第40幕 出会いと縁~えにし~ 2

カランカラーン…

玄関の扉が開く音。

「いらっしゃいませ~!…2名様でよろしいでしょうか…」

アリシアが玄関で出迎える。

男性は少し屈んでアリシアの目線に合わせる。

「こんにちは、13時に予約をした"クラーク"と申します。席の用意は出来ていますかな?」

「あ、はい!お待ちしておりました。ご案内します!」

クラークと名乗る男女をアリシアはリビングルームに案内した。

「あ、お父さん、お母さんこっちだよ」

「お~スージー、ここに居たのか」

スージーは父と母に手招きをして1卓席に呼ぶ。

「ただいまメニュー表をお持ちしますね」

アリシアがテーブル席まで誘導する。

「ありがとう」

赤い髪の女性はアリシアにニコりと微笑みお礼を言った。

アリシアがリビングルームを出てキッチンに

向かう。

(…びっくりした…一瞬シエルお姉ちゃんかと

思ったよ…)

キッチンの扉を開ける。

「1卓席にご予約の2名様ご案内しました」

「ありがとうございますアリシアさん」


「スージーはこのお屋敷で仕事をするんだな…、頑張るんだぞ」

父親がスージーを励ます。

「うん!楽しく仕事出来そうな気がするよ」

テーブル席の窓側に座る母親は庭園の

様子をぼーっと眺める。

母親にも庭園で客寄せをしている2人がかつて

手放した娘と息子であることには気が付いた…。

「どうしたの?お母さん」

スージーが母親に聞く。

「あ、いえ…綺麗なお庭ね…」

母親は庭園に視線を向けたままスージーに話す。

「そうね!わたしも気に入っちゃった!」


(……まさかこの街で……あの子たちの姿を見る

ことなるなんてね………)


________________


それは16年前に遡る…。

シエルとマイルの姉弟が7歳の誕生日を迎える

少し前のお話である。


"ハンジア市国"という都市の外れ街。

ハンジア市2区3番地の小さな集落にシエルとマイルの姉弟が住む家があった。

中世代の石灰岩や砂岩の酸化変質により、

ハチミツ色に見える街並みは、

観光の名所としても称される程の

穏やかで綺麗な街である。

5軒が連なる長屋の2軒目が双子姉弟の住宅だ。


ハンジア市の銀行員である父"サンズ"と

ハンジア市の歓楽街のストリップバーの

No,1ダンサーである母"イザベラ"との間に生まれたシエルとマイル。


昼間働く銀行員の父と夜の歓楽街で働く母との間にはすれ違いが生まれ、冷めきった夫婦の間には笑顔はおろか会話も無い。

この家で生まれた双子姉弟にとっては、

この家庭環境が日常であり、

お父さんとお母さんが入れ替わりで帰ってくる、

ごく普通の"幸せなお家"だった。


―そんなある日のこと。


5月27日。時刻は16時40分。

「それじゃぁ、お母さんはお仕事行ってくるから、お留守番よろしくね」

「いってらっしゃいお母さ~ん」

マイルが出勤前の母親を玄関で見送る。

マイルはにこっと笑い母親に手を振る。

母親もそれに応え、手を振って玄関のドアを開け外に出て行った。

すん…と真顔に戻るマイル。

 …お母さんは仕事に行くって言っていた

   けど…、いつもより化粧が濃かったな…。

双子姉弟の通う学校のクラスの間でも"風俗嬢のお母さん"と後ろ指を指されるようになっていた。

"お前のお母さんは普通じゃない"と罵られることもある。

そんな日々が続くうち、マイルも自分の母親に

嫌悪感を抱き始めている。

  …普通のお母さんって……なんだよ…。

父親は17時30分頃にいつも帰宅してくる。

それまでこの家はシエルとマイルの2人だけだ。

マイルは階段を上がり子供部屋に入る。

「お母さん仕事行ったよ」

「もうすぐお父さん帰ってくるねぇ」

2段ベッドの上の段に寝ころぶシエルは

"絶景スポット100選"という雑誌を読んでいる。

「"オーロラが見られる極寒の北極地"だってぇ、行ってみたいねぇマイル!」

「ぇ~…寒いの嫌なんだけど…」

学校と家との行き来しか基本的にしたことが無い双子姉弟にとって、この部屋の本棚にある図鑑や旅行雑誌の読書が夢を見せてくれる

唯一の楽しみだった。

   "リンローン…リンローン…"

玄関のチャイムが鳴った。

「お父…いや、お客さんか…」

壁に掛けられた時計を見るが、父親の帰ってくる時間にはまだ早い。

「みてきてマイル~」

「はいはい…」

「"ハイは一回"だよ?マイル」

雑誌を眺めたままシエルはマイルに話す。

マイルは何も言わず部屋を出て玄関に向かう。


玄関の扉を開けると、

黒髪白髪混じりで痩せこけた顔の中年男性が立っていた。

「こんにちはぼく…、お母さんは居るかな?」

「…お母さんは仕事に行ったけど…」

「そうなんだぁ…、何時に帰ってくるかわかるかい?」

「お母さんは朝6時まで帰って来ないけど…、

もうすぐお父さんが帰ってくると思う」

マイルが"お父さん"という言葉を口にした途端、男性は慌てる素振りを見せる。

「そ、そうか…、では私はこれで失礼するよ…、ありがとうぼく…」

すると男性は辺りを見渡し、早足で双子姉弟の居る家を離れ、街へ消えて行った。

 …初めて見る人だった…、お母さんの

          知り合いなのかな?…

母親がどのような仕事をしているのか詳しく聞いたことがなかったマイルは、父親の帰宅を待って、"知らないおじさんがお母さんに会いにきた"

と伝えることにした。


マイルは2階の子供部屋に戻り、シエルに先ほど来たおじさんのことを話す。

「今日のお母さんいつもより化粧が濃かったんだよね…、それに知らないおじさんが家来たし…、なんかおかしい……姉ちゃんはどう思う?」

「ここ最近ずっと仕事してるから、疲れを見せないために化粧を濃くしてるんじゃないの?」

「それか今日は違う仕事とか…」

「例えば…なによ?」

姉ちゃんは母親を信用している。

いつも通り仕事をして、いつも通り早朝に

帰ってくると思って疑わない…。

それが姉ちゃんの良い所ではあるけど…。

おれには何か母さんが隠し事があるんじゃないかと思ってしまう…。

 …何かあったら姉ちゃんを守れるのは

              おれだけだ…。


―父親が帰宅して17時40分。


シリアルにミルクをかけただけの、

色映えもしない3人での夕食。

だがその夕食も、シエルとマイルにとっては

ごく自然な日常なのだ。

「お父さんとお母さんってどこで出会ったの?」

シエルは父親にそれとなく夫婦の馴れ初めについて聞いてみた。

「どうした急に…、そんな事をシエルが聞いてくるなんて…」

「お父さんは夕方帰ってきて、お母さんは夕方からお仕事行くのにどうやって出会ったのか気に

なったの」

「それに学校では、お前のお母さんは

"普通の仕事じゃない"って皆に言われるから

気になったんだ…」

マイルがシエルの説明につけ足す。

サンズは戸惑いながらもイザベラとの出会いについて、重い口を開いた。


「そ…そうだな…、あれは9年前になるな…」


_______________


お父さんはハンジア都立大学を卒業した後、22歳で第一都立銀行に就職したんだ。

4月の下旬、新歓迎会と称して同じ部署の先輩方と飲み会に誘われたんだ。

二次会で訪れた"バーバチカ"というストリップバーでイザベラと出会ったんだよ。

私もストリップバーなんて行ったことがなかったから、最初は戸惑ったし、客に裸体を晒してチップをもらう姿を良く思っていなかったんだ。

部長が私の肩に腕をまわしてこう言うんだ。

「あのNo,3の子に、お前話しかけて来い。

チップ持ってな」

「わ、私はいいですよ…」

白とピンクのスポットライトがステージを照らす。

ステージ上にはランジェリー姿で艶やかに裸体をくねらせる女性が3名、お客さんに向けてショーを行っている。

私は戸惑いながら、ステージ左側に居るNo,3の

女性に話しかけに行った。

当時、No,3の"ローズ"という源氏名で活動していたのが、これからお父さんが付き合うことになるイザベラだった。

艶やかな赤い髪、褐色の肌と潤んだ緑の瞳…。

"ローズ"という名前に相応しい綺麗な女性だった。

「ほんとうに……綺麗だ…」

「ありがとう……おにいさん…」

私は彼女の美しさに魅了され、吸い込まれるようにステージの端に座り、彼女の伸ばす指先に緊張で震える手を静かに添えた…。


 …一瞬、時間が止まったかのように……

  ……私とローズは見つめ合った…

    …2人だけの空間に居るような……


「こら!触っちゃダメだ!」

部長が私を呼び止めたおかげで正気に戻った。

ここはストリップバーであり、お店の商品でもある女性達への接触は厳禁なんだ。

その事を私は知らなくて、ステージ脇に居た体格の良いボーイに取り押さえされた。

「え!あっ、ごめんなさい!」

「あ~ぁ、触っちまったか…」

部長がうなだれている。

私を含め二次会に参加した同じ部署の5人はお店を出されてしまった。

「すいません部長さん…」

「大丈夫さ、まぁでも良い経験になっただろ?」

部長は私の肩を叩く。

「そう…ですね」

「よし!気を取り直して次だ次!」

「え~またですかぁ~」

「終電無くなっちゃいますよ~」

これが私のストリップバーデビューであり、

イザベラとの最初の出会いだ。


それから2、3回お店には行くようになって、

ローズと同伴できるようになり、

"イザベラ"という本名を知り、

イザベラから電話番号の書かれたメモを受け取るまで、そう時間はかからなかった。




























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