第12話 3ー1 ダンジョン→夜の草原

 『ケルベロス』はマルートで一泊して依頼の目的地である『魔導師の墓穴』に向かった。マルートからは馬車で三日もあれば目的地のダンジョンに着く。王都からの方が近いダンジョンだが、王都の冒険者はあまり行かないダンジョンだ。


 王都最寄りのダンジョンで、ダンジョン内から得られる物も多い。それでもここを訪れる者は少なかった。


 単純にダンジョンの難易度が高いのだ。


 『銀』以上の冒険者が入ることを推奨されるダンジョン。『銀』以下の冒険者チームであっても、パーティー構成によっては攻略できる。それでも制覇は難しいとしか言えない。


 十人以上で編成された『銅』のチームならある程度は攻略できるだろう。だがダンジョンは細い通路も多く大人数の行動を制限されることもあるので人数がいれば良いという話でもない。最終的に必要になるのは個々人の実力だ。


 『魔導師の墓穴』はダンジョントラップも凶悪なものが多いが、冒険者ランクの制限がかかる理由は純粋に出てくる魔物が強いのだ。その魔物に鏖殺される冒険者のなんと多いことか。冒険者登録をしたばかりの新人へギルドが最初に教えることは『魔導師の墓穴』には行くなということ。


 冒険者になってすぐのシャーロットも行くなと口を酸っぱくして言われた。魔導書が見付かったダンジョンを一刻も早く探索したかったが、ランクも人数も足りなかったためにギルド長から羽交い締めにされて止められた。


 その時は不貞腐れたものの、シャーロットは早々にランクを上げて『ケルベロス』全員が『銀』に昇格した段階でダンジョン攻略に挑んだ。その時は完全制覇とは行かず途中で引き返し、アルカトルの書も見付けられず三人または実力不足だと諦められた。


 それが一年ほど前。一年間鍛えて昇進した『ケルベロス』にとってこの難関ダンジョンは。


「フィア!」


「まかせな!あらよっと!」


 通路から飛び出してきた四足歩行でダンジョンを駆け巡る緑色の体表をしたポイズンダンジョンリザードを、フィアが長槍で釘差しにして毒爪や吐息を浴びる前に即殺していた。指示を出したシャーロットも他の魔物がやってこないかを魔法を用いて確認。


 すぐさま左側の通路へ剣を向ける。


「ジェシ!数八!おそらくデッドリースパイダー!」


「潰します。──蟲・鏖殺ペインヴァーミリアン


 蟲系統の魔物へ必中・必殺となる相性魔法を左側の通路全体に放つ。杖から放たれた紫色の靄のようなものが通路を突き進み、それに掠った蟲系魔物は感知されたデッドリースパイダー以外の魔物も軒並みコロリと死んでいた。


 その効果を読み取ったシャーロットが、一息つく。


「今のところこれだけ。ちょっと休憩しよう」


「オーケー。シャーロット、ジェシ。体力と魔力は?」


「問題なし。最悪魔力系ポーションを飲むから」


「わたくしも大丈夫です。まだCランクまでの魔法しか使っていませんから。魔力も潤沢です」


 たった三人としてのダンジョン攻略にしてはかなりの猛スピードで攻略していた。それもそのはず。『虹』はシャーロットだけだが、この三人で地龍を倒したのだ。実力だけなら全員『虹』クラス。『銀』程度のダンジョンであれば三人とは言え余裕があった。


 しかもメンバーが攻撃と回復、どちらの魔法も使えて接近戦もできる勇者シャーロット。武芸百般でどんな武器でも使える接近戦のエキスパートのフィア。魔法火力だけであれば世界で五本指に入るジェシファー。


 酷くバランスの良いパーティーであり、実力も今では王国内屈指どころか、世界でも最強の部類に入る。欲を言えば回復術師ヒーラーの専属が一人、ダンジョン攻略をするのであれば盗賊シーフが一人欲しいところだ。


 だが、この三人でも問題なく進んでいけた。


 ダンジョンは魔物が無限湧きするような仕様があるが、それでも安全地帯というものはある。全く魔物が近寄ってこない場所もダンジョンの中にはあるが、人間の産み出した魔道具マジックアイテム『魔除けの天幕』を使えばほぼ全ての魔物に襲われずに休める。


 魔道具とは名ばかりの、魔物が嫌がる匂いをした薬品を塗りたくっただけのテントだが、これが意外や意外。どんな魔物も寄り付かなくなる。もっとも、一週間も使えば効果はなくなる消耗品だ。


 彼女たちはダンジョンの奥深くまで潜り、二日目で目標の魔導師殺しを見付ける。


 魔導師殺しの見た目は奇怪な四本腕の悪魔だった。二本足で立ち、背中には悪魔族の象徴である蝙蝠のような黒い翼が生えた紫色の巨体。鋭く伸びた爪は魔法使いにとっての天敵だった。


「目標発見!お前ら、あの爪には注意しろよ!魔力を吸われるぞ!」


「わかってる!メインはフィアに任せたからね!」


 フィアが一番槍として突っ込む。魔力など才能のないフィアにとって触れるだけで魔力を奪われる魔導師殺しはただの凶悪な魔物に過ぎなかった。


 フィアが槍で突きを放つ。走った加速も乗せた一撃は『銀』程度の冒険者なら確実に殺せる火力がある。速さだって並大抵の魔物なら反応もできないほどの神速の一撃。それをひらりと避ける魔導師殺し。


 そこへ身体能力を強化させたシャーロットが片手剣を右手に持って突っ込む。まだ拙いながらも剣を振るう。三年間振り続けたしっかりとした剣筋で魔導師殺しの左腕の一本を斬り落とした。


 二人の連携によって自慢の四本ある内の一本を斬られたことで魔導師殺しとしてのプロフェッショナルたる本能が、押されていることを認められず絶叫を上げる。


「オアアアアア!」


 その絶叫は魔力を帯びていて、魔力を持った者への強制停止効果を持つ。様々な能力が魔法使いキラーだからこそこのダンジョンの中でも有数の強敵なのだが、それは『ケルベロス』には関係なかった。


 魔力を帯びた咆哮ハウルといえども、こういった魔力を帯びた行動や魔法などは純粋に高めた魔力の前では無力となる。シャーロットもジェシファーも元々魔力が高いこともそうだが、アルカトルの書のおかげで魔力量が底上げされている。


 そのため身体能力を魔法で上げているシャーロットも、魔法を発動しようとしているジェシファーも咆哮の影響を受けなかった。


 ジェシファーの魔力の高まりを感じてチームを組んで長いシャーロットとフィアは射線を空ける。


 そして、魔法式がジェシファーの足元から右手に移り、魔法が発動した。


「──マルチプル・ブラスター!」


 直線状に走る魔力の塊が魔導師殺しの頭を撃ち抜く。魔物の頭は消滅し、そのままバタリと倒れた。


 頭を破壊されて生きている魔物はゴースト系、アンデッド系のみだ。魔導師殺しは悪魔、頭を抜かれては死ぬ。


 シャーロットが索敵魔法を使って安全を確保すると、魔導師殺しの爪を採取する。それこそが依頼だからだ。


「まあ、今のあたしらなら勝てる相手だな。シャーロット、一体じゃ足りないだろ?」


「うん。十体くらいは必要かな。それくらい倒せば規定量に達するかも」


「結構深く潜ってやっと一体目だからな。いっそ全制覇するか?」


「それも良いかも。まだ魔道具もあるし、全部制覇すればギルドに地図も買い取ってもらえる。二次報酬でかなりの収支になるかも」


 爪をシャーロットとフィアで集めた後、『ケルベロス』は十日かけて『魔導師の墓穴』を全制覇する。魔導師殺しも十五体倒し、依頼の規定量を大幅に超えた。


 アルカトルの書や有能な魔道具もたくさん見付けて、彼女たちはホクホク顔でダンジョンから出る。ダンジョンで休みつつ、万全な状態で外へ出る。これからの方針としては一度王都に寄ってからマルートへ戻ろうとする。


 時刻は夜。


 既に静けさが辺りを征服する中、そこには異常な存在が一つあった。


 綺麗に浮かぶ満月。どこまでも広がる満点の星空。


 そして地上で羽を広げる、紅き瞳の羽を持つ男。


「クフフフフ。良い夜だ。処女が三人もいるなんて、最高の夜じゃないか……」


 それはシャーロットにとって、もう一つの復讐相手。


 古の吸血鬼が、そこにいた。

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