第7話 2ー1 嫌いなもの→盗賊・軍隊

 港町マルートのとある日の深夜。


 世間的にも有名な野盗集団の『パルガス』がマルートへ侵入しようとしていた。彼らは無謀にもマルートへ攻め入り、聖女とまで崇められているトットカルト商会の会長アマリリスを誘拐、もしくは暴力で脅して自分たちへ資金援助をさせるつもりだった。


 トットカルト商会はこの短期間に大きくなりすぎた。その秘密はどこにあるのか、そして今や国家を超える資産があるとされる商会の資金が使えるようになれば『パルガス』はもっと大きく、誰にも負けない集団になる。


 『パルガス』は世界的にも有名な野盗集団だ。盗みの成功率も高く、襲われた場所は残虐に痛めつけられて悲惨な現場をいくつも作る。その危険性から冒険者にも討伐依頼が出ているほどに凶暴な集団だ。


 彼らは人間相手であればかなり有利に戦える。冒険者のパーティーは精々六人が上限で、その程度の数であれば八十人を超す『パルガス』の相手ではなかった。『虹』という最高位の人外が相手でなければ勝つ自信がある。


 国の固有戦力、軍や騎士団は国の狗であるが故に大きな被害が出なければ動くことはない。彼らは喧嘩を売ってはいけない相手を弁えて、大国家の集落では小さな騒ぎしか起こさなかった。


 だというのに今回は王国に併合された一大港町であるマルートを襲う。その理由は単純だった。


 野盗である彼らは弱者を甚振るのは簡単だが、世界中に闊歩している魔物を討伐するのは厳しかった。相性などもあるが、魔物の頑丈な肉体を斬り裂くには名のある武器や魔法が必要だ。


 それを手に入れるには騎士になって貸与されるか、冒険者のように大金を稼いでオーダーメイドで作るか。『パルガス』でも何度か冒険者を返り討ちにしてそういった武器を略奪したが、それでも数は少ない。


 今の装備のままでは強力な魔物が現れた時に全滅しかねない。


 最近は王国の近くに地龍が出た。近頃ペテル神聖国とヴェリッター十字国で戦争になりそうだとも噂されている。更には吸血鬼の目撃例も増えていた。根無し草の野盗である彼らは安全を手に入れるためにマルートを襲うことにしたのだ。


 トットカルト商会は優秀な鍛治師を何人も引き入れているのか今では世界最高峰の武器が集まる場所と言われている。少し前ならそれは帝国の代名詞だったのだが、その帝国は消えた。元帝国領なのだから優秀な鍛治師が集まっていてもおかしくはないが、物事には限度がある。


 トットカルト商会は王国に武器をおろしているのであれば正常だが、冒険者であれば他国の人間にも平気で武器を売った。ちゃんと適正の金額を払っているが、それをよく思わない者もいる。


 そしてそれだけ余裕があるのであれば、『パルガス』全員分の武器も在庫として余っているのではないかと考えたのだ。


 決定的だったのは、トットカルト商会の会長であるアマリリスが冒険者として『銀』だということだろう。上から三番目の称号なので強いはずなのだが、『パルガス』には元『金』の人間が何人も所属している。


 それにアマリリスは会長としての業務が本業で、冒険者として動くのは稀だという。しかも彼女は後衛の魔法使いと治癒術師のハイブリッド。戦闘に毎日身を置いている者ではない後衛の人間なら、簡単に倒せるだろうと考えたのだ。


 一気に距離を詰めて接近してしまえば魔法使いなんて簡単に倒せる。これまでの経験則がそう判断していた。


 まずは別働隊に街へ火を放ってもらい、騎士や冒険者を誘導する。その後本命部隊がアマリリスの身柄を抑える。それだけの簡単なお仕事のつもりだった。


 時間になっても、別働隊の火が街に放たれることがなく困惑するまで彼らは間違いに気が付かなかった。


「時間はとっくに過ぎてるぞ!別働隊は何をやっているんだ⁉︎」


「吸血鬼にでも襲われているのでは?最近は物騒ですから」


「っ⁉︎」


 『パルガス』にはいない鈴の音のような甘く柔らかい女性の声。


 その声をした方向を見ると、月夜に照らされた美しい銀の髪に翡翠色の瞳。真紅のドレスの上からでもわかる豊満な肢体。出るところは出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる男の理想のような肉体美をした、まだ成長盛りの少女。


 野盗はいつもの癖で欲情しかけたが、この場所にいる不審な少女と、その顔立ちを知っているからこそ彼女がここにいることに戦慄する。


 ターゲットの少女。本来なら街の中にいるはずのお嬢様。そんな少女がたった一人で三十人を超す野盗の前に毅然と立っていた。


「こんばんは。良い夜ですね。こんな場所で、大勢でどうされたのですか?」


「……聖女アマリリス。好都合だ。あなたから出向いてくれるとは。自分の力を過信したのか?我々の場所を見付けたのは称賛するが、たった一人の『銀』ごときがこの人数を相手にすると?」


 突然現れたことには驚いたものの、人数の圧倒的な開きから『パルガス』の面々は冷笑をアマリリスにぶつける。


 それぞれの獲物を抜き、アマリリスに向けていた。


 魔法使いの対処法は簡単。身の動きではなく、口の動きに集中していればいい。魔法を放つには詠唱をして魔法の名前を宣言しなければならない。ごく一部の魔法使いは詠唱を省略できるが、それは研鑽を長年積んだ歴戦の魔法使いのみ。


 若造のアマリリスがそんな芸当をできるはずがないと高を括っていた。


 誰もがその唇に注目する。明かりは月光と星明かりくらいだったが、彼女の美しいかんばせと朱が目立つ形の良く潤った唇はよく見えた。


 その魔顔まがんに吸い寄せられてしまった者もいたが、戦闘経験値が高い者は詠唱を気にする。


「人数は関係ないんですよね。私、盗賊とか野盗とか。そういう風に扮装した人たちとかって大嫌いで」


「は……?」


 いきなり関係ない話をされて、警戒していた者も呆けてしまう。


 この戦力差を見て、丸腰の年端もいかない女が。世間話を始めたのは様々な経験がある『パルガス』としても初めての出来事だった。


「人間ですから、生き方にも多様性があるでしょう。ですが、元修道女として盗みも殺人も看過できません。特に弱者を甚振るようなあなた方は。──ああ、これは正当なる裁きですので殺人とは別ですよ?」


 ニッコリと花を思わせる笑みを浮かべた次の瞬間。


 彼女の近くにいた十人が装備に関係なく胴体と下半身が綺麗に切断されていた。


 ゴトリと落ちる上半身。まだ二本の足を支えに立っている下半身から水栓が壊れたかのように吹き出す赤黒い濁流。降り注ぐ月夜に不釣り合いな真っ赤な雨。


 その中心にいる聖女は、真紅の瞳をしていた。


 彼女自身はそこから一歩も動いていないのに、何もしていないように見えるのに。


 鋭利な刃物で達人が斬ったような結果を見せ付けられた野盗たちは血の気が失せていた。


「誅伐です。あなたたちの罪は許されません。強奪に殺人、脅迫。天に御坐おわしましゅに代わり、アリスの名の下に征伐を開始します」


 少女の美しい調べから届く処刑宣言に。


 生き残った者は理性も捨てて逃げ出そうとした。


「な、なんだあの魔法はよお⁉︎詠唱は⁉︎」


「防具を付けたオルファムすら殺された!あいつは元『金』の冒険者だぞ⁉︎」


「あのガキは特例の『銀』じゃなかったのかよ⁉︎」


 そう叫んでも、彼らは逃げ出せなかった。いつの間にか目の前にいたアマリリスによって確実に身体が斬り裂かれる。十以上に分割された者も、縦に引き裂かれた者も、原型が残らずに粉微塵にされた者も。


 刑の執行に一分もかからなかった。


 そこに残されたのは数多の血溜まりと、蹂躙したはずなのにドレスにも肌にも返り血は浴びていなかったアマリリスの姿。


「まったくもう。明日にはシャーロットちゃんがこの街に来るのに。とんだ邪魔が入っちゃったわ」


『これは眷属にしなくて良かったのかい?』


 木の陰からグリモアが出て来る。グリモアは戦闘能力がなかったのでただ隠れていただけだった。


 グリモアの質問に、アマリリスは首を横に振る。


「私が盗賊とか本当にダメだって知っているでしょう?それに眷属は事足りています。これ以上は離反者とか出そうで嫌ですよ」


『そう?それなら良いんだ』


「それに、この状態が一番有効活用できますから」


 そう言うと、地面に滴っていた血や肉、果てには防具や武器全てがアマリリスの足元に・・・・・・・・・集まって・・・・どこかへ消えた・・・・・・・


 その直後からアマリリスは嫌そうな顔をする。あまりこの行為が好きではないようだった。


「何度やっても慣れませんね……。いつか役に立つ時が来ると信じて溜め込みましょう」


『証拠隠滅にもなって良いじゃない』


「やっぱりグーちゃんってどこか畜生ですよね。人間私たちの価値観と違う世界の捉え方をしているというか」


『僕はグリモアに付随した精神体だからね。人間とは全然違う価値観に決まってるじゃないか。それに君だって、今や修道女としての価値観どころか人間としての価値観から逸脱しているよ?』


 グリモアの反論もできない言い分にアマリリスは黙ってしまう。


 誅伐だのなんだのと言ったが、この行為が修道女のものでもなく、神の意思でもない。ただの八つ当たり。


 行動も吸血鬼としての暴力をただ振る舞っただけ。何もかも偽った行いだった。


「さて!明日……いえ、日付がもう変わっているので今日ですね。シャーロットちゃんに会うんだから肌を整えるために早く寝ないと。帰りますよ、グーちゃん」


『不眠の吸血鬼が何を言ってるの?肌も何も変わらないくせに。それに出て行ったらシャーロットにバレるから影からこっそり盗み見るって言ってたじゃん』


「正論で私を虐めて楽しいですか⁉︎シャーロットちゃーん!お姉ちゃんを慰めてー!具体的には膝枕して頭よしよしって撫でてー!」


『近所迷惑だから叫ばない。ふぁーあ。もう眠いや。帰ろー』


「なんでグーちゃんには睡眠欲とか食欲があるんですか?一回解体しても良いでしょうか?」


『君も吸血鬼に染まってきたねえ』


 そんな一人と一匹の帰り道。


 街には野盗の襲撃などといった情報は一切伝わらず、『パラガス』が潜伏していた場所にも彼らがいた証拠など何も残っていなかった。


 冒険者ギルドにはいまだに、賞金首としての報酬と依頼書が色褪せて掲示されたまま。

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