第46幕 ゆびきりげんまん 3
3日分の荷物の入ったキャリーケースを2階の自分の部屋に置いたアリシア。
2年前、サーカス団に付いていきたいとお母さんに話をした時の部屋の状態のまま、綺麗に保たれている。
久しぶりの自分の部屋の匂い、
お屋敷の部屋にもだいぶ馴染んだけど、やっぱりお父さんとお母さんの住むこのお家の自分の部屋の匂いは、すごく優しい気持ちになって、落ち着く。
アリシアはキャリーケースからお気に入りのショルダーバッグを取り出し、ピンクの財布を入れ替え1階に降りる。
「お母さん帰って来るまでお散歩行ってくるね」
「あぁ、行っておいで」
お父さんはソファーから立ち上がり、玄関とドアを開けてくれた。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
"サーカス団に付いていきたい"とお母さんにだけ伝えて、お父さんには話ししないまま家を出ちゃったけど、私がお屋敷のお店を手伝う報告をしに帰ってきた時、お父さんは怒らないで私たちの話しを聞いてくれた。
それは嬉しいようで、少し寂しい気持ちになったけど、お父さんの笑顔と優しい低い声を聞いているとその不安もどこかに吹っ飛んじゃうみたい。
「砂浜行こうかな」
住宅街を抜け港に出る。
海を見ると帰って来たんだなぁ、とホッとする。
お昼過ぎということもあり、港には食材を売るテントは撤収していた。
「ポップコーン屋さんかぁ、美味しそう」
その代わりにポップコーンを売るキッチンカーが停まっていて、7名ほどの行列が出来ていた。
「久しぶりのお母さんのご飯だから、ポップコーンは我慢だね」
アリシアがポップコーンのキッチンカーを通りすぎようとした時。
「あ、アリシアだ」
私の名前を呼ぶ声の方を見ると、
「あ、ジニー…ただいま」
「帰って来てたんだ」
「うん」
すっかり背も伸びて、顔つきもたくましくなった幼なじみと久しぶりに喋る。
ジニーの隣には知らない女の子。
「ねぇジニー、だぁれこの人~」
「え、あぁ、この子はアリシア、俺の幼なじみ」
と女の子に私のことを紹介してくれた。
「ふーん」
女の子が私の方を見てニヤリと微笑む。
「わたしは"アニス"。ジニーの彼女よ」
と言ってジニーの腕に抱き付いて見せつける。
「かのじょ…なんだ」
少ししゅん…、とした顔でジニーを見てしまう。
「くっ付くなよぉ、まだ彼女じゃないだろ」
とジニーはアニスの腕を振りほどく。
「こいつはアニスっていって、学校のクラスと塾が一緒なんだよ」
とジニーはアニスについて説明する。
「そう…なんだ」
「もう、照れちゃって。こんなにデートしてるのにぃ?」
「アリシアはいつまで居るんだ?」
「ぁ、えっと…24日の夜に帰るよ」
「そんなの聞いてどうするの?ジニー」
「いいから!離れろよ。また後でなアリシア」
「ぁ、うん」
アリシアは少しはにかんでジニーに手を振る。
…あとでお話出来るんだ…、良かった。
私のことを気にしてくれたことが嬉しかった。
アニスはキッチンカーでポップコーンを受け取り、にっこりとした笑顔を見せて、ジニーと市街地の方へ歩いて行く。
アリシアも砂浜に向かう。
私がウィルのことをジニーに話す時、ジニーも
きゅぅ、って苦しい気持ちになったのかなぁ…、あの時はジニーの気持ちを考えていなかった。
久しぶりに会った幼なじみが、彼女と楽しそうにポップコーンを買いに来た姿を見て、やきもきを妬いてしまった。
「学校も塾も一緒なんだ…、楽しそうだなぁ学校…」
思わず心の声が漏れる。
これじゃ私…、いじわるな子みたい…。
お父さんとお母さんの仕事の手伝いも、お屋敷での接客も、とっても楽しいしやりがいを感じられるけど、学校に通うジニーが羨ましく感じてしまって、私ひとりが置いてきぼりになってしまったような、寂しい気持ちになった。
砂浜に転がった流木に座り、薬指に付けたリングを眺める。
「ねぇウィル…、私どうしたらいいのかなぁ…」
______________
海を眺めてしばらく経った頃、15時を知らせる教会の鐘が耳に届く。
「そろそろ帰らないと、お母さんが仕事から帰ってくるね」
アリシアはゆっくり立ち上がり、お尻の砂を払い、住宅街の方を振り返る。
「よっ」
振り返るとそこにジニーの姿があった。
隣にアニスの姿はなかった。
「ジニー…いいの?アニスちゃんは」
「また後で、って言っただろ。アリシアに会いに来たんだよ」
「うん、ありがとう」
アリシアのやわらいだ顔を見て安心したジニーは砂浜の流木に腰掛ける。
アリシアもジニーの隣に座る。
「サーカス団の人たちとは上手くやれてる?」
「うん、みんな優しく人たちばかりで、すごく楽しいよ」
ふんわりとピンク色のチークとリップで化粧をしているせいか、にこっと笑ったアリシアの横顔が大人びて見えた。
「その指輪はピエロさんに貰ったのか?」
「え?ぁ…うん、バレンタインデーのプレゼント…だって」
アリシアは海に向け手を伸ばして、薬指に付けたリングを見せてくれた。
「でもね、これほんとはピンキーリングで小指用のリングなんだけど…、ウィルったらリングのサイズ間違っちゃって」
"ウィル"って親しげな呼び方を聞いた時、チクッと心が苦しくなった。
薬指のリングの意味ぐらい、俺にもわかる。
「だからって…、薬指に付けなくてもいいんじゃねぇの?」
つい、いじわるなことを言い方をしてしまう。
ケンカなんかしたくない、久しぶりに会ったのに…。
「それはそうなんだけど、どうしてもこの指輪付けてお出かけしたかったの、お父さんとお母さんにもこの指輪見せたかったから」
「…そっか」
アリシアの機嫌を損ねないように素っ気ない返事になってしまう。
ただでさえサーカス団なんて訳の分からない人たちに付いて行ったアリシアが、もっと遠い所に行っちゃうような寂しい気持ちになった。
まだ…、近くに居るうちに…。
「なぁ、アリシア…」
「うん?」
「明日、お出かけしようぜ。2人で」
意を決して誘ってみたけど、心臓ばくばくしてる…、耳まで真っ赤じゃないかな…。
「でも…アニスちゃ―」
「アリシアと2人でって言ってんじゃん!」
赤くなった顔を見られないようにすっと立ち上がる。
「明日8時に迎え行くから!じゃぁな!」
ジニーは勢い良く住宅街の方へ走って行った。
「ジニー…」
いきなりの誘いにビックリして返事してなかった。
「ふふ…、また明日ね。ジニー」
____________
「ただいまぁ」
「おかえりなさいアリシア」
ふんわりと包み込むお母さんの優しい声。
「ただいま!お母さんもおかえりなさい!」
キッチンで夕食の準備をしていたお母さんのお腹に抱き付く。
「ふふ、ありがとう」
お母さんは頭を撫でてくれた。
ぐつぐつと鍋の煮込む音、ビーフシチューの匂いだ。
「ご飯食べ終わったら、お母さんとお風呂入りたいなぁ」
「えぇ、久しぶり一緒に入りましょうか」
「うん!」
「お父さんも…いいかな?」
ソファーに座るお父さんが自信なさげに言う。
「えぇー、お父さんもー(棒読み)」
「えぇー、お父さんやだー(棒読み)」
母と娘にジト目の視線を向けられた。
「嫌か~、お父さんへこむわぁ~(ちらっ)」
両手で顔を覆うお父さん、指の間から私たちの方に視線を向ける。
「ふふ、良いよお父さんも!」
「久しぶりの家族水入らずですからね」
「よし!ご飯だご飯だ!アリシアの好きなビーフシチューだぞ」
パンッと膝を叩きソファーから立ち上がるお父さん。
「うん!お母さんのビーフシチューだぁいすき!」
久々の家族3人での食卓。
2年の間帰って来なかった分、話したいことがいっぱいあり過ぎて、何から話せばいいかわからず、せっかくの熱々のビーフシチューも冷めちゃうぐらい、お土産話が止まらなかった。
ウィルのことやお屋敷でのお仕事のお手伝いのことも、バレンタインデーに貰ったリングのことも、お父さんとお母さんは、ずっと笑顔で私の話を聞いてくれた。
______________
お土産話が弾んだ夕食後、3人でのバスタイム。
決して広くはない浴槽の、真ん中にアリシアを挟み、肩を寄せあって湯に浸かる。
3人でお風呂に入るなんて、5年ぶりぐらいになるんだね。
頭の洗い終わったシャンプーの匂いのする濡れた髪、41℃の丁度良いお湯加減、お父さんとお母さんと入る久しぶりのお風呂に、自然と顔がほっこりする。
「さっき港の方に散歩に行ったらねぇ、ジニーに会ったの。アニスちゃんっていう彼女と一緒だったよ」
「そうねぇ、毎朝ジニーくんの家の前に女の子が迎えに来てね、二人仲良く学校に行く姿を良く見かけるわねぇ」
「そうなんだぁ、でもね。ジニーに"明日2人でお出かけしよう"って誘われちゃった」
「あら、良かったじゃない」
「どこに出かけるんだ?」
「えっと…、わかんない…聞いてなかった…」
急に誘われてすぐ走って行っちゃったから、どこに行くのか聞いていなかったな。
「でも…ジニーの2人でお出かけするのって、"浮気"にならないの?」
「幼なじみとお出かけするだけで浮気にはならないと…思うわよ?ねぇお父さん?」
お母さんがお父さんにも意見を求めた。
「そうだなぁ…、恋人とか浮気とか、まだ気にする年でも無いんじゃないか?まだ10歳だぞ?」
お父さんは顎に手を当て、考え込む素振りを見せて、お父さんなりの答えを出した。
「そうねぇ、ウィルソンさんは20歳の大人なのだから、見境無く女性と出かけるのは気を付けるべきだけど…。アリシアはまだ10歳で、まだまだこれから沢山の経験をすると思うの。ピンキーリングを貰えたのが凄く嬉しいのは分かるけど、まだそこまで焦って"ウィルだけ"って決めるのも早いとは…思っちゃうかな…」
この子は一度興味を持つとなかなか諦めず、周りが見えなくなる時がある…。
我が子の成長する姿を見るのは嬉しいことだけど、さすがに進展が早い気にするの…。
来年には"赤ちゃんが欲しい"なんて言い出しそうで…不安になる…。
「私ね…、ジニーが学校や塾に通っているのが楽しそうで、うらやましく思っちゃった…」
「学校…行きたくなったか?」
アリシアだって…、普通に友達と学校に行って、勉強して、遊んで、思い出を作る道だってあったんだ。だが、アリシアは私たちの仕事の手伝いをすることを選んだ。
それに甘えていた私たちにも責任がある…。
「学校にも行ってみたい…、でも…お屋敷のお店の手伝いもしながら、ウィルの傍に居なきゃって、悩んでる…」
わがまま…だよね、これじゃ…。
「学校はイシュメルじゃなくても、リザベートにだって学校はあるわ。ウィルソンさんだって借金の返済が終わらない以上、安心出来ないと思うの。学校に通いながらお店の手伝いをすることも出来るから、ウィルソンさんに相談してみたらどうかしら。アリシアが学校に行きたい気持ちになったのなら、お父さんもお母さんも手助けするわ」
「そうだな。今は難しいこと考えず、子供らしく、ジニーと2人でデートに行ってこい」
「うん。明日はいっぱい…楽しんで来るね」
お父さんとお母さんの励ましの言葉に、私を大切に思ってくれているお想いが伝わった。
でもその時、ちょっとだけ…、"お屋敷に帰りたくないなぁ"って思っちゃった…。
「ありがとう…お父さん、お母さん」
「「どういたしまして」」
肩を寄せ合って風呂に入るこの時間が、終わってしまうのが儚くて、愛おしくて。
家族の絆は今まで以上に深まって、これからもアリシアが、いつでも帰ってきたくなる居場所でいられるように。
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