第16話 3ー5 黒幕→介入者

 黒幕気取りだったアマリリスは慌てに慌てた。


 屋敷の自分の部屋でシャーロットたちの利益になるように色々と手回しをしていたはずなのに、全てはアマリリスの手のひらの上だったはずなのに。気付いたら盤外の存在に一番引っ掻き回されていた。


 現場の『ケルベロス』も驚いているだろうが、驚き具合ではアマリリスの方が大きい。まだ『ケルベロス』としては新たな魔物が出たと、魔王軍の援軍が来た程度の認識に収まっている。


 それも魔王軍なんてものに信憑性が出てしまったのでアマリリスと同じくらい驚いている。要するにどっちもパニクっていた。


 アマリリスとしては予定調和の余興、というかシャーロットへの資金の援助と強化イベントくらいにしか考えてなかったのに、梯子をいきなり外された形だ。自分の関わる寸劇が現実に変わったようなもの。


 シャーロットの目的や復讐の相手をグリモアから架空の魔王軍へとすり替えるための偽装工作。その目論見は完璧に成功したと言っていいだろう。


 だが御伽噺の中の存在が実在して運悪く寸劇で用いていた時に本物が現れるなんて想定する方が無理だ。


 慌てている姉と比べて、話をしながら距離を取って回復魔法を使っているシャーロットは伊達に冒険者で最高位を獲得しているわけではなかった。常在戦場を心掛けて常に最悪の事態を想定していた。


「ど、どうしましょうグーちゃん。こんな事態は想定していなかったのですが⁉︎」


『僕だって想定外だよ。嘘が真になるなんてね』


「魔王軍ってなに⁉︎グーちゃん、白!」


『はい』


 猫のグリモアが魔法で白のグリモアを取り出す。契約者としてアマリリスとグリモアで空間魔法を用いて隠している。アマリリスの鍵は既に開けていたのでグリモアの許可が必要だった。


 グリモアが許可を出してアマリリスの手元に白い表紙のグリモアが現れる。


 すぐに魔力を通して該当のページが自動でバラバラと捲られて開かれる。


 アマリリスはすぐにその単語を指でなぞってその言葉の意味を調べる。


「魔王軍。その起源は二千年前の人魔戦争に遡る……?え、二千年前?そんな前のこと歴史書にも残っていませんよ……?人と魔物の全面戦争、その一戦力の総称である。魔物の総大将が魔王を名乗ったためにこの名称が使われた。魔物のみで構成された軍で、人間との戦いでかなりの猛威を奮った。詳しくは人魔戦争の項を参照」


 その説明にアマリリスは困惑しながらも人魔戦争の欄に移動するために魔力を通す。


 アマリリスはグリモアのことを守るために様々な勉強もしていた。特に王国の歴史については事細かに知っていたが、その王国も歴史は長くても一千年。二千年前の歴史なんてわかるはずもない。


 人魔戦争なんて単語ですら初めて聞いたくらいだ。


 アマリリスは白のグリモアを継承したと言っても全部の内容を見たわけではない。だから知らないことだらけでもある。


「人魔戦争。二千年前に発生した人類史史上最大の戦争。三十年に渡る長期の戦争であり、人類の六割が亡くなった。勝敗については不明。ただしこれ以降魔王軍の表立った軍隊行動はなくなったため人類の勝利と呼べる。……これ、本当に勝利なんですか?」


『被害からしたら負けだろうね。でもそうか、人魔戦争ね……』


「知ってるの?」


『ちょっとね。詳しくは知らないけど、魔王軍なぁ。そんなのいたっけ?』


 グリモアも心当たりがなかったらしい。色々と関連項目を調べるが魔王軍が実在することがわかっただけで、それ以上はこれ以上調べている時間はない。


 そろそろ現場に目を戻さなければまずい。


『シャーロットたち、結構苦戦してるよ。アリスが意地悪なことするから』


「私のせいですか⁉︎いえ、確かにエクリプスを送り込んだのは私ですけど……」


『でも曲がりなりにもエクリプスのおかげで拮抗できてるよ』


 眷属の目を通して、部屋の壁に投影魔法で景色が映っている。


 シャーロットとフィアが双方向から接近戦を仕掛けるが、ガルーダは空を飛んでそれを華麗に避ける。二人とも飛行魔法で飛んでいるのだが元から空を飛べる本領のガルーダには児戯に思われているのか距離は離される一方。


 地上からジェシファーが魔法を使って空から落とそうとガルーダの上から光線を降らせるが、上空を飛びながら迎撃魔法を用いて落とすことはできていなかった。


 エクリプスは上空からできるだけ魔法を避けてシャーロットを集中的に狙っていたが、エクリプスは直前まで人間だったので空中戦が得意ではなかった。そのためさっきは抵抗も少ないまま拮抗していたが、ガルーダの本領は空。


 ガルーダは攻撃を避けつつ空爆を仕掛ける。手から風を引き起こして全体にかまいたちで攻撃する。木々を真っ二つにするほどの切れ味を持った風刃は全員が動き続けて避ける。魔法を打って身体が硬直していたジェシファーもしっかり動いて風刃は地面に突き刺さっていた。


 追尾機能はないことが唯一の救いか。速度・貫通力もあるが避けられないほどの攻撃ではない。数が多くても三人を狙うために命中率は良くなかった。


『アハハハハ!ヴァンパイアを倒しただけはあるじゃねえか!この最強ガルーダと呼ばれたフェニス様についてこられるっていうのは貴様ら、相当な上澄みだな⁉︎楽しくなってきたじゃねえか!』


「え、あの?ガルーダって複数体いるんですか?」


『いるみたいだね。神鳥とはなんだったのか』


「真祖と同じで一体いるかいないかの存在じゃないのですか……?」


 ガルーダの言葉に聞いていたアマリリスはグリモアの知識がどんどん崩れていくのを体感する。白のグリモアに魔力を通してガルーダの項を確認すると、今知った情報が更新されて文字が書き足されていく。


 確認できた事柄が増えると自動筆記で文字が浮かび上がっていく。ページが足りなければ貯蓄された魔力によってページが追加され、魔力が足りなければ持っている人の魔力が吸われる。


 魔王軍に在籍している個体がいることと複数体いる可能性があること、そして落ちた個体ではなくガルーダとしての能力・特性は変わっていないことがグリモアによって証明された。


 アマリリスも他に真祖がいないものかと商会による表の情報網と吸血鬼の眷属による裏の情報網も駆使して調べたが真祖は全くいなかった。強者の存在はそこそこ発見できても真祖やガルーダ、魔王軍の存在は発見できなかった。


 シャーロットたちが倒した地龍の情報も集められなかったアマリリスだ。グリモアも持っていて夜であればかなりの数の眷属を使って物理的に調べられたのに全然把握できていなかった。


 自分の力に自信を持てなくなっていた。グリモアや眷属などのただの人間には持ち得ない物を複数持っていてもこのザマなのだ。自信をなくしても仕方がない。


 だが、自信を無くしたからといって、今やるべきことから目を逸らすわけにはいかなかった。


「グーちゃん、最初で最後の介入です。グーちゃんはここにいてください」


『結構介入してるくせに今更ァ?』


「表向きです!……いや、違いますね。アリス・クル・オードファンとしての最後のお仕事です」


『ああ、そういうこと。いってらっしゃい』


 グリモアを置いてシャーロットは移動する。もう夜も更けていて、メイドたちも帰っている。住み込みのメイドはいないのでアマリリスが夜遊びをしても誰にも文句は言われない。


 そもそも彼女が家を出る瞬間を、誰も目撃できない。部屋の灯りは点いたままなので誰もが部屋にいたままだと思っている。


 アマリリスはできる準備をしてから、転移魔法を起動した。

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