第9話 2−3 『虹』→十三歳の少女

 『ケルベロス』の三人はトットカルク商会の本部に入り、一階にあった受付で一応の身分確認をされ、応接室へ案内された。ギルド長の書状に三人の名前が彫られた虹色鉱石と純金でできた冒険者のドッグタグを見せることですぐに本人確認は終わった。


 冒険者のドッグタグで本人確認をしているが、これは本人の血とギルドお抱えの魔法使いがBランクの魔法を使って偽造防止をしている。Bランクの魔法を使える人間は極一部なのだが、シャーロットからすれば杜撰としか言えなかった。


 シャーロットも同じ魔法が使えるので、相手のランクを知っておいて血さえ手に入れてしまえばいくらでも偽造できるのだ。


 こんなことができるのは世界でもほんの僅かな魔法使いしかいないとシャーロットは思わない。彼女を超える天才がすぐそばにいたために。


 応接室で待つこと数分。一人の少年が部屋へ入ってきた。身なりは今日のために整えてきたのだろうが、その背丈と顔を見て『ケルベロス』全員が訝しむ。


 幼いのだ。とてもこれから依頼の説明をするような人物には見えない。年齢は十三くらい。つまりシャーロットと同じくらいだ。


 シャーロットも人のことを言えたものではないが、天下を獲ったトットカルク商会が冒険者として最高位が在籍するチーム『ケルベロス』の応対をする者が年端もいかない少年。


 これは足元を見られたかと三人は警戒心を高めた。


 一方部屋に入ってきたフレッドは何故部屋の空気がピリピリしているのだろうと困惑していた。これから初めての商談に移るというのに、先が思いやられた。


 向かい合わせになっている長いソファに座る前に持ってきた荷物を床に置く。物によってはガラスでできたテーブルの上に置いた。それから挨拶をしようとした時には『ケルベロス』の全員がソファから立ち上がっていた。


 依頼主が立っているというのに引き受ける側が踏ん反り返っているわけにはいかないのだ。


 この様子を見てフレッドはむしろ『ケルベロス』の評価が上がる。アマリリスから冒険者は粗暴な者が多く、横柄な者も多いと聞いていたのでこうも礼節を弁えている人たちで良かったと第一印象が上がる。


 なお、『ケルベロス』は全員美女・美少女なのでギルドや依頼主のほとんどは話しかけたり正面に立ったら鼻を伸ばしているのだが、フレッドはそんなことはなかった。確かに美人だと思ったが、彼には心に決めた人がいるのだ。


 今度はフレッドのその対応に『ケルベロス』が警戒心を一つ解く。まともな少年のようだと思い直したのだ。


「初めまして、チーム『ケルベロス』の皆さん。遠路遥々ようこそお越しくださいました。トットカルク商会で生産部門の副主任を務めています。フレッド・ラウムと申します。本日はよろしくお願いいたします」


「わたしたちの自己紹介は必要ですか?」


「いいえ。顔写真で確認していますので。結構ですよ、シャーロット様」


 フレッドはやんわり断る。アマリリスから『ケルベロス』が昇格した際の紙の情報誌を貰い確認していた。そこに顔写真が載っていたので覚えてからやってきたフレッド。相手の情報を覚えておくのは商人としての基本だ。


 対する『ケルベロス』は対応の正しさと、この歳で一つの部門の副主任という地位に就いていることにフレッドをつぶさに観察する。トットカルク商会が発展したのは彼の力が大きいのだろうと推測したためだ。


「それでは早速依頼内容の説明をさせていただきますね。依頼主は我が商会の会長、アマリリス・クロードです。会長はご多忙のため、私が代理として来ました」


「そのご多忙の内容を教えていただけますか?会長のご依頼は何度も受けさせていただきましたが、会長にお会いしたことはなくて」


「本日は港で輸入品のチェックをしています。ちょうど定期便が帰ってくる日でしたので。本当であれば二日前に到着予定だったのですが、嵐に見舞われたようで予定より遅れてしまいまして。乗組員と荷物の確認を自分の目ですると仰って。あの方は我々従業員を何よりも大事にされていますから」


 馬車で来る途中で大きな船を見かけていたので、その話は本当だなと判断するシャーロット。今までも指名依頼を受けてきたが、それはマルート近辺で見かけた強い魔物の討伐や、王国外で採れるありきたりな物の収集依頼だったので直接会うことはなかった。


 他の依頼は全冒険者向けに依頼されたもので、それをたまたまシャーロットたちが選んで受けたもの。


 依頼自体にも、アマリリス会長自体にも不審なところは見られない。


「良い、会長ですね」


「はい、それはもう。会長も『ケルベロス』の皆様方には会いたがっておられましたよ。地龍を倒された、うら若き乙女たち。皆様のような方々が増えていただければ会長が魔物と戦うことは減ります。我々は皆心配しているのですが、会長は要請があれば駆け出してしまって……」


「お転婆な聖女様だなぁ」


「そうですね、フィア様。会長は我々を家族だと思ってくださっています。そんな家族が傷付くのは嫌だと、『私の力が必要ならいつでも戦います』と。だからこそ街のどこでも信頼されているのだと思います」


(本当に、聖女様みたい。……いたんだなあ。そんな人が、この世界に)


 シャーロットはそう思ってしまう。彼女にとって家族という言葉はある種の禁句だ。彼女にとっては血縁などいない。全て、三年前に失くしてしまった。


 血縁ではなくても他者を家族と呼べる精神性に感服してしまったシャーロット。彼女にとって家族とは三人だけだ。他人とどれだけ仲良くなろうと家族とは呼ぶことはできない。


 だが、アマリリス会長は従業員を家族と呼び、信頼し、心配している。


 まるで自分たちの住んでいた村のようだと感じて、それが更に遣る瀬無くなっていた。このマルートはシャーロットの故郷をいくつも思い起こさせる。


 街の雰囲気も、慕われている聖女と呼ばれる女性がいることも。違いだっていくらでもあるはずなのに、何故かデジャブに襲われていた。


 これからはあまりアマリリス会長のことを掘り起こさずに、依頼内容について集中することにする。


 たとえ良い人でも、まだ疑念は尽きていないのだ。


「話の腰を折ってしまい、申し訳ありません」


「いいえ。では内容の続きに参ります。皆さんに集めていただきたいのは『魔導師の墓穴』と呼ばれるダンジョンに現れる魔導師殺しという魔物の爪です。こちらの依頼は歩合制ですので、持ち帰ってきていただいた爪の数、状態に応じて追加報酬をご用意しております。状態についてはこちらを参照ください」


 フレッドは依頼書の細かい決め事が羅列された書類をテーブルに置く。依頼の基本報酬金に、移動費と宿泊費を商会が負担すること。そして爪の状態がどのようであれば追加報酬が出るのかということ。


 追加報酬の中にはトットカルク商会の系列店であるレストランの食事券や宿泊券、商品の値引き券などがあった。基本、依頼の追加報酬はお金の上乗せだったためにおかしな報酬だなと『ケルベロス』の誰もが思った。


 『魔導師の墓穴』は出現する魔物の強さからランク『銀』以上が推奨されるダンジョン。依頼期間も三週間と妥当だ。報酬金や条件などは悪くないどころか好条件すぎる。


 というか、三週間の依頼にしたら報酬金がかなり高額だ。これとは別にギルドへ『虹』と『金』二人への依頼金も払っているのだからかなりの出費のはずだ。


 それでも依頼して利益が出ると思って依頼してきているのだと考えると、アマリリス会長がどこまで未来を視ているのかと深みに嵌ってしまう。


 なお本人からすれば、ただ妹にお節介をしているだけである。追加報酬なんてお店などからもらっている物をアマリリスが使い切れないからあげているだけ。


 報酬などはまだ飲み込めたが、一点。気になることがあってシャーロットが尋ねる。


「あの。集めるのはその魔導師殺しの魔物の爪だけで良いのですか?てっきりそのダンジョンにアルカトルの書があるから取ってこい、という内容だと思ったのですが?」


「いえ。集めていただくのは爪のみです。他の魔物の換金品や発見物はおすきにしてください。この依頼で求めるのは爪のみです」


「え?魔導書関連の依頼のはずですよね?」


「そうですよ?」


 お互いに首を傾げたことで意思疎通が取れていないことに気付く。


 フレッドはアルカトルの書の名前が出たことで、依頼の核心部分について語っていないことに気付いた。


「今回の依頼は、魔導書を作成するための素材集めこそが主題です。魔導書の回収は必要としていません」


「魔導書の、作成⁉︎まさか、その理論を確立させたのですか⁉︎」


 シャーロットが身を乗り出して尋ねる。言葉こそ出なかったもののフィアとジェシファーも驚きで表情が固まっている。


 魔導書とはどう作成するか全く不明の過去の遺物アーティファクト。ダンジョンなどで稀に見付かり、それを使えば魔法使いはかなり実力が上がるという魔法を使う者からすれば喉から手が出る代物だ。


 アルカトルの書は既に発見例があり、高位のマジックロッドと同等の魔力上昇を促す有名な魔導書だ。


 魔導書に関する依頼ということでてっきりアルカトルの書を探すのだと思っていたら特大の爆破魔法を使われた気分だ。


「アルカトルの書であれば既に量産体制を確立していますよ?今目指しているのはアルカトルの書を超える魔導書の作成です」


「え?」


「下の階で実際に販売していますよ?後でご覧になりますか?」


「ええええ……」


 続けざまにぶつけてくる衝撃ワードに。


 『虹』の冒険者の風格など保てずに、シャーロットは素で驚きの呻き声を出していた。

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