第26話:永依夢の右耳②補聴器購入



 雨の日曜。ざーざー。昨日の夜から結構な降り具合。


 今日は両親とメガネ屋さんに補聴器の相談へ。


「河崎様、ようこそお待ちしておりました」


 お母さん運転の車でメガネ屋さんに着くと、店員さんが数名、お出迎え。


 お父さんが電話で予約してくれていたし、カタログを読み込んで事前に色々と注文を出していたので、話はスムーズに進む。

  

「丁度メーカーの方の訪問日でタイミングがすごくよかったですね」


 らしい。


 なんでも、たまに補聴器のメーカーさんが店舗でキャンペーン? みたいなのをやってるらしい。たまたま今日、あるメーカーさんがいらっしゃってると。


「お電話とメールで伺った内容で、こちらの商品をご用意しました。調整を行いますので、こちらにお掛け下さい」


 お姉さんに促されてイスに座ると、右耳に補聴器を着けられる。

 小型のイヤフォンみたいなゴムを耳に挿入。細いパイプのような線で繋がった補聴器本体は耳の裏に引っ掛ける感じで、色はメタリックなコバルトブルー。


 病院の診察の時も思ったけど、他人に耳を触られるのは、こそばゆい……。


 ぉう。


 右耳から聞こえてくる音がすんごいクリアになった。


「それでは、これからいくつか音を流しますので、真ん中から聞こえて来たところを教えて下さい」


 お姉さんがPCを操作すると、鳴り出す音。病院の聴力検査で聞いたのと同じようなピーって感じの音だ。

 最初、やや左寄りに聞こえていた音が、だんだんと右側に移動するように聞こえる。あ。丁度真ん中、真正面から聞こえるようになった。


「ここです」

「はい、ありがとうございます。では、次の音を流しますね」


 同じように、少し高さの違う音が流れる。これも左から少しづつ右へ。

「あ、行き過ぎです。もうちょっと左へ」

「このぐらいですか?」

 左に戻って、丁度真ん中。

「はい、そこです」

「ありがとうございます、では……」


 そうやって、何度か異なる高さの音を聞き分けると調整が終わったらしい。


「はい、以上で終了になります。お疲れ様でした」

「えっと、この補聴器はどうしたら?」

「このまま貸し出し致しますので、そのままで構いませんよ」

「わかりました、ありがとうございました」


 少し離れた場所で、別の店員さんと話をしている両親のところに戻る。


「奥様、それはいくらなんでも……」

「そこをなんとか、店長さんのお力で」

 店員さんが冷や汗を流してお母さんと対峙していた。


「終わったよ。どしたの?」

 お父さんの隣に座って、こそっと耳打ち。

「母さんが値切ってる……恥ずかしいからやめて欲しいんだが」

「あー……」

 さすが、家計を預かる主婦、と言ったところなんだろうけど、お父さんは、男らしくスパっと決めたいらしい。


 それはそうと、お父さんはわたしの右側に座っているんで、これまでだと聞こえ辛かった声がはっきりと聞こえた。これは青天の霹靂ってやつ? すごいわ補聴器!


「ねえ、メーカーのお姉さんからも店長さんにお願いして下さいな」


 お母さんは戻って来たメーカーのお姉さんにも泣きつく。その声も以前よりはっきりと聞こえる。


 いや、今までとのギャップもあって、うるさいぐらいかも。


「ちょっと外で聴こえ具合確認してくるね」


 お父さんにそう告げて席を立ち、入り口から出てすぐのところへ移動。

 外に出ると、目の前の道路を走る車の音が聞こえる。


 左から右、右から左。車のエンジン音、雨に濡れた路面をタイヤが走り抜ける音。


 ちょうど、救急車が通りかかった。サイレンの音が左から右へ。


 うん。ちゃんとピッタリ、車と音が一致して移動する。


 試しに、補聴器を外して聞いてみると。


 うん。ズレてるズレてる。アカゲラさんのドラミングやウグイスさんの鳴き声の時と同じ。若干左にズレて聞こえている。


 補聴器を戻して再確認。


 ばっちり。


 これでよさげなんだけど。中、どうなったかな?


 と、思って、店内に戻ると。


「どう?」

「どんな感じ?」

「いかがですか?」


 両親をはじめ、メーカーの人、店長さんが勢ぞろいしてわたしを待ち構えていた。

 なんだなんだ?


「最終的に本人の希望次第だしな。永依夢エイムがOKなら決めるけど」

 なるほど。


「今、外で試したけど良い感じ。でも二週間レンタルできるんでしょ? 実際にフィールドで鳥の声を聴いてみないとなんとも」

 そう答えると、

「永依夢、ちょっとこっちへいらっしゃい」

 お母さんに呼ばれた。


「その貸出し用のをそのまま現品でかなり安くできるのよ、だからそれに決めちゃいなさい」

 ええええ。そんな技が!?


「普段はそういう事しないらしいんだけど、ね」

 お母様……。


 ぽん、と、お母さんがわたしのお尻を優しく叩く。

 これは、あれだ。ほら行け! と、サインが出たんだと思う。


「えっと」

 お父さん、店員さんの処に戻って宣言。


「これにします!」

 と、言うことで、パタパタとお母さんも戻って来て早速、支払いも済ませてお買い上げ。


「ありがとうございました」


 店員さんたちに見送られ、メガネ屋さんを後にする。


 帰り道。運転中のお母さんが言った。


「永依夢、電池は少しオマケしてもらったけど、無くなったら自分のお小遣いで買いなさいよ」


 なにー!?


「充電式のは充電器とかも含めて結構高かったんだよ。ちなみに電池は八個入りで八百八十円。一個百十円で、だいたい十二時間ぐらい使えるらしい」


 そんな罠がああ!


 学校でも使えるかと思ってたけど、電池が必要ならちょっと考えなおさないとな……一日六時間として、二日で電池一個百十円。これは痛い。


 とりあえず、鳥撮りの時だけ使うようにしようかな……








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