第17話 4−1 三人→四人

 シャーロットは、いや『ケルベロス』は奮闘した。ガルーダと呼ばれる魔物との戦闘に人間三人はよく喰らい付いたと言っていい。そもそもが古の吸血鬼であるエクリプスと他二体の吸血鬼を倒した時点で疲労度が高いのだ。


 付属の二体はともかく、エクリプスは確認できている中で最強の吸血鬼だった。そうなるようにアマリリスが調整と強化を施し、苦戦させるようなギリギリのラインを攻めたのだから当たり前だ。


 アマリリスの、シャーロットが持つ『復讐者:十』というスキルの確認と近接能力の向上を目的とした計画に巻き込まれたのだからそれを打破した時点で『ケルベロス』の今夜の戦いは終わりのはずだった。


 大前提として、彼女たちはダンジョンを攻略した帰り道に襲われているのだ。疲労の蓄積や夜目の効かない人間が最強格の吸血鬼を撃破して、その後に件の吸血鬼よりも強力でタチの悪い神鳥に襲われることがおかしいのだから。


 『復讐者』のスキルが発動している覚醒したシャーロットがいるためにまだ戦いの形になっている。だがこの連戦は体力的に厳しいものがあった。


 ガルーダはその事実を理解したのか、攻撃が届かない上空でほくそ笑みながら地上にいるシャーロットたちに声が届くように発声する。


『ヴァンパイアを退けただけの実力はあったが、ここまでだな。魔王様はまだ魔王軍の存在を知らしめたくねえだろうからお前たちは消すぜ。人間の体力は玉っカスだからちょっと戦っただけで息が切れる。無様だなぁ、愚かだなあ。超越者になってみろよ』


「クソ!体力さえ戻ればあんな奴……!」


「わたくしやシャーロットちゃんの魔力の回復も急務ですわ。飛べなくなったら攻撃が届きませんのよ」


 ガルーダの煽りにフィアが歯軋りをしてジェシファーが嗜める。ジェシファーが言うことは正しく、接近戦をするにはシャーロットの『エンジェルフェザー』が必須で使えるのはシャーロットだけ。ジェシファーは使えない。


 ただ『ケルベロス』のパーティー編成からしてジェシファーが遠距離攻撃をほぼ全て担当しているので遠距離攻撃ができないとなると戦術が一気に減る。


 そしてジェシファーもシャーロットももう魔力が尽きる寸前だ。ガルーダはピンピンとしているのに継戦能力を失っては全滅必至だ。


 だが魔力を回復させるには超高級なポーションが必要だ。それも一つしか持っておらずここぞというタイミングでどちらに使うのかを読み図っていた。


 もう一つ魔力を回復させる手段が魔法にはあるが、それは回復というより譲渡であって魔力の総量が増えるわけではない。この事態を突破できるものではなかったので考慮外。


 シャーロットはガルーダを睨みながら息を整えている。彼女も昔から護身術は習っていたがメインは魔法の習得で、身体はそこまで鍛えてこなかった。冒険者になろうと決意してから本格的に鍛え始めたのでフィアのような根っからの武人には身体能力は敵わない。


 そもそもの体力がないのでこういう長期戦ではどうしても休憩を挟まなければ体力が保たない。


 残存魔力量も少なかったのでまさしく絶体絶命のピンチだった。


『お前ら、人間にしちゃ強いか?最近人間に会ってねーからわかんねえな。ま、目撃者を消すついでに一応魔王軍の習わしで聞いておくか。お前ら魔王軍に入らないか?世界を裏側から支配しようぜ』


「あなたたち、同じことしか言えないの?」


『組織ってそういうもんだからな。目撃者の口も塞げて組織の力は増える。ただ殺すよりは利益があるだろ』


「わたしたちの答えは変わらない。人間のまま生き続ける」


 シャーロットの質問にも淡々と答えるガルーダ。そんな偶然なんてなくてもいいのにと思っているとある猫が居たり居なかったり。


 断られた段階でガルーダは殺す算段をつける。


 最悪殺してからゾンビなどのアンデッドにして蘇生させても良いかと思い手に魔力を籠める。身体の原型さえ残っていれば良いかと攻撃性魔法を用意する。


 光が収束し始めた時に『ケルベロス』は散開してその魔法を避けようとした時に天から光の柱が降り注ぐ。その光の柱は家一つが飲み込まれるほどの太さでその場にいた誰もがその柱に注目してしまう。


 その魔力量からしてガルーダが警戒して当然の量だった。なにせ神の遣いである自分に匹敵する魔力量の存在なんて魔王軍以外に思い当たらず、魔王軍がこんな方法で現れるはずがないと分かり切っていたために貯めていた魔力を光の柱へ向ける。


 その柱が細くなっていき、光の収束点である地上には人間の影があった。


 その人間は小柄だ。大人ではなく、子供と大人の中間くらいの成長期と思われる身長で、格好はどこかの教会で働いているような一般的な修道服を着た少女。


 金髪碧眼・・・・でセミロングの髪をそのまま伸ばし、手には白い手袋も付けたどこをどう見てもシスターたる女の子。


 『ケルベロス』からすれば、いやガルーダが見ても驚くその容姿。修道女の服を着た人間が光の柱から現れたからではない。


 その少女はこの場にいるシャーロットと瓜二つの顔をしていたから誰もが視線を外せなかった。


 そんな正体不明な存在が現れたことはガルーダとしても目撃者が増えただけなので溜め込んでいた魔力を放ちかまいたちで彼女を切断しようとした。光の柱から現れてようやく目を開けた少女は眼前に迫る風の刃に動じることなく片手を前に出した。


「『弾け。パリィカウンター』」


 手から現れた障壁が全てのかまいたちを弾き返してガルーダに向かわせた。ガルーダもまさか返されると思っていなかったのか、即座に魔力を同じだけ籠めて相殺していた。


 『パリィカウンター』は防御魔法としては初歩の初歩だ。ランクとしてはEという低ランク。魔法使いならほとんどの人間が使えるほどの魔法だ。その程度の魔法でガルーダは自分の自慢の攻撃が弾き返されるとは思っていなかった。


 ランクの低い魔法はできることが高が知れている。だからこそ低ランクに分類され、習得難度も低い。『パリィカウンター』は精々Dランクまでの魔法を弾き返せる程度。


 ガルーダの攻撃はBランクを超えていたし、この魔法は相手に正確に返せる魔法ではない。周囲に弾くために仲間にぶつけてしまう可能性もある制御の難しい魔法だ。この魔法で魔法の使い方や戦いにおける広い視野を獲得するための講義が人間の中であるほどには題材としても優れている。


 たった今の攻防だけで魔法制御はもちろん、魔法の底上げと人間としてはありえない魔力量を誇っていることがわかった。


 ガルーダからすれば敵性戦力が増えたということだが、フィアとジェシファーからすればパーティーのリーダーと似た顔をした怪しい人物がド派手な登場をしたということしかわからない。


 なのでシャーロットの方を見ると、シャーロットは声も聞いたことでその人物が誰だか確信していた。だからこそ、茫然自失して動けていなかった。


「お、姉様?」


 その言葉を聞いてもフィアとジェシファーは納得できない。


 シャーロットの姉であるアリスは、グリモアの一件で死亡したはずだとシャーロットから聞いていたのだ。村の惨状からも生きている可能性は非常に低いと聞かされていたのであんな登場をした人物が同一人物かどうかはわからない。


 その声も届いていたガルーダが、アリスへ問いかける。


『テメエ、何者だ?』


「見ての通り、ただの修道女ですよ。人間たちの欲望によって殺されて、妹の危機にたった一度の神の御技によって馳せ参じただけの姉です。……遣える相手を違えたあなたに、神の遣いシスターの私が寄越されただけですよ」


『神は死んだ。……いや、正確には神殿に引き篭もっただけか。もうこの世界にはちょっかいをかけないはずだったが……いつもの暇つぶしか?』


「さて。詳しいことは聞いておりませんので。ただ私はあなたを倒して妹たちを助ける。それだけのために一夜の奇跡を行使させていただいたのです」


 アリスが魔力を迸らせる。


 その実力は世界でも有数の魔力で、どこにこんな実力者が隠れていたのだとガルーダでさえ疑うほどのもの。


 神に仕えていたとは言っても死後の世界にまでは干渉できないので死んでしまえば知ることもできないと理解していても、自分を撃破しうるだけの実力者に警戒は怠れなかった。


 即座にアリスとガルーダが手を向ける。魔法を使う際に指向性をつけるために手や腕、持っている武器を向けることと同じ動作だ。問答は終わりだと告げる合図だった。


『「スラッシュガスト」!』


「『貫け烈風、吹き飛ばせ森羅万象!スラッシュガスト』!」


 お互い同じ魔法を、Aランクの魔法を即座に使ってしかも同等の火力でぶつかり合っていた。そこに突然発生した竜巻にも似た風の渦に近くにいたフィアは即座にシャーロットとジェシファーを横抱きにして衝突地点からダッシュで逃げ出した。


 Aランク魔法のぶつかり合いに居合わせて被害を受けるわけにはいかないと戦士だからこその判断だった。


 逃げ出した先にはアリスが三人のそばにいつの間にか移動していた。


「ああ、シャーロットちゃん。酷い傷。『癒しのひと時をここに。キュアメディスン』」


 三人全員を回復させて、しかもリジェネ効果まであるSランク魔法を使ったことに魔法の知識が一番あるジェシファーは驚いた。Sランク魔法なんて使える人間は少ない上に、回復魔法の使い手はかなり少ない。


 癒しの力というものを持つ人間は世界を見渡しても非常に少なく、教会に行ったからと言ってシスターの誰かが使えれば良いというほどに適正がある人間がいない。


 そんな回復魔法を極めた人間が、シャーロットの姉だというのであればそれは血筋とグリモアの力だろうと納得できた。


「目くらましが効いているうちに、これも。『我が昂りを分け与えん。マナアドミニスター』」


 これは低ランクだが、他人に魔力を分け与える魔法だった。シャーロットとジェシファーに魔力を分け与えて、ある程度は戦えるように状況を整えていた。


 近くで見れば見るほどシャーロットと瓜二つの少女だった。少しだけシャーロットよりも大人っぽいだろうか。そして身体の起伏もシャーロットよりも大きい。あとは着ている服くらいで、差はそれくらいしかなかった。


「皆さん。力を貸してください。私、攻撃魔法はそこまで得意ではないんです。回復魔法や支援魔法メインなのできっと押し切られます」


「え?今でもあの魔法拮抗してるじゃん」


「超えられないということは決定打を打てないということです。それに私も魔力量には限界がありますから」


 アリスの言葉にフィアが今もぶつかり合っている竜巻二つを見てそう言うが、今のアリスにはアレが限界だ。


 本当は風属性が得意なガルーダの魔法と拮抗しているだけで世界最高峰の魔力なのだが、それを突っ込める状況ではなかった。


「……本当にお姉様なの?だって……」


「シャーロットちゃん、それは後で。あの堕ちた神鳥を倒したらちゃんと話しますから」


 困惑したままのシャーロットへ手を伸ばして、立ち上がらせるアリス。


 その暖かな手に。熱が籠った生きている人の証に、三年前と変わらない優しい手によってシャーロットは立ち上がった。


 たった一夜の奇跡によって、『ケルベロス』に臨時メンバーが加入する。


 悲劇の象徴たる姉妹の、初めての共闘が始まろうとしていた。

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