第15話 3−4 嘘→本当
『ケルベロス』とエクリプスの戦闘が始まってはや三十分。シャーロットは果敢にエクリプスへ攻め立ててフィアも同じように槍で突きを繰り出す。ジェシファーも攻撃魔法で牽制をしていた。
その状況の推移を見ていた少女はシャーロットの能力を確認してメモを取っていた。
「うんうん。『剣士の心得:十』になりましたね。それにあの『復讐者:十』のスキルもだいたい概要がわかりました。魔力や生命力は使わずに体力を消費する諸刃の剣ですね。回復魔法もあるので相性は良さそうですわね」
『ただなあ。シャーロットは回復まで頭が回ってないから短期決戦仕掛けるしかなくない?多分そんな思考しかないよ。バーサーク状態って言えばいいのかな。相手を殺すことしか考えてないんじゃない?』
「視野狭窄はありそうですわ。仲間も見えているんだかどうだか」
少女の目は特殊だ。対象のステータスを事細かに見えるために『復讐者:十』という特殊なスキルを検証することができた。
その過程で『剣士の心得』のスキルランクが上昇したのは最初の目論見通りに行って安心していた。
剣のスキルを伸ばすなら接近戦を高度なレベルで、しかも命の削り合いをするような実戦が一番伸びると考えた。努力も大事だが、貴重な経験は全ての努力に勝る時もあるという例だ。
事実少女の目から見ても大分剣筋は良くなっていた。少女は剣なんて使わず、身体能力で誤魔化しているので彼女が剣や武器について語ることはあまりできないが、短時間での急激な変化であればしっかりと比較できる。
「これ以上はスキルも変わらないみたいですね。シャーロットちゃんの体力も限界が近いですし、終わりにしましょうか」
『ああ、終わり?自決させるの?』
「トドメはちゃんとシャーロットちゃんに刺させますよ。腕でも討伐証拠品として残せば追加報酬も出るでしょう」
『アレ、個体としては配下の中でも結構強いのにいいんだ?』
使い魔が意地悪く聞く。
だが、答えは使い魔の中にあるのだから少女は気にもせず頷くだけ。
「どうすれば強い眷属ができるのか把握できましたから。あの程度の実験体を失うくらい、別に気にもしませんよ。元々ただの盗賊ですし」
『悪人以外吸血鬼にしないの?』
「元修道女としての意地ですわ。ただの人を吸血鬼にはしません」
『ご立派な信念だね。まだ君は人間と真祖で揺れているらしい。いっそ真祖になってしまった方が楽だろうに』
「嫌ですよ。そうしたらシャーロットちゃんへの愛も亡くしてしまいそうです。……本当にそんな化け物になってしまったら、シャーロットちゃんに殺してもらいましょう。殺されるなら有象無象にではなく、妹の手にかかるのが一番。なんて愛が重いですかね?」
『そもそもそれは愛なんだか。僕にはわからないよ』
知恵を司る使い魔も感情の名前は知識として知っていても、感情としての理解はできない。少女たちを見てなんとなくはわかっても全てはわからないだろう。それは人間とは種族が違うからこそ。
人間だってその感情を理解しないまま行動に移すことがある。人間じゃない使い魔は余計にわからないだろう。
使い魔の言葉に苦笑しつつ、少女はエクリプスの動きを縛る。
フィアの突きを感知できずに脇腹を突き刺され、シャーロットの袈裟斬りをそのまま喰らう。斬られた場所からも口からも血を大量に吐いてその場に倒れた。
吸血鬼は血を多く必要とする種族だ。戦闘を有利にするために使う特殊技能のほとんどは血を媒介にして発動している。
そんな元となる血を大量に失えば吸血鬼といえども死ぬ。胸の傷を手で抑えながらシャーロットを睨むが、もう魔眼も発動できない。
「クフフ……。さすがは稀代の勇者。だからこそ惜しい……。寿命さえ克服すればもっと武も鍛えられ、魔法も伸び、永遠を生きられたのに……」
「永遠なんているか!わたしはわたしとして人間として生きていく!──人間を舐めるな!」
その啖呵に少女は満足する。完全にエクリプスを殺そうとした時にそのエクリプスから念話が届いた。
『我が主よ!どうかもう一度チャンスを!更なる血があればこんな小娘どもに負けません……!』
「ああ、別にいいですよ。むしろ証拠が残る方が面倒なので死んでください。ご苦労様でした」
『……ッ⁉︎そんな、私はエクリプスですよ⁉︎貴女様にずっと仕えてきた、最強の忠臣を切り捨てると言うのですか⁉︎』
「そんな風に記憶を改竄したんでしたっけ?あなたを吸血鬼にしたのってここ一週間のことですよ?」
その事実にエクリプスは動かない心臓が締め付けられた感覚に陥った。
エクリプスの脳には少女にずっと仕えてきた記憶がある。執事のように彼女の世話もして、戦闘能力も眷属の中でも飛び抜けていて。だからこそ今回彼女の邪魔になる『ケルベロス』を殺す任務を与えられた、はずだ。
だというのにエクリプスに流れてくる少女の感情はシャーロットへの深い深い愛情。深すぎて狂気にも感じられる莫大な濁流に比べ、自分へ向けられる感情のなんと薄っぺらいことか。
自分への感情を砂つぶとしたらシャーロットへの感情は海そのもの。
思い返してみれば。
彼は少女に仕えたはずなのに今も少女と話している、ずっと側にいる使い魔の姿を思い出せなかった。それだけではなく、絶対の主人として崇めたはずの少女のことも靄がかかって全体像すら思い浮かべられない。
若い少女だった気がするが、それすらもどうか。顔なんて黒いインクがぶちまけられたようになっていて輪郭も思い出せない。
今繋がっているはずの念話越しに聞く声すらも少女のものだったか自信がなくなっていた。
少女に仕えている、一番の眷属だという自覚だけがエクリプスを支えるものだった。それが崩壊した今、彼はわずかに残っていた自我すら放棄した。
そこに残ったのは強大な吸血鬼だった抜け殻だけ。そうなれば少女は簡単に遠隔操作できる。
このままただ消えるのではシャーロットのためにならないと口を動かしてもう一芝居をする。最初に言い出したことを守ることこそが舞台の幕引きには必要なのだから。
「アァ……。申し訳ありマ、せん……。魔王様ァ……。人間、は、侮れま、せんぞ……」
それだけ言い残して背中にあった片翼だけ残して消滅させる。それ以外の身体は灰になって夜風に乗って消えていった。
完全に消滅したことでシャーロットたちは武器を下ろして一息付く。それと同時にシャーロットの身を包んでいた黒いオーラも消えていた。
だが、『復讐者:十』のスキルは消えていない。
「ミッションコンプリート」
『収穫は多かったね。シャーロットの実力は伸びたし、意味不明だったスキルも大枠は理解できた。パーティーメンバーの実力も把握できたし、完璧でしょ。君がやったっていう証拠も残ってないからね』
「しかもシャーロットちゃんには古の吸血鬼の追加報酬もあげられる。最高。あのジェシファーって人についてはもうちょっと注意深く観察しないといけないけど、それだって時間をかけるべきだから長期戦になっちゃうわ」
お菓子を食べながら観戦していた少女と使い魔もちょっとだけ張っていた肩の力を抜く。あとはシャーロットたちが帰ってきた時にまた適当な理由をでっち上げて会わないようにすれば偽装工作は終わりだ。
保温の魔法を使っていたココアを飲もうとして、戦場の近くに配置しておいた予備戦力の吸血蝙蝠が何かを見付ける。
その存在は上空から急降下してシャーロットたちの前に落ちる。その勢いは凄まじく、地面にはクレーターができていた。
そのデジャブを感じる光景に、少女のカップを持っていた手が止まって口に運ばれることはなかった。
衝撃で発生した砂埃の奥。眷属を通して見たその姿に少女は立ち上がる。
赤い体表に人間の胴体。鳥のような足に鷲のような頭部と翼。嘴も爪も生えているのに腕と手だけは人間のものだった。
その魔物の名前を少女は知っていた。神鳥から魔に落ちた存在。心変わりをしたのか仕える相手を変えたのかわからないが、今では絶滅危惧種にもされている希少な魔物。
ガルーダがそこにいた。
『おうおう。なにやら魔王軍とかなんとか聞こえたが……。この匂い、ヴァンパイアか?先走って人間に消されるって魔王軍の面汚しめ。目撃者は殺さないとなあ』
「「「嘘ぉ」」」
その言葉は戦闘が終わって安堵していたシャーロットとフィア。
そして嘘が真になってしまった黒幕気取りの少女の言葉が偶然にも一致してしまったものだった。
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