第五章:二度目の冬、そして……

第71話:抜けてる抜けてる、被ってない



 十二月に入り、すっかり、冬の様相。


 オオタカしまの周辺の葦も白く枯れて、倒れ、見通しがよくなりつつあり。


 池から吹き付ける風が、冷たく、防寒対策もしっかり。


 まだカイロを導入するほどでは無いけれども。


 そして、時間的には日の出の時間も遅くなって、集合時間もおのずと遅くなり。


 夏場はほぼ居なかったオオタカさんが戻って来て、常連さん状態ではあるものの、常時いらっしゃる訳でもなく。


 今朝はいらっしゃらない日。


「居ないのが珍しい、なんてのも贅沢ですかしらね?」


「まぁ、贅沢やな……」


 らん先輩と方菜かたなちゃん。


 もうずいぶんと仲良くなり。


「ふわぁ……夏に比べれば遅い時間なのに、眠いなぁ……」


「あはは、ですねぇ」


 カワサキさんとも、ずいぶんと。


 年齢は、それこそ、お爺ちゃんと孫ぐらいの差があるものの。


 気の置けないお友達みたいな感覚で。


 もちろん、年上なので敬語で、だけど。


永依夢エイムちゃん、そのカメラ、だいぶ慣れた?」


「そうですね、重いのがけっこう辛いですけど、操作自体はかなり」


「重いのは宿命だからねぇ」


 などなど。


 のんびりと、タカさん待ちのひと時。



 陽が昇り、明るくなり、少し暖かく。



 そんな朝日を背に浴びつつ、待機していると。


「来たっ!」


 その朝日の側、東側からやってくる、大きめの鳥さん。


 の、影が、わたし達の前に見えた。


 いち早く気付いたカワサキさんが叫び、カメラに飛びつく。


 勢いよく飛びついたためか、カワサキさんの帽子が脱げて飛ぶ。


 振り返ると、確かに、タカさんらしき大きめの鳥さんがわたしの頭上を越えて、オオタカ島へ。


 わたしもカメラを構え、照準器で捕捉エイムして、とりあえず何枚か。


 ただ、このパターンだと、後ろ姿しか撮れず、しかも翼を伸ばした『真一文字』の画像にしかならず、絵的にはイマイチなので、あまりシャッターは切らない。


 そのオオタカさんが、目の前の島の樹の、一番手前、近いところにとまった。



「おぉっ、抜けてる抜けてるっ! 被ってないっ!」


 カワサキさんの実況。


 おっしゃる通り。


 樹の枝にとまられたオオタカさん、多分、幼鳥さん。


 『抜けてる』『被ってない』とは。


 木の枝が鳥さんの前に『被って』なくて、鳥さんだけが『抜けて』見える状態の事を言う、ん、だけど……。


 まわりの人達が、大爆笑をしている。


 シンさんはじめ、カワサキさんやわたし達とも仲のよい、常連のカメラマンさん達。


「うはははは……カ、カワさん、そんな自分アピールして……うはははは」


 一瞬。


 何の事やら?



「ぎゃはははは、カワサキはン、おもろすぎやろ、それ、ぎゃははははは」


 方菜ちゃんは、お腹をかかえて大笑い。


 見ると。


 蘭先輩も、肩をぴくぴく動かして、必死に笑うのを堪えている。


「ははははは、確かに、カワさん、『抜けてる』し『被ってない』よねぇ」


 そう言えば、帽子を脱いだカワサキさんって見るのは、レア?


 常に帽子を被っているから……食事の時とかも、帽子を前後ろ逆にするだけで、脱ぐことはなかったか……。


 その、帽子を脱いだ……帽子が飛んでしまったカワサキさんの頭を見て。


 理解。


 うん、確かに。


 『抜けて』て『被って』無い、や。


 理解すると、笑いが込み上げて来るけど、必死に耐える。


 笑っちゃだめだ笑っちゃだめだ笑っちゃだめだ……


「ぷっっ」

「ぷはぁっ」


 蘭先輩とハモってしまった。


「え? 何? 何? なに??」


 言われた、笑われたカワサキさん自身。


 きょとん。


 解っていないらしい。


 そんなカワサキさんに、シンさんが何が抜けてて、何を被っていないのか、優しく解説を加えると。


「う、うるせえぇえええっ」


 半泣きのカワサキさん。


 あわてて飛ばされた帽子を拾って、被り直せば。


「ほれ、これで被ったぞっ」


 ちゃんちゃん。




 とか、やってる間も。


 オオタカ幼鳥さんは、その『抜けて』て『被って』ないポジションで、じーっと。


 ひと笑いを終えて、皆、そのオオタカ幼鳥さんに集中。



 しばし、オオタカさんとにらみ合い。


「これは……」


「ええ、狙ってますわ、ね……」


 何を?


 獲物を。


 タカさんが、樹にとまって、片足を上げて、羽繕いをしている時などは、食事を終えて『いっぷく』している事が多く、しばらく動きが無い。


 しかし。


 今は、両足を降ろして、首をきょろきょろ、と回して周囲を、特に、下方向を注視している。


 時々、まわりを通過するカラスさんをちらっと見たりをするけれど。


「行きよる、かな?」


 獲物を狩りに、行くかな? と、方菜ちゃん。


「行くかも、ね」


 わたしも、そう思う。


 ただ。


 いつ?


 それは、タカさん次第。


 狩りやすい、捕まえやすい獲物が見つかったら。


 ただ、合図は、わかる。


 今は直立姿勢。まっすぐに枝に立っている感じだけど。


 直前に前傾姿勢になって、飛ぶ準備をしてから、飛び立つ。


 この一瞬を見逃さなければ。


 もちろん。


 よそ見をしていて、見逃すことも、しばしば。


 ずーっと見ていて、疲れたり、飽きたり、よそ見をすると。


 そういう時に限って、と言うのが、ある種、鳥撮りの『あるある』。


 なので。


 じーっと。


 我慢して、我慢して、見続ける。


 そして。


 我慢の甲斐、有り!


「行くでぇっ!」


 方菜ちゃんが、いち早く反応。


「はいっ!」

「了解っ!」


 わたしと蘭先輩もファインダーで見ていて気付いた。


「ぇ? え?」


 よそ見をしていたカワサキさんがあたふた。


 そしてあたりに鳴り響くシャッター音。


 カタカタバシャバシャコトコトジャカジャカカカカカカ。


 いろんなメーカーのいろんな機種のカメラの、それぞれ独特のシャッター音。


 キュキュキュキュキュ。


 これは、わたしの……カワサキさんから借りてる……カメラの、音。


 タカさんは、と言えば。


 一度、島の下にある芦原へ降りて、おそらくハトさんを急襲。


 しかし、ハトさんは逃げる。


 逃げるハトさんを追って、さらに飛ぶ、タカさん。


 うひゃぁ、速ぁい……照準器でも追いかけるのが大変。


 ハトさんも右へ左へ旋回して逃げのびようと、必死なのだろう。


 タカさんもそれを必死で追いかける。


 けど。


 ハトさんが逃げ切ってわたし達の頭上を越えて、飛び去ると。


 タカさんはUターンをして、オオタカ島の樹へまた戻る。


 さっきとは違う樹だけど。


「あぁ、ちょっと『被って』るなぁ」


 はい。


 カワサキさんも、帽子、被ってますね!?





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近況ノートへのリンク


オオタカ幼鳥さんの狩り

https://kakuyomu.jp/users/nrrn/news/16817330668509366784





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