第20話 エピローグ1 『ケルベロス』の今後

 人類国家にすぐさま魔王軍の情報は知れ渡った。


 古の吸血鬼が語った帝国事変。そしてガルーダのフェニスが語ったことはすぐに精査されて魔王軍の記述が残っている文献をああることになる。


 チーム『ケルベロス』の証言が信じられた理由の一つに記録媒体という魔道具があったからだ。


 これは主に冒険者が討伐した魔物の数や種類を偽装しないためや、裁判などであった証言を残すために用いられる魔道具だ。冒険者チームには必ず一つは配布され、『ケルベロス』は後衛のジェシファーが持っていて撮影していた。


 記録媒体に保存された映像はどれだけ優秀な魔法使いでも改竄・編集できない。そのため映像を提出されただけでそれは本当のことだと証明されるのだ。


 王国はすぐに各国へこの情報を渡す。魔王軍が実在するなら国家間で争っていることなど足の引っ張り合いでしかない。すぐに世界で協力体制を敷くべきだと王国が中心となって呼びかけた。


 だが、最近戦争が勃発したペテル神聖国とヴェリッター十字国には上手く情報が伝わらなかった。どちらの掲げる神が正しいかという宗教戦争の真っ盛りで別の火種なんて気にする余裕がないのだ。


 そんな例外が二つあったものの、他の国は概ね良い返事を貰えている。『虹』の冒険者が虚偽の情報など流さないだろうという信頼と、帝国が滅びた原因と言われたら次の標的にされるかもしれないと他の国は焦ったのだ。


 王国は帝国を併合したこともあって人類国家では最大の国になった。その王国の庇護を得られるのならと協力体制に賛同する国は多い。


 そんな根回しをして数日。シャーロットは王城に来ていた。怪我や疲労もすっかりと元通りになって詳しい説明をした後に旧知の仲であるマリンクォーツ・ペトラ・ロン・ベルヘルト第一王女とお茶をするためだ。


 マリンクォーツは十五歳。シャーロットにとってはもう一人の姉のような存在だ。何度か王宮に来た時はアリスと一緒に三人でよく遊んでいた。マリンクォーツの髪色が蜂蜜色だったために金髪のアリスとシャーロットと並ぶと本当の姉妹のように見えるほど。


 二人はメイドに淹れてもらった紅茶を飲みながら、先日のガルーダとの戦いであったことを話す。


「そうですか、本当にアリスお姉様が……。神の御業でその時だけ復活を」


「うん。わたしを助けてくれたら、そのまま天に昇っちゃった。でもあの熱は本当に生きてるみたいだったよ」


「復活・蘇生魔法はグリモアにも記されていないのですよね?」


「それはわからないかな……。わたしもグリモアの全部を覚えたわけじゃなかったから。魔法も知識も膨大な量がありすぎて全部はわかっていないんだよ。先代継承者だったお父様も全部は知らなかったみたいだし。……それに燃えちゃったから今更確認もできないよ」


 シャーロットはそのことを寂しく思っていた。


 グリモアに憑いていた猫のような存在。グリモアの防衛本能が具現化した存在とのことだが、グリモアが燃えてしまったとなるとその猫も消滅してしまったということ。


 三年前に覚悟していたとはいえ、改めて知らされると心にくるものがあった。その猫は魔法の師匠であり、知識の先生であり、家族の一員だった。


 もう一度あの身体を、そしてなぜか生えている羽を撫でてあげたかったなと思っていたが永遠に叶わなくなってしまった。


 とある港町で惰眠を貪っているとは露知らず。


「アリスお姉様とグリモアの最期がわかっただけ良かったと思うべきなのでしょうが……。グリモアを求めての戦争の代わりに魔王軍との全面戦争を考えなければいけないなんて。雨降って地固まるといかないのが寂しいですわ。どうしてこの世界はハッピーエンドで終わらないのでしょう?」


「本当にね……。魔王軍のことってわかった?」


「相当古い歴史書に、数千年前に同じように人と魔王軍による戦争があったとわかったくらいです。流通している絵本が本当だったという証左の裏取ができた以上の情報はありませんでした。勝敗もわかりません。人類が生き残っているので一応人間の勝ちとしているだけですね」


「数千年前……。想像もつかない」


「その時から人類は魔王軍に監視された箱庭だったのかもしれませんわ。全く笑えませんが」


 笑えない冗談であってほしいという希望は残されていない。


 王国は魔王軍について『ケルベロス』の証言からかなり真剣に考えている。当時世界的にはNo.2だった帝国が一夜で滅ぼされたのだ。それを実行できるほどの軍事力を所持しているのは間違いない。


 そしてガルーダはアリスというSS級魔法を使える魔法使いが加わった最高ランク冒険者チームの『ケルベロス』ですら撤退させることが限度。そして次はアリスという存在がいない。


 『ケルベロス』の実力は前回の地龍に今回の古の吸血鬼とガルーダのことから疑いようがない。『虹』の冒険者に相応しい実力を持っている。そんなチームで幹部一体と互角でしかなかった。


 雑兵に魔物が大量にいて、幹部もガルーダクラスが複数いると予想できる。雑兵は王国の騎士団がどうにかするとしても、冒険者を総動員して幹部をどれだけ倒せるかわからない。


 『ブロンテス』という最強の冒険者チームがいる。長年『虹』を維持しているので実力は王国でも一番と言っていいが、さすがにSS級魔法が使える人間なんていない。むしろ現存する人類で最高ランクの魔法を使える人間なんて先日まで存在しなかった。


 今では共同魔法陣を使ったもののジェシファーが唯一の人類だ。火力という意味ではジェシファーが最強になった。以前からS級魔法を使えたので火力という意味ではぶっちぎっていたが、今回で最強だと確定させた。


 S級魔法だって使える人間は世界を見渡しても片手で足りる程度しかいない。その上の奇跡と称される魔法なんて使えるのは人類史を見渡しても数えられるほどしかいない。そんな上位者にジェシファーはなった。


 火力だけなら人類でもトップのジェシファーが倒せなかったガルーダ。王国には他にも『虹』の冒険者はいるが最大火力という点ではどうやっても勝てない。


 ここが一番の懸念だ。


「戦力はどうにかするしかありませんわ。ペテル神聖国とヴェリッター十字国もさっさと戦争を終えてくれないと食料やらの物資が不足しそうです」


「そっちも問題だけど、一番の問題は魔王軍の本拠地がわかっていないからどこへ攻めればいいのか、どこから攻めてくるのかがわからないこと。世界連合軍を結成したとしても動かしようがないんだよ……」


「そこはリスクがあるでしょうが、『虹』の冒険者を中心として調査をしていただく予定です。もし魔王軍と遭遇しても確実に逃げられるような実力者でなければ依頼できません。……本当に、世界のどこに隠れているのでしょう?」


 二人は世界地図を広げて首を傾げる。


 人類史が長く続いていることから世界地図は完成されていた。海も調べていて新たな島や大陸は見付かっていない。


 どこもかしこも人類の足跡があるのに、軍と呼ばれるほどの戦力がどこに隠れているのかわからないのだ。


「『ケルベロス』にも探索任務に当たってもらうことになります。緊急性の高い任務以外はずっと探索だと考えてください」


「わかった。警戒して当然だし、その辺りはギルド長と相談して。スピード勝負になるね」


「発見できれば防衛の準備もできますから。……気になるのは今回の二体とも我が国で発見されたこと。まさか灯台下暗しではないですけど、近くに拠点があったりしませんよね……?」


「どうだろ?どっちも飛べる魔物だったから距離はあんまり関係なさそう」


 『ケルベロス』は王家に全面的に協力して魔王軍の洗い出しをすることにする。他の冒険者チームが動くかどうかは報酬と期間、後は正義感があるかどうか次第だろう。割りに合わないと感じたら依頼を断るのも冒険者だ。


「そういえばトットカルク商会から受けていた依頼の報告はしなくて大丈夫なのですか?」


「こんなことになっちゃったからね。この後マルートに行くよ。……トットカルク商会にも全面協力を申し出た方がいいよね?」


「ええ。国王陛下が手紙をしたためてくださいました。ちょうどいいので持っていってください」


 マリンクォーツが袖の下から王家の印で封蝋された手紙を取り出す。マルートに行くことは変わらないために仕事のついでかと思ってシャーロットは受け取った。


「わかった。……マリンはまだ陛下と仲が悪いの?」


「三年前は帝国ともまだ戦争状態でした。なのに国境の警備を緩めたのは陛下です。帝都が陥落したと知っても王国は動きませんでした。クリスト候とトットカルク商会がいなければ元帝国民は餓死していたかもしれません。少なくとも今のような秩序ある統治など叶わなかったでしょう。……いざという時に腰の重い王など必要ありません」


 実の父親に対して、凄い言い様だ。それだけマリンクォーツはアリスを失ったことを悔やんでおり、そこからは王家の嫌な部分ばかり見るようになってしまい嫌悪しているのだ。


「だからってクーデターとかやめてよ?」


「本当にもしもの際はしますよ?今回は迅速に動きましたけど、もし動きが遅かったのなら私が実権を握っていたでしょうね」


「洒落になってないから」


「その時には『ケルベロス』の皆さんで力を貸してくださいね?」


「……まあ、いいけど。わたしだって三年前のことは思うところがあるし」


 物騒な話になってしまったが、いざという時にはシャーロットはマリンクォーツに力を貸すだろう。


 王国に恩はあるものの、国境の話を聞いて信用できなくなってしまった部分はある。だから飼い殺しになる宮廷魔法使いの地位を蹴って冒険者になった側面もあるからだ。


「ではアマリリス会長によろしくお伝えください。私はトットカルク商会と末永い関係を築きたいと」


「ん、了解。でもわたしたちでも会えないかもしれないからね?一回も会ったことがないんだから」


「私の方からも一筆したためましょう。国王と王女から二つも手紙が来たら困惑するかもと思いましたが、私のスタンスも伝えておく必要があります」


「あの会長はどっちを選ぶんだろうね。わたしも街の人の評価しか知らないからわからないなあ」


 そもそもトットカルク商会の会長であるアマリリスに会ったことのある人間の方が少ない。王国との交渉に来ていたのは元々マルートを治めていた元帝国貴族のクリスト候であり、トットカルク商会のことなど後から知った口だ。


 一応クリスト候から素晴らしい女性のおかげで立ち上がれたとは聞いていた。その時は帝国領のために頑張った女性がいるのだろうと思っていたのに、気が付けば世界を股に掛ける大商会が出来上がっていた。


 商会ができてからは会長としての仕事が忙しいのか王国に招聘することもできなかった。毎度毎度出張していたり忙しいと言われて断られているのだ。商会の規模を考えればそれも当然で、しかもアマリリスは冒険者としても活動をしている。


 王家の要請を断るなど不敬だと考える人間もいなくはなかったが、販路の拡大に取り扱っている商品数、そして予想売り上げを目にしたらとても文句を言えるような状況ではなかった。


 なにせトットカルク商会が曲がりなりにも王国に属しているおかげで税収が良いのだ。ここで権力のためにトットカルク商会を取り潰しでもしたら税収がガクッと減る。その額、国庫の数%に当たるのだから下手に貴族が手を出すわけにもいかなかった。


 それに商品がとにかく良い物揃いなのだ。貴族でも愛用している者が多く、マリンクォーツも化粧品などはかの商会の物を使っている。


 会長の素顔を知らない以外は、どこも傷がない商会なのだ。そんな商会に喧嘩を売る人間は今はいない。昔はいたようだが、それは全てアマリリスが返り討ちにしたのだとか。


「やっぱり街の人々の評価だと聖女様とかになるのかしら?」


「そうだね。実際三年前に救われた人が多いっていうのと、今も冒険者としての力を使って街を守ったりしているみたい。従業員にも優しくて、商会の人たちを家族だと思ってるんだって」


「……優秀な魔法使いで、聖女様のような人格ですか。まるでアリスお姉様のような方ですね」


「確かにお姉様も王国では聖女って評価を受けてたけど、ズボラな面もそこそこあったわ。王宮での礼儀作法は面倒だって言ってたもの」


「貴族ではありませんからね。回りくどい優雅さというものが貴族では尊ばれますから。アリスお姉様は貴族ではなく、グリモアの守護者としての側面が強く、そのことを指して聖女と呼ばれたわけですから」


 生前のアリスは若干十歳でS級魔法を使える才女として持て囃された。魔力量もズバ抜けており、彼女がグリモアを守護するのであれば万全だと評価された。一生をグリモアの守護のために費やすと決めて早期に守護者の代替わりが行われたことも要因の一つ。


 そして個人ではどうしようもなかったというのが三年前の結末だ。いや、シャーロットが持って帰った情報から帝国の一大作戦であったのなら仕方がないだろう。たとえ一人の戦力が突出していても、個で軍を相手するのは厳しすぎる。


 グリモアを守っていた村は偽装も込みで戦力をあまり常駐させていなかった。他の村より若干多い騎士と、自警団。それにシャーロットの一族しか戦力がいない。


 そんな戦力で帝国が絶対に成功させると意気込んでいた作戦を止められるはずもなかった。後詰に第三勢力である魔王軍の吸血鬼もいたのなら尚更だ。


「アマリリス会長にも一度会ってみたいですわ」


「どんな人なんだろうね。やっぱり聖女様って呼ばれるくらいだから美しい人なのかな?」


「美醜よりもその精神性で聖女と呼ばれている気がしますが。自費をはたいてシチューの炊き出しなんて普通できませんよ。当時の帝国領のことを考えれば尚更です。わざわざ牛乳などを王国から仕入れてまで帝国民に活力を与えるなんて、十代の少女ができるとは思えません。その土地を治める貴族よりも貴族らしい振る舞いをしたからこその聖女という評価でしょう」


 何故だか聖女という名前は美しい容姿をしているという通説がある。そして二人が知る聖女のアリスも美しい女性だった。身内の贔屓もあるかもしれないが、次の聖女もアリスと同じくらいの人物であってほしいという願望込みでの言葉だ。


 聖女の通説は持ち上げるべき人物の容姿も整っていると扱いやすい、民意を得やすいという思考があるからだ。簡単に言ってしまえば美しい女性に優しくされたいとか、天使や神が遣わした人物が醜い容姿をしていては困るという宗教的な理由であることが多い。


「もし会えたのならどんな方だったか教えてくださいね?」


「うん」


 シャーロットはマリンクォーツから手紙を受け取り、マルートへ向かう。


 結局またアマリリス会長には会えず、しかも不測の事態に見舞われたということで依頼の報酬はかなり上乗せされていた。確かに契約の段階で何かあったら報酬を上乗せすると書いてあったので『ケルベロス』としても多額の報酬を断れなかった。


 報酬ついでに新しい魔導書が完成したら買いに来たいと伝えて、販売されたら王都のギルドに一筆欲しいと伝えるとフレッドは了承。


 そしてフレッドから『ケルベロス』宛の手紙を受け取っていた。


「これは……」


「会長からです。『ケルベロス』の皆様が来られたら渡すようにと」


「アマリリス会長から?中身を拝見しても?」


「はい」


 トットカルク商会のシンボルマークである羽の生えた幻獣が記された封蝋をナイフで外し、中を改める。


 そこに入っていた物は王国への全面協力を伝える書状。


 そして、A級・S級魔法の種別と習得方法の羅列だった。


 入っていた物が規格外すぎてシャーロットは驚きの表情を隠せなかった。魔法の種別が書かれた紙はジェシファーにも見せて内容を確かめさせたが、彼女はすぐに頷く。


 内容が正しいということだ。


「……フレッドさんは中身をご存知でしたか?」


「いえ。皆様に必要なものだと会長は仰っていましたが内容までは」


「アマリリス会長はどのランクまでの魔法が使えるか、ご存知ですか?」


「確かB級のはずですが……。それが何か?」


「そうですか。ありがとうございます」


 つまりは習得していないはずの魔法についての造詣が深いということ。魔法は基本下位のものから順番に覚えていく。B級魔法が使えなければA級魔法に届くはずはない。


 そしてA級以上の魔法は各国が情報を制限している。使える者がいないからこそその魔法を独占し、自国の強みとする。その牽制も各国間で行われていた情報戦の一部で、その情報を得るために死んでいったスパイがどれだけいたことか。


 渡された紙に書かれている魔法は少ないものの、まさしく国が挙げて守るべき機密と言えた。


 商会からの帰り道でシャーロットはジェシファーに確認をする。


「どれも本当なんだよね?」


「はい。わたくしも知らない魔法はありますが……。知っている魔法の名称と習得方法は間違っていません」


「トットカルク商会はこれをどこから……」


「いえ、まあ。答えは一つしかないのですが。おそらく情報の出所は帝国でしょう」


「やっぱり?」


「これだけの魔法の情報を野放しにしている国はありません。となると最近なくなった大国しかあり得ない。この条件に見合うのは帝国だけです」


 そう、答えは一つだろう。


 問題は何故トットカルク商会が保持していて、今開示したのかということ。


「……トットカルク商会が持っていた理由は、おそらく軍関係の人を保護する担保として預かっていたとかでしょうか。理由はもう推測にしかならないのでこれ以上考えても無駄でしょう。今これを渡してきた理由は魔王軍が出てきたから、でしょうか」


「担保ねえ。まあ貴族とか軍の上層部だとしたら帝国が滅んじまったら何かしらの手柄でもないと王国に降るのも難しいかもな。トットカルク商会が当時の生命線だったら手土産にしてもおかしくないってか」


「わたしもそう思う。……王国にも伝えていいみたいだから、ちゃんと報告しよう」


 ジェシファー、フィア、シャーロットはそう言って王都へ帰っていく。


 『ケルベロス』はこれから世界を巡る。魔王軍の足跡を探して世界を巡っていき──。


 彼女たちは全員が『虹』に昇格した。そして王国最強の冒険者チームとして名を馳せていく。

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