第8話 2ー2 喪失者→ハリボテの勇者

 冒険者チーム『ケルベロス』は馬車の中で揺られていた。ギルドで指名依頼が入りそれを受けるために元帝国領の港町マルートへ向かっている途中で、幌の中でシャーロットがブスッとした表情で窓枠に肘を着けていた。


 このチーム唯一の『虹』冒険者であるということは『ケルベロス』のリーダーであることを示す。冒険者チームで階級が一番高い者がリーダーを務めなくてはいけないという規則がある。そのためシャーロットが不服ながらもリーダーを務めている。


 そんなリーダーが不満そうな顔をしているのでチームの槍使いである緑色の髪を一房にサクランボ型のアクセサリーで纏めて細い琥珀の瞳をしたスラッとした体型のフィア・B・トライメロイがシャーロットに尋ねる。


「おいおい、シャーロット。お前が受けた依頼だぞ。何でそんなに不貞腐れてるんだよ?」


「……わたしの目的のために必要だと思ったの。けど、今回の依頼はおかしいところが多い。だから警戒して眉間にシワが寄ってるだけ」


「ギルド長も言ってたやつか。でもこの依頼以外あたしらが受けられる依頼ってないじゃん?」


「それはそう。受ける以外の選択肢はなかった。だからちょっと憂鬱になってる」


 そんな二人の会話をもう一人のパーティーメンバーである桃色のウェーブががったセミロングの髪に翡翠の瞳、胸もお尻も大きな背の高い女性ジェシファーは介入せずにただ聞いているだけだった。


 シャーロットが地龍を倒して『虹』に昇級してしまったため『ケルベロス』への依頼料が跳ね上がってしまった。今までは『金』一人に『銀』二人だったのでそれなりに討伐依頼や収集依頼を受けてこられた。


 しかし今は『虹』一人に『金』二人。今まで依頼をくれたお得意様と呼ばれる人たちも気軽に依頼を出せなくなった。更に『虹』は冒険者の最高位ということで簡単な依頼をこなそうものなら他の冒険者に批判される。


 『虹』になってしまったがために稼ぎがなくなることをギルドは防ぐために今回のように依頼を斡旋してきたり、王族や貴族の護衛という名の小遣い稼ぎを紹介してくることもある。


 今回はシャーロットの目的を知っているギルド長が依頼を回してくれた形だ。『ケルベロス』への指名依頼というのもある。依頼書を渡してきた時にギルド長が警戒しろと忠告してきたことにシャーロットも同意する。


 「あまりに美味しすぎる話であり、こうも簡単に魔導書という単語が出てくるのはタイミングがおかしい」と言われたことにジェシファーが同じようにシャーロットへ警告をした。


 それでもと、シャーロットは依頼を受けた。


 ギルド長は「トットカルク商会の依頼は今まで問題はなかった。それでも今回はキナ臭い。依頼者が名前を偽っている可能性や、待ち伏せなどの可能性もある。それを頭から離すなよ」とまだ少女ばかりの有能なパーティーへ親切心で忠言した。


 一応依頼の説明がトットカルク商会の本部でされ、そのための交通費は前払いされている。移動費を全てトットカルク商会が受け持つことはいつものことだが、シャーロットはそもそもトットカルク商会を信用していない。


 あの商会ができたタイミング、そしてその急成長した有様。商会のスタイルなどあまりにもできすぎていて信用できないのだ。


 シャーロットの転機たる三年前。その直後にできたトットカルク商会。


 この二つがどうにも符合しているようで気持ち悪かったのだ。


 トットカルク商会の母体が元帝国なのでできるタイミングはおかしくないのだが、それだけで受け入れられる存在ではなかった。


「……トットカルク商会は全ての冒険者に武器防具を販売している。元帝国領の安全を考慮してそういう販売方法にしたらしいけど、それは王国領なのに他国へ武力を与える行為。商人ってそういうものだけど、それだけでやっぱり信用ならない」


「当時、帝国の軍は壊滅したからな。国も軍も崩壊した以上、魔物の駆除は隣国か冒険者に頼るしかなかった。その依頼料を捻出するために武器の格安提供や、依頼料の代理としたわけだ。実際ギルドでも三年前は大儲けできたと語り話にされているほどだが、それで人民が救われたなら良いことじゃね?」


「それはそう。そこから職を失った鍛治師などを集めて販路を拡大してしっかりと資金を払い切って商会は国を股に掛ける大商会になったけど。上手く行き過ぎてる」


 帝国の解体から隣国への救援要請に至るまでの迅速さ。そしてその間の魔物討伐に私財を投げ売ったというトットカルク商会の会長。本人も魔法を用いて魔物の討伐に精を出したという。


 まるで帝国を滅ぼし、商会を作り上げる算段でも立てていたかのような末恐ろしさを感じていた。


 まだ駆け出しの頃から幾度もなく採集依頼を受けさせてもらえていたので一応恩義もないではないが、それはそれ、これはこれ。怪しいものは怪しい。


「シャーロットちゃんは魔導書という単語が出てきたタイミングを疑ってるのね?」


「ジェシの言う通り。『虹』になって最初の困難は依頼にありつけないことだって聞いた。そこへ『虹』になったばかりのわたしに、わたしが求めてやまない魔導書に関する依頼?これで怪しむなって方が無理」


「確かに。シャーロットちゃんがわたくしと組み始めてすぐの頃も、まるで駆け出しに適している依頼をトットカルク商会は数多く出していた印象があります。こちらの受けられる・・・・・・・・・依頼内容を完璧に・・・・・・・・把握されていた・・・・・・・かのような怖さがある。シャーロットちゃんはそう言いたいのでしょう?」


「うん。冒険者の依頼はランク次第。わたしやジェシがどれだけ高位の魔法を使えようと関係ない。そのこともわかっていたかのように駆け出し向けの依頼が多かった」


 ジェシファーも話に加わり、シャーロットがこうも警戒している理由について自身の実感も込みで話し出す。


 冒険者ランクは依頼をこなしたり、強力な魔物を倒した結果がなければ昇級できず、受けられる依頼のランクも階級が重要になる。


 シャーロットが年齢の割に天才と呼ばれたり、ジェシファーがバケモノと呼ばれても冒険者になったばかりの頃は強制的に『赤』に配属され、『赤』に向けられた依頼しか受けられない。


 シャーロットは冒険者になってすぐ、同じくソロだったジェシファーとコンビを組んでトットカルク商会が出す採集依頼を複数こなしてすぐ『黄』に昇級できたために恩のある商会だが、今から思い返すと怪しく見えてきた。


 それもこれもただとある姉のお節介なのだが、それに誰も気付かない。気付けるわけがなかった。


「商会ができてすぐだし、とにかく物が欲しかったとかじゃねえの?名前を売るのに冒険者へ依頼を出すのも理に適ってるからな。冒険者相手の回復薬やら武器やらを扱ってるなら気になるもんだ」


「駆け出しの頃のことはまだいくつも理由を考えられるから良いの。わたしが魔導書を求めているって知っているのは二人とギルド長、それと王族の方々と高位貴族の方、それと騎士団の一部だけ。……指名依頼を出してきたってことは、わたしの最優先事項を知ってるってこと。じゃあどこから漏れたの?」


「……商会なら独自の情報網でもあるんじゃ?」


「もしそんなものがあるなら、余計得体が知れないことになるわ。皆さんこの情報の重要性はわかっているもの。一番良いのは、ただの偶然だった場合ね。そうじゃなかったらどこに敵が潜んでいるかわからないわ」


 シャーロットとジェシファーの言葉にフィアはゾッとした。


 考えれば考えるほど、悪い可能性に行き着くのだ。


 思わずフィアは自分の獲物である、横に置いた長槍を掴む。


「……魔法でもわからないのか?」


「常時魔法が使えるわけじゃないから。宿とかでは敵感知の結界魔法とか使ってるけど、ここは動く馬車の中。魔法を使い続けるのも無理」


「わたくしはそういう魔法を覚えていませんので。そもそも手段も検討がつかないので魔法でもどうしようもできませんよ。魔法はあくまで便利な手段の一つで、万能の奇跡ではありません」


「山破壊したり、重傷の人間を一瞬で治療してみせても奇跡じゃないと?」


「奇跡とは人間が起こせるものではありません。人間はいつだって非力で、世界の決まりルールに縛られています。もし本当に奇跡があったのなら──シャーロットちゃんは冒険者になっていませんよ」


 ジェシファーの言葉通り、奇跡なんて安くはないものだ。


 人間はいつだって現実にやられる、弱き存在だ。


「人間はいつだって弱いんだよ、フィア。奇跡の産物と言われるSSランクの魔法なんて人間はとある魔導書に教えを請うか、果てしない時間をかけてたった一つの奇跡を手に入れるか。それ以外に奇跡には手を伸ばせない。……たとえ教えを請うても、わたしは村を救えなかった。お姉さまは、遺体も残らなかった。たった一つの魔導書も守れない、見付けられない。そんなちっぽけな存在なんだよ」


「こんな弱々メンタルが稀代の勇者って呼ばれてるシャーロット様の本性なんてなぁ。オトコ共がなんて思うかねえ?」


「どうでも良い。それに内面がどうだって良いでしょ。それに様付けはイヤ」


 それこそ興味がなさそうにシャーロットは吐き捨てる。


 グリモアがまだ残っていたのなら適度に許せる人を、巻き込んでしまう人を好きになって家庭を作っていたことだろう。


 だがグリモアがどこにあるのか、残っているのかすらわからない今、恋愛にうつつを抜かすことはない。


 それに内面については三年前にかなり卑屈になってしまった自覚があった。


 自分より才能があった姉の死。


 一族で守るべきだったグリモアの消失。


 魔導書の教えがなければ魔法の才を伸ばすこともできない出来損ない。


 だから剣を鍛え始めたら世界に一人しかいないと言われる勇者とさえ呼ばれる事態になってしまった。そんなもの求めていないのに。


「既に命より大事なものを三つも失った勇者だって。笑えちゃうよね」


「悪かったって。あたしらはそう呼ばないよ」


「人は強すぎる光には誤魔化されてしまうのよ。それが舗装された偽物のハリボテでも気付かないの。いや、縋りたいのかしら?」


 家族、グリモア、村の全て。


 それを失った後に世界を救う勇者なんて称号を貰うなんてどんな皮肉だ。


 これでまだ十三歳の少女だ。世界はこんな少女に何を背負わせるつもりなのか。


 この事実を知っているからフィアもジェシファーも世界最弱の勇者を支えると決めたのだ。


 三人を乗せた馬車は海が広がる復活の都市マルートへ進む。マルートで一番大きな建物は領主であるクリストの館が一番大きいが、二番目に大きな建物はトットカルク商会の本部。


 そこはまるで教会かと思うような荘厳さを醸し出した白亜の城。


 この建物が示す街の者たちの敬意に、シャーロットはマルートの噂が本当だったと知る。トットカルク商会の会長は聖女と謳われて慕われていることを。


「……お姉様以外の聖女。本当にそんな人が在野に眠っていたのかしら。……でもお姉様もわたしも、きっとあのままだったら聖女なんて呼ばれることはなかったかな。会長さんって、どんな人だろう?」


 その呟きは誰かの肩をビクリと震わせた。

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