第72話:冬の小鳥さんツァー



「うぅううううっ、くっそ寒っ。やってられンわっ」

 方菜かたなちゃんが、キれた。


「前、住ンどったトコより、めっちゃ寒いな、ココっ!」

 方菜ちゃんにとっては、初めての、での冬。


「こンな池ン前でジっとしとったら凍ってまうわっ。運動や運動。歩きで公園一周しょっ」

 方菜ちゃんの、後ろ向きなのか前向きなのかわからないような、提案。


「確かに、今日はタカも来ないですし……いいんじゃないです?」

 蘭先輩も、方菜ちゃんに一票。


 うぅ、歩くのはしんどそうだけど、寒いのもヤだしなぁ……どうしようかなぁ。


「さぁ、行きますわよ、おじさま、永依夢エイム

 ……強引、蘭先輩。


「ぇー、ウチ、ココでええよー」

 最年長、最長老のカワサキさんは、もこもこの衣装で暖かそう。年齢的な事もあり、動きたくは無いご様子?


「おじさま? こんな可憐な女子二名とおもしろ女子が公園内で暗い森に引きずり込まれてあんな事やこんな事されたら、どう責任を取るおつもりで?」

 いやいや、蘭先輩。そこまでえげつない事にはならない……と、思うよ?


「ぶーぶー。しゃぁないなぁ……よっこら……せっ、とぉ」

 座っていた折り畳み椅子から立ち上がり、その椅子を自転車のカゴに。

 三脚も畳んで、カメラを肩からたすき掛け。

 そして自転車を押して。

「自転車ここに置いておくと盗まれるかもだから、押してった方がいいかと」

 なるるん。

 まぁ、イヤな世の中では、あるんだけど。仕方ない。


 少女チーム三名、カワサキさんに倣って三脚を自転車に積んで、カメラは肩からたすき掛け……。蘭先輩の方は見ない、見ない、見てはいけない! 絶対っ!


 だがしかし。


 方菜ちゃんが。


「蘭はン、いっつもおもぅてるけど、そのたすき掛けはヤばいで……」

「何がですの?」

「まぁ、わからンのやったらえぇケど……」

「?」


 蘭先輩には内緒にしておこう。うん。


 とか、なんとか、わちゃわちゃしながら、出発。


 園内一周って、結構あるのよね……と、わたしが愚痴を言ったら半周にしようってコトに。


 歩き出して、すぐ。


「お? なんか樹ぃのてっぺン、とまってンで」

 方菜ちゃんが自転車を停めてカメラを真上近くに向ける。

 他三名も、倣って。


「カワラヒワですわね」

 わたしはこっそり『カワラちゃん』って呼んでるけど。黄色と黒のツートンカラーの小鳥さん。マヒワさんやアトリさんなんかと同じ系譜の鳥さん。マヒワさんやアトリさんと違って、年中、いらっしゃいます。


 あ。樹のてっぺんでパタパタしてる。枝に停まりきれなくて、翼を止められない状態、かな? ダンスしてるみたい。


 ぱしゃり、一枚。


 特に珍しい鳥さんと言う訳でもなく、さらっと、次へ。


 次、と言いながら特に目的地がある訳ではなく。園路を歩きながら、周りに鳥さんが居ないかきょろきょろ、探しながら、てくてく、と。


 しばらく歩くと、また園路脇の低い植え込みに、小鳥さんがわらわらと。


「エナガだな」

 とは、カワサキさん。

 またみんなで自転車を停めて、エナガさん撮影タイム。


「エナガさん……可愛い……」

 ぼそり、と、心の内が、零れる。


「北海道のシマエナガも見てみたいけどなぁ。北海道、遠いなぁ……」

 カワサキさん情報。

 『シマエナガ』さん。北海道限定のエナガさんの亜種、らしい。

 何やら、マスコットやぬいぐるみも作られてるご当地アイドル、らしい。ネットの写真で見た事あるけど、ホント、雪玉みたいで可愛らしい。


 でも。


「このエナガさんもステキです」

 はっきり、と、心の内を、告げる。


「ん。ですわ、ね……」

 ファインダーを覗きながら、蘭先輩も同意してくれる。


「せやな……」

 方菜ちゃんも。


 そして、エナガさんご一行が飛び去られ、撮影会も終了。また、移動。


 確かに。


 自転車を押して徒歩で歩くのも、悪くない。

 池の風に当たって冷たくなっていた身体もポカポカと温まってきた。


 でも、珍しい鳥さんがそこら中にポコポコ現れる訳もなく。


「なンもおらへンなぁ……」

「まぁ、こんなモノでしょう? お散歩だと思えば」


 お?


「植え込みに何か居ますね……何だろう?」

 今度はわたしが自転車を停めて、園路の脇の低い植え込みの奥の方に動いた影を捕捉エイムしてみる。


「んーなんだろう? カシラダカ? アオジ? ……アオジっぽいな」


 植え込みの下の方に居た子が、ぴょこん、と、植え込みの上の方に飛び上がってくれたので、撮ってみると。


「はい、アオジさんですね」

 胸からお腹が黄緑色で、背中と翼は茶色と黒の縞模様。

 アオ、すなわち、この場合のアオはミドリ色を指す。青っぽい色の鳥は瑠璃色の『ルリ』が付いている事が多い。


 ちなみにアオジさんも冬鳥で、ここら辺では冬に沢山いらしゃるらしく、カワサキさんいわくは、そんなに珍しい鳥さんでは、無いとのこと。


 ここでも少し撮ってから、また徒歩……と、思ったら。


「ちょっとタイムぅ」

 カワサキさんが待ったをかける。


「ぜぇぜぇ……暑い……一枚、脱ぐ」

 と、おもむろにジャンパーを脱いで、その下に着ていたスウェットも脱ぐ……と、言うか、カワサキさん、スウェットの下にまだスウェットって……何枚着てるの? モコモコ加減からすると、さらにまだ下には……。


 なるほど、そりゃ、温かいと言うか、暑いと言うか、厚いわね……。


 カワサキさんは最初に脱いだジャンパーは再度装備。脱いだスウェットはカメラバックに収納して。


「じゃ、行こか」

 何食わぬ、顔。


 さすが、年の功?


 そしてまた、自転車を押しながらてくてく、ぞろぞろ、きょろきょろと四人で園路を歩いていると。


「なンやろ、あれ? なんか沢山ぎょうさんヒトンなぁ」

「何か居るみたいですわね……」


 ヒトはヒトでもほとんどがカメラマンさん。

 園路わきに集合して、何かを取り囲むように。


「何か居ますか?」

 わたしは、その人だかりの端に居たヒトに聞いてみた。


「ん? あぁ、ルリのメス」

 そのヒトは、わたしの姿……でっかいカメラを抱えているのを見て、を答えてくれた。


 わたしもよくやるけど、他のひとに『何を撮っているか』と聞かれた場合、『鳥に詳しくなさそうな人』の場合は『野鳥を撮ってる』と答えるけど、カメラや双眼鏡、フィールドスコープを持ってるヒトには鳥さんの種類を答える。


 一般のヒトに鳥さんの細かな種類を言ってもピンと来ないしね。ただ、そこから、『何の鳥ですか?』と聞かれたら、その時は種類を答えるけど。


「ありがとうございます」

 と、お礼の上。後ろのメンツにも『ルリビタキだって』と伝言し、空いてそうな場所を探す。


 この時の礼儀。


 すでに先に陣取っているヒトよりも絶対に前に出てはいけない。必ず、後方へ。


 隙間が無い場合は、左右に広がる感じになるけど、この時も回り込んで反対側へ行くのはダメ。鳥さんを刺激してしまうし、下手をすると対面のカメラに写り込んでしまうことにもなりかねない。


 なので。


 ギリギリ集団の端の後方に着いて、カメラマンさんたちの三脚の隙間から捕捉エイム


「あぁ、可愛い……」

 ルリビタキさんの女の子。激カワです!


 カワサキさんと蘭先輩もわたし同様に後方から隙間狙いで何枚か。


 ただ……


 方菜ちゃんだけはさらに後方でムスっとした顔で待機。撮らないのかな?



 ヒトが多いのもあって、ここはすぐに撤収。

 後方の方菜ちゃんに合流して移動をはじめてから少しすると方菜ちゃんが。


「あいつら……まぁた餌付けとかシとるし……」


 あぁ……。


 餌付け。


 『お立ち台』と呼ばれる、撮影に向いた場所に餌を置いて鳥さんを誘い出して無理矢理撮影すること。


 本来は野鳥に人伝手に餌を与える事は禁止されている。野鳥に限らず、野生動物全般だけど。


 それを無視して……。


 ご相伴に預かって撮影しているわたしたちも、同類、同罪だ、と。


 方菜ちゃんは非難する。


「まぁ……そンなン言うてあの人数とケンカすンのもアホらしぃしな……」


 ここら辺、確かに難しいところだよね……


「ちょおっと待ったぁ」

 そしてカワサキさんから、また、待ったが。


「またですか……」

「もう一枚、脱ぐっ」

 またもカワサキさんの脱衣……と言うか、脱皮って感じだな。ホント、何枚着てるのか。


「よっし、オッケー、行こぅかぁ」


 さて、次は?


 用水路の方へ向かってみる事になったが、誰も居ない。鳥さんも、いらっしゃらず……と、思いきや。


 チチチチチっ。


 小鳥さんがちょうどわたし達の目の前の用水路の上にかかった枝に降り立つ。


「セキレイ?」

「いや、キセキレイやな」

 早速捕捉エイムして撮影。


「キセキレイは基本的にはお山方面の川辺とか水辺に居るけど、冬場は餌を探してこういう平地の水辺にもよく来るようになるんだよね」

 ほぅほぅ。


 あ、伸びしてる。


 ぱしゃり。


 この子もかわえぇなぁ……。うっとり。あ、飛んでっちゃった……

 そして何も居なくなり。


「ぼちぼち戻るか」


 公園をぐるっと、ほぼ半周。ここからオオタカ島の定位置までは、あと少し。


 その移動中。


「ん? また何か、ヤブの中に鳥さんの影が……」

 アオジさんかな? ウグイスさんかな?


 そして、ぴょこっと顔を出してくれた、その鳥さんは……。


「ルリのオスやン」

 おぉ。まさかの。ルリビタキさん。


 四人そろって、カメラを向けると、すぐにヤブの中に引っ込んでしまわれましたが。


「永依夢は撮れました?」

「うん、撮れたよ」

「ぐぬぬ……」

 蘭先輩、撮れなかったらしい。


 プレビューを開いて、撮った写真を、ルリビタキさんを確認。


「…………」


 ルリ色……瑠璃色……背中がきれいな青、脇腹にオレンジ色、お腹は白、なんだけど……。


「なんか、可愛くない……」


 さっきの女の子の方が、だんぜん可愛い。ワンポイントで尾羽の青と、脇腹のオレンジに白いお腹。


 男の子だけあって眼つきが鋭いと言うか、なんかいかついと言うか……うん、女の子の方が絶対可愛いと思う。


 さてさて。


 そんな公園行脚も、一区切り。


 オオタカ島に戻って、折り畳み椅子も出して、よっこらしょ、と。


「確かに歩くと暖かくなったね」

「うんうん、せやろー」


 でも、しばらく座っていると。


「うぅっ、さむっ!」


 すぐにまた冷気に冷やされ、カワサキさんは脱いだ服をまた着込み。

 方菜ちゃんは「もぅ帰るぅっ」と、撤収準備。

 さすがに、タカさんの気配もなく。良い時間になったので、今日のところはわたしたちも撤収っ。


 期末試験の勉強もしなくちゃな。


 三人で集まって、やるかぁ。



 あ。


 ひとつ、後日談。


 ルリビタキのメスだと思っていた子、実はオスの若、幼鳥じゃないかと言う説も、ちらほら……見分けるのがすごく難しいとのこと。


 雌雄の容姿が全く違ってる鳥さんも居るけど、区別が付かない、付けにくい鳥さんもいらっしゃり。そんでもって、若鳥さんとか年齢違いでとかなると、もぅ、ねぇ。


 難しいです。






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近況ノートへのリンク

冬の小鳥さんたち

https://kakuyomu.jp/users/nrrn/news/16817330669101430277






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