第13話 3ー2 古の吸血鬼→魔王軍幹部?

 即座に武器を構える『ケルベロス』。ダンジョンで休んでいたために体力、魔力共に十分だった。ただの吸血鬼を超える威圧感に周囲を警戒しつつ目の前の古の吸血鬼エルダーヴァンパイアへ戦意を向ける。


 シャーロットが即座に小声で「センサーエネミー」という敵感知魔法を使って調べられる範囲内に敵がいないことだけはわかった。


 本当は歯牙にも掛けないヴァンパイアラットが近くにいたのだが、戦闘能力は一切ないのでシャーロットに気付かれなかっただけだ。無害な小鳥や虫を敵と思わないことと同じ。


 相手の動きを警戒しているが吸血鬼は攻めてこない。


 そして吸血鬼の一番の利点であるはずの眷属もいなかった。


「フムフム。戦意も闘気も十分。年若い娘たちにしては確かな強者だと認めよう。しかしまだ人間の到達点には届いていない。勇者の手前だな」


「……随分お喋りなんだね」


「オヤ、我の魔眼も効かないとは。魅了対策用の魔道具を全員身に付けているな。吸血鬼相手に嫌な思い出でも?」


「世界で一番嫌いな魔物だ。消してやるッ!」


 シャーロットは吸血鬼の言葉に返答をしながらも殺意を隠さない。


 吸血鬼はそこまで高い殺意を向けられるとは思っていなかったのか、その真紅の瞳を大きくさせる。その奥にいる者が自身の秘密を絶対に隠し切ろうと決めた瞬間だった。


 殺意を向けられながらも仕掛けてこないのは『虹』冒険者としての理性が働いている証拠だ。いくら敵感知の魔法を使ったとはいえ、相手は待ち構えていた。どんな罠があるかわからないためにシャーロットたちから近付くことはなかった。


 彼女たちは吸血鬼と戦ったことがある。魅了の魔眼に鋭く伸びる爪。霧などに変化して物理攻撃が効きにくい。眷属が沢山いて待ち構えられていたら数の差からジリ貧になりやすい。


 そして挙げたこと以上に厄介なことは吸血行為。噛まれたら最後、血を吸われ尽くして死ぬか、吸血鬼になって自我を失って暴れ回るか。


 戦場で味方だった者が一転して強敵になるのだ。心情的にも戦力的にも許せることではない。


 ドラゴンが個体としての最強であるなら、吸血鬼は精神的にも兵站的にも生物を追い詰める群体としての王者だった。


 吸血行為は直接口を使われなければ大丈夫というのが吸血種に対しての冒険者たちの見解だ。まさか爪を突き刺しただけで吸血鬼に変えられる規格外な存在アマリリスがいることを気付けるわけもなく。


 だから武器は構えたものの、近距離戦を仕掛けるつもりはなかった。


「ムフゥ、どうやら相当嫌われた様子。だがあえて言おう。我と一緒に闇の世界を支配しないか?吸血鬼こそ、全ての生物の頂点だ」


「黙れ、下種ゲス!私たちは人間だ!吸血鬼に墜ちてたまるか‼︎」


「……立場などは手厚く保障するぞ?最高の贅、不満のない衣食住、戦いたいのであれば魔道具や武器も融通するが?」


「くどい!そんな甘言に騙されると思ってるのか⁉︎」


 吸血鬼は煽るものの、それに騙されず突っ込んでこない。


 それと奥にいる者は『ケルベロス』に会うことはあっても表の顔だけで乗り切ろうと決めた。


 シャーロットの成長が嬉しいやら悲しいやら。


 怒りを見せるものの、戦う上でそれを愚行に繋げないように抑え込んでいる。胆力も十分だと測れたので吸血鬼も両腕を広げて戦いに移る。ここからは奥の者もちょっかいを出さず、この吸血鬼に任せるつもりだった。


 吸血鬼への制限は一つだけ。吸血をしないこと。それ以外は本気で殺しにいく。


「デハデハ実力で引き込むまで。我の名はエクリプス。魔王軍幹部・・・・・なり。貴様らを鏖殺しよう」


「ハァ⁉︎」


 いきなり告げられた突拍子のない単語にフィアが思わず叫んでしまうが、吸血鬼エクリプスが指パッチンをすると似たような吸血鬼が二匹その場に降り立つ。シャーロットの敵感知の範囲から超えるような上空から急降下してきたために二人へ注意を促せなかった。


 降りてきた吸血鬼は古の吸血鬼ではなく、普通の吸血鬼のようだった。それでもただの吸血鬼よりは強そうだった。


 吸血鬼が増えたことよりも変な単語が気になってフィアが慌てる。


「戯言だよな⁉︎魔王軍なんて遥か昔に存在した御伽噺の悪者だろ!フィクションだよな⁉︎」


「さあ?そんな昔のこと、どこの国にも歴史として残っているかどうか。あの御伽噺を信じるなら一千年も前のことだよ?フィア、落ち着いて。そうやって慌ててるのは相手の思う壺」


「ムムム。つまらんな。我の告白もそう冷静にされてしまっては。しかしやはり人間の寿命は欠陥だな。どの生物も魔物に比べて寿命が短すぎる。世界を統べるには人間には欠点が多すぎる。だから複数の国に別れるのだろう。統一国家なんて夢の夢だな」


「弱点だらけの吸血鬼に言われたくねえぞ⁉︎」


 フィアをシャーロットが宥めるものの、それでも落ち着かない。エクリプスの言葉がどれもこれもツッコミどころだらけだったからだ。


 ジェシファーは静かに魔力を高めているだけ。眉を顰めているものの言葉には出さない。


「ホホン?貴様らは身に覚えがないと?三年前の帝国へ攻め込んだ吸血鬼事件。このところ増えている吸血鬼の目撃例。どれもこれも我ら魔王軍の活動の一環だが?」


「三年前の事件も⁉︎」


 これにはシャーロットも大きく反応する。


 マルハッタン帝国が自分の村での事件後に消滅したこと。それにも村の時と同じように吸血鬼が関わっていること。


 その奇妙な符合にシャーロットも疑問を抱いていた。そんな偶然があるだろうかと。村を襲ってきたのは確実に人間の部隊だったが、その後に吸血鬼が跋扈していたことも事実。


 この三年でグンナル王国周辺に吸血鬼の目撃例も多いのは間違えようがない。三年前の事件を契機に吸血鬼たちの箍が外れたように増殖していた。


 それら全てに理由があったとしたら。何かしらの作戦の一環だとしたら。


 魔王軍なる組織が眉唾なものではないのだとしたら。


 シャーロットはこの質問をせずにはいられなかった。


「グリモア、という魔導書に心覚えは?」


「ウン?世界最高峰の魔導書がどうかしたか?あれは元々魔王様から人間が簒奪した物だろうに」


 そのあっさりとした回答に。


 それまでと一切変わらない声色に。


 シャーロットは剣を持つ手に力が入り、剣先をエクリプスへ向けていた。


「……グリモアの所在は?」


「ハァ?どこでその言葉を知ったか憶測も立てられないが……失せたよ。他の部隊が回収しようとしたが、人間が燃やしてしまった。我々もとある村まで所在地を絞り込んだが、向かった時には既に一人の少女が燃やしていたよ」


「一人の、少女」


 シャーロットはそれだけで誰がやったことか察する。


 あの村の生き残りは逃げ出す前の時点で姉妹の二人だけ。その片方がシャーロットなのだから、考えるまでもないことだった。


「そう。お姉様は守護より消滅を選んだんだ。……ああ、八つ当たりだなあ。お姉様に生きていてほしかった。お前たちがもう少し早く辿り着いてあの人間どもを排除していれば、お姉様は死ななかったかもしれない。全部、自分にできなかったことへの棚上げだ。そして、そんな選択をしてしまったお姉様への八つ当たりだ。わたしへの負担を考えたのか、それともあの人間共に渡しちゃダメだと思ったのか。どっちにしろ、怨みますよお姉様」


 姉に届かないとわかっているのに、そんな恨み言に似た尊敬の言葉にエクリプスの奥の者が身悶える。


 なんだか勝手に持ち上げられているが、そんな崇高な志でやったことではないのだ。結果も偶然で、むしろチョンボをした尻拭いを嘘で固めているだけ。


 傍らにいる猫に似た生物は机の上でバンバンと前足で机を叩きながら色々なことに対して大爆笑。もう片方の前足でお腹を抱えている様は人間に瓜二つだった。


「最後に一つ。何でマルハッタン帝国を襲ったの?」


「フン。我らが至高の魔導書を燃やした元凶だぞ?アレがあれば今もこうして秘密裏に配下を増やす必要はなかった。計画が十年は遅れた腹いせだ。吸血鬼部隊の補充も必要だったからな」


「そいつらも元は帝国の人間なの?」


「ソウソウ。帝国の精鋭部隊だけあって吸血鬼の数が減らされてしまってな。軍人を吸血鬼に変えれば普通の人間を吸血鬼にするより強くなる。差し引きではプラスになった」


「そう……」


 シャーロットは情報の濁流を受け止めながら頷く。


 自分のスキルにもなっている復讐の対象で残っているのは魔王軍及び吸血鬼だけと知り。


 そのどちらのカテゴリーにも含まれる存在が目の前にいて。


 彼女の心に淀んだ感情を抑え込むのは限界だった。


 吸血鬼に近寄ってはマズイという理性も吹き飛ばして彼女の魔力が噴気し、ドス黒いオーラとなって彼女の身を包んだ瞬間に自己強化魔法でも使ったのかと見紛うほどの速度でエクリプスへ肉薄していた。


「死に晒せえええええええええ‼︎」


「ムウ⁉︎」


 不気味なオーラに人間の限界を超えた速度。そして年若い少女から繰り出されるとは思えない膂力を乗せた剣による上段斬りにエクリプスは必死になって右手の爪を全部伸ばし、剣のようにして受け止めていた。


 それだけでは終わらず、シャーロットは憤怒の形相を浮かべてエクリプスに連撃を加える。片手では無謀だと思ったのかエクリプスは両手の爪を伸ばして応酬を交わしていた。


 今までのシャーロットの剣技はお世辞にも達人と呼べるものではなかった。だが今の流れるような過激な攻撃の一つ一つは人が変わったよう。身体の使い方から剣の速度、古の吸血鬼という実質最強の吸血鬼を攻め立てている様は今までのシャーロットの実力から逸脱していた。


 その変貌に、やはりフィアが慌てる。


「ジェシ、シャーロットはどうしちまったんだ⁉︎」


「わかりません。でもわたくしたちのやることは一つです。残りの吸血鬼を排除してシャーロットちゃんの加勢をすること。やりますわ!」


「クソッ、速攻で潰す!」


 フィアとジェシファーも残りの二体の吸血鬼を狩るために動き出す。


 夜の帳に隠された激闘が勃発していた。

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