上れればね」


 声は、すぐ近くで聞こえた。


 その声の主は、俺の身体に密着するように近づいていたのだ。


 腹部に激痛を感じ、刺されたのだと理解するまでの間に彰人はナイフを素早く操り俺の両腕と両脚の付け根を切り裂いた。途端に両手足が動かせなくなり、その場に倒れ伏す。


「あーっははは、良いねその顔!

 突然裏切られて訳も分からないって顔だ!

 それを見るためだけにこんな猿芝居を続けてきたのさ」


 見下ろす彰人の顔は、これまでの可愛く優し気な表情から一変し憎たらしく歪んでいた。


 そうだ、ここは地獄なんだ。地獄逝きになるような犯罪者ばかりが集まってる場所なんだった。


「意味のないことをしてると思うかい? でもね、ここで罪を償うには五百年かかるんだ。ずっとただ殺し合いをしてると、殺し方にも色々な工夫を凝らしてないと退屈なんだよ。どうせこの階段を上っても馬頭鬼よりずっと強力な番人がいるから出られないしね」


 早口でまくしたてながら、俺の身体を何度も刺していく彰人。もはや痛みは感じず、意識が遠くなっていく中コイツの言っていることを考えていた。


 馬頭鬼よりずっと強力な番人がいるってことは、本当に出口なんだな。誰にも頼らずにここを目指すにはどうすれば……?


 次第に視界が暗転し、完全に意識が無くなるまでそう時間はかからなかった。


「死ぬと門の近くに戻されるのか」


 目が覚めると、前に起きた所とほぼ同じ場所にいた。どことも知れない場所に飛ばされるよりは好都合だな。さて、こうなったらやるしかない。このチャンスを逃したら二度と逃げられない気がするぞ。


「あんのクソガキ、よくも騙しやがったな!」


 俺は怒りの声を上げ、ナイフを振り回しながら走り出した。


「どこだ彰人ー! 逃げるなー!」


 復讐相手を探してますと宣伝しながら、真っ直ぐに自分が殺された場所に向けて走っていく。


「ケケケ、また新入りがあいつの罠にかかったのか」


 走っていく俺を見た亡者達はそう言って楽しそうに笑っている。よし、思った通りだ。


「どこに逃げた? ここか!?」


 などと白々しく言いながら、俺は例の階段に入って行った。途中、馬頭鬼も俺のことを見ていたが特に止める様子もなかった。


 やったぜ。


 もちろん俺の目的はここに来ることだ。クソガキなんかどうでもいい。まあ一瞬イラッとしたけどそんなことより地獄を脱出する方が大事。俺は天国で快適生活をするんだ!


「さて、番人ってのはどんな奴かな?」


 あの馬より凄いって、どんなゴツイ奴なのだろうか。もの凄くデカイとか? おそるおそる先をうかがいながら階段を上っていく。


 階段の先には大きな広間があり、反対側にはまた上り階段が見える。いかにも番人的なものが待ってそうだ。階段の出口から広間を見回す。


「恐れることはありません」


 突然上から声を掛けられた。驚いたが久しぶりに聞く女性の声にホッとしながら見上げると、そこには天使がいた。


 ゆっくりと降りてくるその姿は美しい女性で、背中には大きな翼がある。間違いない、天使様だ。俺は天国にたどりついたんだ!


「天使ではありませんよ、私は平等王びょうどうおう。貴方のような亡者を裁く十王の一人です。ここまで辿り着いた貴方は、再び閻魔王の裁きを受けることになっております」


 彼女がそう言うと、いくつもの光の輪が俺の周りに現れ身体を締め付けた。なす術もなく捕まった俺は、再び閻魔様の下へと送られたのだった。


「地獄から脱走しようとした分、罪が重くなるぞ颯太。次は一つ下の地獄、黒縄地獄こくじょうじごくへ行け」


 閻魔様が優しい声でそう告げた。声は優しいけどしっかり罪が重くなってる。


 むむむ、ここで諦めたらただ損しただけじゃないか。絶対あきらめないからな!


 そう心の中で宣言し、牛頭鬼に連れられて黒縄地獄へと行くのであった。


◇◆◇


「心の声も聞こえると言うたであろうに」


 呆れたように呟く閻魔王。


「裁きを受けてより下の地獄へ行くとは、どういう心境の変化です? 通例では裁きを受ける度に罪が軽くなるはずですが」


 そこへ、平等王がやってきて尋ねる。十王の裁きは最初が一番罪を重く、裁きを繰り返す度に罪が軽くなる仕組みである。よって亡者を裁きの間へ連れて行くことは完全な慈悲の心による行為であった。にもかかわらず颯太の罪が重くなったことに苦言を呈しているのである。


「地獄を抜けても餓鬼道へ至るのみ。颯太は等活地獄にあって他の亡者に害意を持たず、ただ天道を目指した。故に試練を与えたのだ」


「……ならば、再び私の下へ至れば天道へ導きましょう。彼の苦難は罪に対してあまりに大きいものです。救いを与えなければ」


「世話になる」

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