第45幕 ゆびきりげんまん 2
交通機関の発展により、高速道路が開通したおかげで、以前はシンクローズを経由しないとイシュメルに行くことは出来なかったが、今はリザベートから真っ直ぐイシュメルに帰ることが出来る。
バスに揺られること4時間。
アリシアの乗ったバスはイシュメルの市街地に到着した。
私がイシュメルに帰省するのはお店がオープンする前だから、2年ぶりになるね。
その時はウィルも来てくれて、お父さんとお母さんにリザベートのお屋敷でお店を始める報告を一緒にしたの。
12時50分。
市街地の飲食店街を通り、アリシアはキャリーケースを転がし帰路に着く。
「おぉ~アリシアちゃん。久しぶりだなぁ元気だったかぁ?」
八百屋の前を通るとおじちゃん店主が声を掛けてくれた。
「こんにちはおじちゃん!元気だよ!24日までこっちにいるの!」
ヘアカット屋を営む母親の付き添いをしていただけあって、アリシアは街の人々とも顔馴染みのように打ち解けている。
路地裏を通り抜ける風と一緒に潮の香りが鼻に届く。
ジニーの家の前を通り過ぎ、斜め向かいの自宅に到着した。
ドアノブに手を掛けると鍵は開いていた。
お昼過ぎだからお父さんはお家に居るとは思っていたけどね。
「ただいまぁ~」
シーン…と静まり返るリビング。
家の中に入る。
すると2階から慌てたような足音が聞こえた。
「アリシアか!おかえり~、待ってたぞぉ」
「ただいまお父さん!」
アリシアはジークに抱き付く、ジークもアリシアをきつく抱き締めた。
手紙のやり取りはしていたけど帰ってくるのは2年ぶり。
「おっきくなったなぁ、もうすっかり女の人みたいだ」
「もぅ、お父さん…私は前から女の子でしょ!」
ぷくっと膨れた娘の頬っぺを優しい撫でる。
「はは…そうだな。おかえりアリシア」
「ただいま。身長は7cm伸びたよ!」
(胸は全然大きくならないけど…)
「どおりで大きくなったと思ったぞ」
「お母さんはお仕事?」
自宅の1階の一角をカットルームに改装した店内にはお客さまの姿もお母さんの姿もなかった。
そういう時は、お客さんのお家とか教会とかに出張カットに行っていると思う。
「カトレアばぁさんの家に出張行ってるはずだな…、15時には帰ってくるさ」
「そうなんだ…お部屋に荷物置いてくるね」
キャリーケースを再び持ち直し2階に上がる。
_____________
一方、キースの運転するワンボックスカーで移動するサンクパレス組は…。
「サンクパレスに新しくマカロン専門店がオープンしたんだって」
「ほんとに!あとで行こうシエル~」
シエルとリオンは買ったばかりのスマートフォンでネットサーフィンをする。
「キースあと600m先にサービスエリアあるから停まって、トイレ行きたい!」
「はいよ~」
カリーナやスージーに感化されスマートフォンをを持ち始めたシエルとリオン。
ガラケー時代から新しくスマートフォンという新しい機種が登場し出した。
僕はまだガラケーも使いこなせていないのに…。
時代の進化は早い…。
「キースは携帯電話持たないの?」
「俺か?俺はダメだ…、機械音痴だから。車の運転でやっとだぞ…」
「まぁ…今まで使って来なかったからね…」
「携帯電話の操作はリオンに任せてたしな」
サーカス団時代にも携帯電話はあったが、団長と遠征組のリーダーが持つ2台のみ。
しかも、利用料金の滞納とやらで通話出来ないことが多々あったので、無いのと同然みたいな感じだった。
「アリシアちゃんにケータイ買ってやれよ、ダーリン」
にやにやしながらマイルが言う。
「もうちょっと余裕出来たら…かなぁ。買ってあげたらぴょんぴょん跳ねて喜ぶだろうね」
ペアリング買ったばかりだから携帯電話まで買ってあげる余裕無くなっちゃった…。
アリシアは喜んでくれているけど、
携帯電話の方が先だったかな?…と、あげた後に思ったりもした。
サービスエリアに到着し、リオンとシエルが車から降りる。
「すぐ戻ってくるからねぇ」
スライドドアがゆっくり閉まる。
「なぁ、ウィルソン」
女子2人が居なくなった途端、キースがぼそっと喋りだした。
「なぁにキース」
「…マリーさんって……優しいよな」
「そ、そうだね」
「俺がマリーさんと話してたら…変かな」
「変じゃないと思うけど」
「お?キースはマリーさんと仲良くなりたいってか?」
マイルが後部座席から身をのりだし割って入る。
……少し沈黙…。
「ドライブに誘ってみようと思うんだ。マリーさんを」
「良いと思うよ。マリーはずっと屋敷に居るから遠出のお出かけとかしたことないだろうし」
「そうか…わかった」
「焦って襲わないようにな、殺されるかも。ネルソンが一回ナイフで刺されかけたから…」
あれは2年前だったかな。
「マジかよ…」
「マリーは最近、アリシアに護身術を教えてるみたいだよ」
「女性に守ってもらってたんじゃ男として格好つかないからな。男を魅せる時だキース」
「俺が守ってやれるようにな」
後部座席のドアが開く。女子2人が帰ってきた。
男同士の会話終了。
「お待たせ~」
「トイレめっちゃ綺麗だったよ!」
「そっか、良かったな。行こうぜキース」
「はいよ~」
_____________
その頃。
お屋敷で留守番をしているマリーとスージーは、
「それではスージーさん、私と一緒に庭園の剪定をしましょう」
「わかりました!」
剪定鋏とシャベルを持ち庭園に向かう。
庭木の剪定とプランターに育ったルピナスを花壇に移し替える必要がある。
するとメリルが正門をくぐり入ってくる。
「こんにちは~」
「こんにちはメリルさん、良いお天気ですね」
「ほんと、お出かけ日和ですねぇ」
「こんにちはシェフのお母さん!」
スージーはまだ少し緊張した様子でメリルに挨拶をする。
「スージーちゃんこんにちは」
「これから庭園の剪定を行うのですが、メリルさんも一緒にどうです?」
「はーい。喜んでお手伝いしますとも」
メリルはそう言って笑顔で剪定の手伝いを引き受けてくれた。
マリーはメリルに小さい剪定鋏を渡した。
マリーは高枝用の切り狭を用意する。
スージーはシャベルを持っている。
「スージーちゃんはウィルソンのこと"シェフ"呼びなのね」
「はい!優しく教えて下さる料理長ですから」
スージーのにぱぁとした笑顔の中には尊敬以外の感情の方が多いとすぐに感じとったメリル。
「やっぱりモテるわねぇウィルソンは、誰にでも優しいのよ?あの子」
「そ、それは…まぁ、優しい男性は素敵ですよね…」
身体を縮めてもじもじしながら言う。
「坊っちゃまは誰にでも平等に接していますからね」
「でもウィルソンにはアリシアちゃんがいるから、略奪はダメよ?」
メリルはスージーの顔を覗き込み釘を刺す。
「え!やっぱりそういう仲だったんですね!どうりで距離感近いと思いましたよ。でも…あれですね…ロリ…コン…ですね…」
「私はね、恋愛に年の差はあまり関係ないと思うわよぉ?運命感じちゃった?みたいなぁ?」
「アリシアさんのご両親もお二人の関係は認めてらっしゃいますから…まだ安心ですけどね」
「え…じゃぁもう…身体の…関係…も?」
「それはまだ早いから、止めるわよ私だって。ウィルソンもその辺は理性保てる方だと思う…」
「アリシアさんはそのまま流されてしまいそうですからね…、私たちが止めてあげないといけませんね」
リオンさんやシエルさんのような大人の女性と一緒に生活していると、自分も大人になったような感覚になるのかも知れませんね……。
「良かった…普通な人で…」
(それじゃぁ…私にもチャンスは…あるかも…)
とスージーは諦めかけた気持ちを取り戻すのであった。
疎らに飛び出した庭木の芽をゴミ袋に摘み取り、剪定は終了。
ルピナスの花の植え替えも終わり一段落した。
「では、次は屋敷裏のお手入れに行きましょう」
「観光客もあの丘は気に入ってくれていますもんね」
「はい、とっても有難いです」
屋敷脇の細道を渡り、原っぱに向かう3人。
「そういえばマリーさん。私気になっていたんですよ」
スージーがマリーに訪ねる。
「はい、なんでしょう」
「白樺の木の間にあるお墓は誰のお墓なんですか?」
「あれはですね、ダニエル•ウィンターズという
、ウィルソン坊っちゃまのお兄さんにあたる方のお墓ですよ」
「ぇ…」
その話しを隣で聞いていたメリルは歩みを止めた。
「シェフにはお兄さんが居たんですね!」
「でも…不慮の事故で、6歳で亡くなってしましました…」
「それは…本当ですか…マリーさん…」
歩みを止めたメリルが青ざめた顔でマリーに聞く。
メリルの方を振り返るマリーとスージー。
異様な様子にマリーはメリルに駆け寄る。
「メリルさん大丈夫ですか…、ごめんなさい…私はてっきり知っているものだとばかり…」
それもそのはず、墓石に"R.I.P.D.W"としか刻まれていないのである。
何年に生まれて、何年が没日なのか、名前もイニシャルだけでフルネーム表記ではなかったからだ。
「ごめんなさい…私…帰ります…」
「ダメです!…話しますから、詳しく。このまま帰したら…メリルさんが心配です…」
「…はい…」
手首の傷痕には前から気付いていたけれど…、今メリルさんを1人にしたら…また…。
「お屋敷に入りましょう」
このお屋敷で別の女性と世帯を持って。メイドとして仕えた私にさえ、本当の双子のように紹介し、本当の家族として過ごしたあの日々は、私にとっては何よりも心の支えだった。
でも…、その間…、メリルさんはずっと…、独りぼっちだった…、私なんかより…、ずっと…辛く寂しい日々を過ごしてきた…。
ろくな説明もされず、最愛の息子を2歳になる前に手放して…。
「ごめんなさい…マリーさん…」
スージーも悪気がなかったにせよ、とんでもないことを聞いてしまったと、後悔した。
「スージーさんにも…話しますから…」
マリーはメリルの震える肩を抱き、屋敷に入って行った。
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