第38幕 エーデルワイス 3
「「かんぱ~い!!」」
19時30分、ウィルソンの20歳を祝う誕生日会がリビングで行われていた。
「いや~、今日でウィルソンも20歳かぁ、これで俺たちの仲間入りだな!」
キースが缶ビールを片手にウィルソンの肩に腕をまわす。
「おかげさまで20歳だね、ありがとうキース」
「ウィルはこの屋敷の"大将"だから、これからもっと頑張ってもらわないとな!ほら飲め20歳!」
ウィルソンの持っている烏龍茶のグラスにビールを注ごうとするマイル。
「いや、まだ烏龍茶入ってるからこれ」
グラスに手で蓋をしてビールを注ぐのを阻止する。
「はいウィル!お誕生日様のケーキだよ!」
アリシアがホールのバースデーケーキを取り分け、皿に乗せ持ってきてくれた。
「ありがとうアリシア」
「えへへ」
「お?いつから"ちゃん"付けじゃなくなったんだよ」
マイルが2人に聞く。
「いつからだと思うマイルお兄ちゃん」
アリシアがマイルの質問を質問で返す。
「え?…このお店がオープンした時から?」
「ぶっぶー!違いまぁす」
「アリシアの誕生日だよ。9月25日」
「あ~、確かめっちゃお店忙しかった時期だったから10歳の誕生日会してなかったもんなぁ」
「庭園で食事するお客さんも多かったぜあん時は…、最後ら辺から腕上がんねぇの」
庭園で客寄せをしてくれていたキースが当時の状況を吐露する。
「9月23日から28日まで予約で埋まってたからねぇ…」
「私が誕生日会とかプレゼントは要らないから、"今日からアリシアって呼んで"ってウィルに頼んだの。ねぇ~」
「そうだったね」
アリシアとウィルソンが顔を見合わせる。
「「なんだ、ただの"天使"か」」
キースとマイルが同時にビールに口を付ける。
「て…、てんしじゃないですぅ」
顔を赤くして慌てるアリシア。
「アリシアちゃんも今日からウィルのこと"ダーリン"呼びにしてみたら良いんじゃないの?」
シエルがアリシアに提案する。
「それ本人を前にして言うの?」
とウィルソンがシエルに言う。
「ダ、ダーリンは……まだ早いっていうか…、
キャラじゃないっていうか…」
アリシアがダーリン呼びを渋る。
「は~い!ウィルソンのチョコレート完成したよ~!」
キッチンからリビングにやってきたリオンの手には長方形の黒色の陶器皿。
皿の上にはココアパウダーを纏った一口サイズのチョコレートが縦8×横3の配置で盛られている。
「お、きたきた~!」
「食べたらビックリするよ~」
「ウィルのためにみんなで作ったんだぁ」
リオンがテーブルに置いたチョコレートのお皿をアリシアが持ち、ウィルソンの顔の前に差し出す。
「チョコレート?さっき閉め出されたときに作ったんだね、ありがとうみんな」
「俺たちも食べて良いんだろ?いただきまぁす」
マイルが我先にチョコレートを指でつまみ取る。
「あんた…ウィルが先でしょ普通…」
シエルが呆れ顔で注意する。
「ウィルもはい。あ~ん」
アリシアがチョコレートを一粒取り、ウィルソンの口に運ぶ。
「あーん」
…みんなの前でやるの恥ずかしいんだけど…。
「もっと詰めちゃえ詰めちゃえ!」
追加してシエルが2粒をウィルソンの口に入れる。
ギーンゴーン…。
玄関のチャイムが鳴った。
「私が見て参りますね」
マリーが立ち上がり玄関に向かう。
玄関のドアを開けた。
「こんばんは~、賑やかですねぇ」
「メリルさん、こんばんは。
ちょうど今、坊っちゃまのお誕生日会を開いておりました。どうぞ、お入りください」
「はい、お邪魔します」
マリーとメリルがリビングに向かうと…。
「かっらー!!なんだよこのチョコ!
めっちゃ辛い!」
マイルはチョコレートを口にした途端、顔を真っ赤にし、喉を抑えていた。
マイルの顔から滝のように汗が吹き出る。
「あはは、それ当たり~。中にハバネロソース入れといたんだよ~」
リオンがマイルの様子を見て嘲笑う。
「…なんでそんな物……中に」
「ただチョコレート作っただけじゃつまらないからロシアンルーレットにしてみたのよ。食べてからのお楽しみよ」
シエルがチョコレートについて補足して説明する。
「へぇ~、面白いそうじゃん。俺もも~らい」
キースがチョコレートを取り、口に入れる。
「ん?なんかゼリーみたいなの入ってる…梅酒か?」
「そう。梅酒のゼリー入れたやつが本命」
「ウィルはどうだった?」
アリシアがウィルソンの顔色を伺う。
「………」
うつ向いて反応がない。
「大丈夫ですか坊っちゃま…、
…私は"やめた方が…"って言ったんですよ?…」
マリーもウィルソンの傍に駆け寄る。
「……ほんと……かわいいったら……」
「ウィル?…」
「ないわねぇーー!もう食べちゃいたいわぁ!」
トロ~んとした目。
真っ赤な顔と妖艶な口調。
完全に人格が変わったウィルソン…。
「あ、効きすぎちゃったかな?」
「他に何入れたの?!シエルお姉ちゃん!」
「アリシアちゅ~しよ、ちゅ~」
ウィルソンは口をすぼめチューの口にしてアリシアに迫る。
アリシアは両腕を突っ張り棒のように伸ばし、ウィルソンの接近を阻止する。
「え?…ハバネロと梅酒とスッポンの血?」
「…お前らチョコレートに入れるもんじゃねぇからな!げほっげほ」
マイルが辛さに咳き込みながらツッコム。
ウィルソンの顔がスロットマシーンのように切り替わる。
「俺のもんだぜ……アリシア…」
ウィルソンのと唇の距離、30cm。
……あ、…でも…これは夢にまで見たシチュエーション……。
……ウィルと…キス……出来るんだぁ…。
アリシアもゆっくり目を閉じ、突っ張っていた腕の力を緩め――。
「アリシアちゃん伏せてぇ!」
ズビッシャァアアン!!!
ウィルソンの横っ面にバケツの水をぶちまけたのはメリルだった。
水の衝撃により、
ウィルソンは横に倒れ気を失った。
近くにいたマイルにもバケツの水がかかってしまった。
「あらぁ、ごめんなさいマイルさん。辛いの収まったかしらぁ…」
「あ……これはどうも…」
「アリシアちゃん唇は無事ぃ?!」
メリルがアリシアのほっぺをむに~と引っ張り、目を覚まさせる。
「ふぇ?…あ、はぃ…」
「こんな酔っ払いに大切なファーストキスを
奪われて良いのぉ!?
ぜっったいシラフの方が良いでしょぉ??」
「え?…ま、…まぁ…」
酔っ払いでも良かったかのように目が泳いでいるアリシア。
横たわっているウィルソンの胸ぐらを掴むメリル。
「こらぁ~しっかれしろよ~ウィルソ~ン」
メリルの目がトロ~んとし舌も回らなくなっている。
「あれ!2粒減ってる!」
「お母さんもチョコ食べたんだね…」
キースとリオンがチョコレートが減ってることに気づいた。
「お~き~てよ~ウィルソン~ママがきたよ~」
ぐわんぐわんとウィルソンの頭を揺さぶるが一向に起きる気配がない…。
お酒に激弱だったことが判明したウィルソンの
お酒デビューは、たった3粒のチョコレートを食べたことにより眠ってしまい呆気なく幕を閉じた…。
____________
次の日、時刻は13時15分。
寝室のベッドの上で目を覚ましたウィルソン。
壁に掛けられた時計の時刻を確認する。
「えぇ!ヤバい!お店が!」
昨日のチョコレートを口に入れた後からの記憶がない…。
ウィルソンはベッドから飛び起き寝室の扉のドアノブに手を掛け――。
…コンコン
扉をノックする音ともに扉が開いた。
「あ、坊っちゃま。おはようございます」
寝室に顔を出したのはマリーだった。
「ごめんマリー…。全然起きれなかった……
…お店は?…」
「無理なさらず休んでください。今日はメリルさんもシエルさんもお店を手伝ってくれています」
「…そうなんだ……」
「今は8名のお客様がお見えですよ。
坊っちゃまはお身体大丈夫ですか?」
「いや……なんともないけど……」
「そうですか……良かったです」
マリーは優しく微笑んだ。
「アリシアを呼んできてもらえる?」
「あ、はい。お待ちください」
と言いマリーは扉を閉めた。
ウィルソンはベッドの端に腰掛け、昨日の記憶を思い返す。 が、思い出せない…。
―待つこと10分。
扉が開いた。
「おはようウィル。呼んだ?」
「ごめんアリシア…急に呼んじゃって…」
「ううん、大丈夫。いま休憩入ったとこだから」
………少しの沈黙…。
「原っぱ…行こっか…」
「え?あ、うん…」
ウィルソンはコートとマフラーを羽織り、
アリシアはカーディガンとポンチョを羽織り
外へ向かった。
外の気温は-3℃。
太陽が雪の積もった原っぱを照らす。
くるぶし程まで積もったサラサラな雪。
はいた息が白くなる。
ウィルソンは右側、アリシアは左側を手を繋いで歩く。
ウィルソンの右手には紺色の小さな紙袋。
アリシアの左手にはお気に入りのショルダーバッグを持っている。
「…女の子に贈り物をするってあんまり機会がないからすごく悩んだんだけどさ…、
気に入ってくれたら嬉しいな…」
ウィルソンが右手に持っていた紙袋をアリシアに手渡す。
「あ、待って私が先に渡すね」
ウィルソンからの紙袋を受け取らず、アリシアはショルダーバッグからリボンでラッピングされた赤い箱を取り出した。
「はいっ。バレンタインデーのマフィンだよ。
…昨日頑張って作ったの」
バレンタインデーにお菓子を贈ることなんて、
今までなかったから…、すごい…、
心臓がぽくぽくいってる……恥ずかしい……。
「ありがとう。後でゆっくり食べるね」
「…うん」
「じゃぁ僕からも。
はい、アリシア。受け取ってくれますか」
「はい……これはなぁに?」
「開けてみて」
紺色の紙袋の中には貝殻をモチーフにした
純白のジュエリーケースが入っていた。
「"ピンキーリング"なんだけどさ…、
僕と一緒に付けないかなと思って……、
アリシアの10歳のお祝いも兼ねて…」
ジュエリーケースを開くと小さな指輪が2つ並んでいた。
「…………」
「ぁ、嫌なら無理しなくていいからね」
「…ううん……すごく………うれしいです…」
顔を上げたアリシアの瞳は潤み、穏やかな表情で微笑んでくれた。
アリシアはジュエリーケースから小さい方の指輪を一つ取り出し、右手の小指にはめてみる。
「ふふ……ちょっとぶかぶか…」
「え!うそ!サイズ間違ったかな…、
取り換えてこようか…」
アリシアの小指のサイズとリングのサイズが合わないとこに慌てるウィルソン。
「ううん…、これが良い……。
…この指輪が似合うようになるまで……
…私と一緒に居てくださいね……王子さま……」
どっちが年上なのかたまに解らなくなるほど広い心で傍に居てくれるアリシア…。
こんな情けない僕だけど…、
一緒に居たいという気持ちに嘘はない。
これからも…。
「……約束するよ……お姫様…」
第4章 第1部 エーデルワイス 終 第2部へ
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