第10話 2ー4 大商会会長→シスコン盗み見姉

 シャーロットはトットカルク商会の実態が把握できずに困惑した。たった二年ちょっとでの急成長を遂げた新興企業。そこが世界中の誰もが発見できなかった魔導書の作成方法を確立できるものかと思案する。


 グリモアの指導を受けていたシャーロットだってその作成方法を知らない。いくらシャーロットがスペアだったために全ての知識を授けられていないとはいえ、この世の全てを識っていると言っても過言ではないグリモアの縁者たるシャーロットが知らないのだ。


 そこまで思考が進んで、ある可能性に行き着く。


(ま、まさか⁉︎この商会の裏にグリモアがあるの⁉︎それならこの発展具合も、魔導書の作成にも合点がいく!会長さんの実力も……。でも、本当にそうならグリモアの意思が望んでここにいることになる。そして、きっと会長さんが私たちの村を襲った犯人になるけど……)


 そこまで考えて、フレッドの後ろにあるトットカルク商会のエンブレムである翼の生えた獣のデフォルメされた絵を見る。


 グリモアは猫に羽が生えたような見た目をしていた。だが、壁に掛けられているエンブレムに描かれているのは四足歩行の獣に鷹の頭と翼を生やした生き物、いわゆる魔物であるグリフォンだった。


 想像していたものと違って、そう簡単にいかないかとシャーロットは肩を落とす。


(一応、まだ警戒をしておくけど……。こんなところにグリモアがあるわけないか。本当に誰かに悪用されてなければ良いけど)


 失ってから三年経ってもシャーロットは諦めきれていなかった。だから今でもこうして手掛かりがあれば探そうとしているが、そう簡単に見付かるわけもない。


 惜しいぞ、シャーロット。そのエンブレムは姉がグリモアのことがバレないようにと作った偽りのエンブレムだ。探している猫はこの街にいるぞ。


 シャーロットの百面相が終わった頃にフレッドは声を掛ける。


「えっと、依頼の続きについて話しても良いでしょうか?」


「あ、はい。すみません、どうぞ」


「シャーロット様の反応の通り、魔導書を作り出せたとなると市場を独占できます。アルカトルの書では高位の魔法使いの方々の需要に応えきれません。ですのでこの技術を手に入れたからこそ、我が商会はより良い物を求めます。職人として良い物を作りたいという我欲もあります。この依頼をお願いする理由は、そういうものです」


 フレッドの言葉にジェシファーが手を挙げる。どうぞとフレッドは促した。


「それは延いてはあなた方が崇拝するアマリリス会長のためでしょうか?彼女も魔法使いだったはず」


「ええ、そうです。あの方が戦うことを我々は止められません。ですが、あの方を守るためにできることはあります。商会のことや商売のことを会長は考えておいでですが、我々としてはそここそが最重要です」


 アマリリスが強いことは知っていても、いつも一人で戦ってしまう彼女のことを心配する者は多い。言ってもとめられないなら、最高のサポートをするだけだ。


 それが所持するだけで魔力が上がる魔導書ともなれば、最適なサポートだろう。


「ん?何で魔導書に拘るんだ?エンチャントされた防具とかもあるだろ?」


「ええ。我が商会でも扱っていますよ。そちらも鋭意作成中です、フィア様」


「杖だって上等な物はあるだろう?あたしらが使ってるのもそういうのだ。それを会長さんに渡すのはダメなのか?」


「それは魔導書の性質によるから、が答えになります」


 フィアの質問にも律儀に答えるフレッド。疑問なんて全部解消した方が良いのだ。


 エンチャント。武器などに彫られた古語によって効果が発生する、武器や防具そのものではない付与された性能のことを指す。


 エンチャント武器がそもそも貴重で、世界にはエンチャント職人と呼ばれる人もいるが、武器などにエンチャントを施せる人間は希少だ。国に一人いるかいないかという少なさで、トットカルク商会にも二人しかいない。


 ただ武器を作っただけではそんなものは付与されず、職人が古語を正確に刻むか、ダンジョンなどで見付けた宝物がたまたま彫ってある可能性があるくらい。エンチャント武器は希少で、冒険者なら大金を払ってでも欲しい逸品。


 エンチャントの効果は武器の耐久性や切れ味を保持したり、回復魔法の威力を上昇させたり、使い捨てではあるが絶死の攻撃を肩代わりしてくれたりと様々だ。


 大抵は大した効果が付与されていないが、それでも同じ武器ならエンチャントされていた方が良い。


 アマリリスに着けてもらいたい防具はそうした厳選されたエンチャントを施された物なのだが、アマリリスは回避を優先するのであまり防具を着けたがらない。そもそも真祖としての身体能力があるために防具なんて邪魔でしかないのだが、それを言えるわけもなく。


 アマリリスはできれば無手であることを望む。爪とかで攻撃することも多いからだ。手が塞がっているというのはアマリリス的に避けたかった。


 そのワガママこそが、魔導書を追い求める理由になる。


「フィアちゃん。確かに杖も魔法の制御に役立つし、魔力も上昇させるわ。でもね、手に持たなければいけないの」


「ん?ああ、ジェシファーもいつも戦う時は杖を握ってるもんな」


「けど魔導書は、バッグに入れていても良いから身体の近くにあればそれだけで魔力が上がるのよ」


「……ハァ⁉︎」


 その規格外さにフィアは叫ぶ。


 エンチャント武器や防具はあくまで身に着けてこそ効果を発揮する。ただ持っているだけでは効力を発揮しない。武器などは背中や腰に差しているだけではエンチャントは発揮されないのだ。


 だが、だからこそ魔導書はアーティファクトと呼ばれ、魔法使いは血眼になって探す。


 魔導書はそれこそ、バッグに入れておけば効果が発揮する。たとえ手に持たなくても所持者の魔力を上昇させるのだ。


 戦闘中に手が空いているというのは多くのことができる。アイテムを使ったり、それこそ他の武器を使って戦うこともできる。


 魔法使いにいくつもアドバンテージを与える品。それこそが魔導書の本質だ。


「そ、それが本当ならあたしらのパーティーにも必須じゃねえか!」


「もちろん。予算と相談して二冊は欲しいわ。ね?シャーロットちゃんが血眼になって求めるわけでしょう?」


「納得したよ……。そんな物があれば噂の会長さんも鬼に金棒ってわけだ」


「はい。需要もある。商会であなた方を雇う理由がお分かりいただけたでしょうか?」


 フィアも納得する。この話が本当ならかなり大きな市場開拓になる。魔法使いがトットカルク商会に殺到しかねない。


 お金の亡者たる商人がこんな金山を見逃すわけがなかった。


 パーティーに魔法使いがいるだけで戦略がグッと増える。牽制や回復、アタッカーなど覚えている魔法によるがパーティーには一人魔法使いが必須と呼ばれる冒険者としての視点からもその市場は計り知れなかった。


「……『虹』である私たちに依頼する理由はわかりました。確実性を求めて、私たちへの依頼費は先行投資だと思われたのでしょう。ですが、何故私たち『ケルベロス』なのですか?私は『虹』に昇格したばかり。他にも頼れる『虹』が王国にはいるではありませんか。『ブロンテス』のように」


 シャーロットが疑問を挟む。


 王国にはもっと前から絶対にして最強と呼ばれた冒険者チーム『ブロンテス』がいた。彼らに頼むのがお金に糸目を付けない最適な手段だろうとシャーロットは考える。


 構成メンバー的に『ブロンテス』へ払う依頼料の方が高くなってしまうが、正直トットカルク商会の財力からすれば誤差の範疇だろう。


 その質問も想定していたのか、フレッドはなんてことのない様子で答える。


「皆さんを選んだのは簡単です。会長がご指名になったから。それだけです」


「その、選んだ理由は?まさか依頼費を節約しようと思ったからではないでしょう?」


「会長は切り詰める所は切り詰めますよ?本人曰く、節制を心掛けているそうで。──皆様を選ばれた理由は、会長が皆様を目に掛けているからです」


「詳しくお願いします」


 こう言えば納得するだろうと思っていたフレッドだったが、続きをシャーロットに催促されてしまった。これには流石に面を喰らい、少し笑みを引き攣って答える。


「どうやらシャーロット様は自分のことに無頓着のようですね。シャーロット様がジェシファー様とペア『白日』を組んでから『黒』になるまで僅か一年。その間に我が商会の依頼を七十も完遂されているのですよ?こんな冒険者ペアはいません」


「……それは、そうですけど」


 シャーロットは冒険者になってから片っ端から依頼をこなし始めた。重複できそうなものは重複して一度に四つも依頼を受けたこともあった。普通冒険者チームは一年に七十も依頼をこなしたら働きすぎだと言われる量だ。


 それをトットカルク商会以外の依頼もこなしつつ、ジェシファーと二人でやりきってしまったのだ。当時からギルドで頭がおかしいと言われていた。『黒』に昇格するまでに十年くらいかかるのが一般的なペースだ。


 そんなおかしな勢いで依頼をこなし、昇級していけば誰だって注目する。フレッドもアマリリスに言われて凄い人たちもいたものだと当時感心した。


「それからフィア様も加わり、史上最年少で『虹』と『金』に昇格。それまでも我が商会の依頼を完遂し、失敗は一度もなく。納品された採取物の状態も良く、魔物の討伐に関しては依頼数以上を討伐されたこともありました。会長が信頼するのも納得の偉業です」


「……それは、その。無我夢中だったというか」


「会長はその結果『ケルベロス』の皆様を信頼し、しかも皆様が一斉に昇格なさったのでもしかしたら依頼を受けられずに困っているのではないかと思われて依頼を出したと仰っていました。実力は折り紙付きなので申し分ないと」


「あ、もう大丈夫です。依頼、受けさせていただきます」


 同い年くらいの少年と大商会の会長に周りが見えておらずに無茶をしまくっていた頃のことを純粋な功績として持ち上げられて。


 恥ずかしくなったシャーロットは自分も認識できていなかったことから顔を真っ赤にして依頼の受諾を宣言した。


 この会話を、無理矢理にでも終わらせたかった。


────


 依頼の受諾を申し出て下の階に向かったチーム『ケルベロス』。この本館に来た時はそうでもなかったのだが、今では『ケルベロス』がいることは認識されているようで様々な視線を向けられた。


 そういう視線は王都や依頼先で散々受けてきたので今更だった。全員が美人・美少女なのだから仕方がない。自分の功績を認識してしまったシャーロットは少しだけ耳を赤くしていたが。


 自分の容姿のことも、積み上げた実績も、最年少記録保持者も関係なくグリモアのことばかり考えてきた代償を今更ながらに味わっていた。この子、自分のことに集中すると周りが見えない結構なポンコツだったりする。


 十三歳相応の幼さを残しながらも大人に変遷しつつある愛らしさを残した顔。冒険者として鍛えているためにスタイルも細身ながらも極まっており完璧な黄金比を整えている。滅多に見せないが微笑むと後ろに花が見えるほどに年相応の少女の柔らかさがあった。


 それに加えて、冒険者として記録保持者の上に『虹』という最高ランク。魔法も剣も使える勇者ともなれば注目も浴びる。


 自分のことに無頓着だった弊害が、シャーロットに襲いかかっていた。


 そんなシャーロットはともかく、貴重品を取り扱っている売り場に向かう三人。ガラスケースの中に納められた品も多かったが、目当ての物は平然とそのままの状態で売っていた。


「本当にあった……」


「え?三十万フリエッタ?安すぎでは?」


 本当にアルカトルの書が売られていることにフィアはげんなりし、ジェシファーはその値段が価値と釣り合わないと思って安いと言ってしまう。三十万フリエッタなんて相当羽振りの良い商人の一月の給料に匹敵するが、『ケルベロス』の財力なら問題なく買うことができる。


 近くの身なりを整えたスーツの販売員にシャーロットが聞く。


「あの。アルカトルの書は他の商品のように厳重に管理しなくていいんですか?」


「はい。こちらやエンチャント武器などは実際に手に取っていただかなければ効力をお客様が実感できませんから。貴重な品ではありますが、お客様には納得していただいてご購入頂きたいので」


「では手に取っても?」


「ええ、構いませんよ」


 許可を得たのでシャーロットとジェシファーが手に取る。持っただけで身体の奥底に眠る魔力が増幅されたのを感じ取った。


 間違いなく本物だ。


「こちら、カバンに入れて確かめてみても?」


「はい、どうぞ」


 何の躊躇も無くジェシファーの要求を飲む販売員。窃盗犯だと疑ったりしないのだろうか。それともジェシファーを『ケルベロス』の一員だと知っているからか。


 正解は悪意のある人間についてはすぐに察知できるマジックアイテムがこのフロアの入り口に置かれているために、このフロアに立ち入ってそのマジックアイテムが警報を鳴らさなかった時点で身元は保証されているからだった。


 ジェシファーは躊躇いもなく腰にかけていた大きめのポーチに魔導書を入れる。魔導書から手を離しても感じる魔力の高鳴りは変わらなかった。


「間違いなく魔導書ですわ。二冊、お願いできます?」


「お買い上げありがとうございます」


 ジェシファーが即金で購入する。シャーロットはパラパラと中身を捲る。もちろんそれは魔導書であってもグリモアではなかった。


 彼女たちは一日このマルートに滞在し、明日から依頼のために移動することにした。なおその宿泊費はトットカルク商会が立て替えていた。


 曰く、依頼を受けてくれたお礼とのことだ。それが判明したのはチェックアウトする時だった。

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